第二十投「中学時代」
総合運動場 体育館 ──
試合が終わると、菊川北の早苗さんと恵子さんの二人が、間倉高枕投部に近付いてきた。お姉ちゃんに向かって、手を差し出しながら笑顔で挨拶をする。
「風祭先輩、お久しぶりです!」
「次の試合はよろしくお願いしますっ!」
二人と握手をすると、お姉ちゃんも笑顔を浮かべている。そっか、櫻ちゃんの中学の時のチームメイトってことは、練習試合で間倉にも来てたんだね。そう言えば前に観た映像に映ってた気がする。
「二人も元気そうで良かったわ。それに菊川北に入ったのね……間倉に入ってくれれば一緒にできたのに」
「それは……」
お姉ちゃんの言葉に、二人はキッと櫻ちゃんを睨み付けると刺々しい言葉で答える。
「櫻子が間倉に行くって聞いていたので」
なんだろ? あの二人、櫻ちゃんに対して敵意むき出しだなぁ。櫻ちゃんも不機嫌そうな顔で、二人を睨み付けると口を開いた。
「何か文句でも?」
「櫻子……アンタ、枕投げは辞めるんじゃなかったの? なんで、ここにいるのよっ!」
早苗さんの怒声が響くと周りのチームからの視線が集まったけど、櫻ちゃんはシレッとした顔で答えた。
「貴女には関係のないでしょ、早苗」
その言い方に逆上したのか早苗さんが右手を振り上げると、慌てて恵子さんが割って入ってそれを止める。
「ちょっと早苗! 叩くのは、さすがにまずいよ」
「邪魔しないで、恵子っ!」
なんだか櫻ちゃんたちは不穏な空気になっているけど、あの二人を見ているとわたしと響ちゃんを見ているようで、ちょっとくすぐったい気分になった。剣呑とした雰囲気に、お姉ちゃんも弱った様子で諌めるはじめる。
「みんな、喧嘩はダメよ。貴女たち、あんなに仲が良さそうだったのに……」
お姉ちゃんに止められた菊川北の二人と櫻ちゃんは、お互いに目を合わさず顔を背けていた。いったい彼女たちの間に何があったんだろ? 早苗さんは、再び櫻ちゃんをキッと睨み付けるとビシッと指差し
「櫻子、アンタには負けないからっ!」
と言い放つと、逃げるように離れて行ってしまった。
「櫻子ちゃん……?」
落ち込んでいるのか、黙って俯いている櫻ちゃんにお姉ちゃんが声をかける。櫻ちゃんは首を横に振ると
「すみません、先輩……私、ちょっと頭を冷やしてきます」
と言って体育館の通路に向かって歩いて行ってしまった。わたしはその背中を見送りながら、お姉ちゃんに尋ねてみることにした。
「紫音姉ちゃん、あの子たちと櫻ちゃんって何かあったの?」
「ん~どうなんだろ? 練習試合に来てた頃は、すごく仲良しさんだったんだけど……それに、みんな可愛くって」
お姉ちゃんは懐かしそうにそう答えると、手惑いながらもリングギアの映像再生アプリを操作しつつ、その頃のことを思い出しながら話してくれた。
◇◇◆◇◇
一年前ほど、間倉高等学校 第六練習場 ──
映像の中では、遠征に来ている中学生たちが円陣を組んでいた。中学時代の櫻子ちゃんが、チームメイトの一人ずつの顔を見ながら号令を掛けている。
「早苗、恵子、翠! 今日も勝つよ!」
「おー!」
それを観ていたお姉ちゃんは、眉をひそめながら櫻ちゃんたちとの実力差を教えてくれた。
「恥ずかしい話だけど間倉より、櫻ちゃんたちのほうが全然上手くて強かったわ。中学王者になったチームということもあるのだけど、そもそもやる気が全然違った。間倉の先輩たちは楽しんでやるタイプだったし」
「そうなんだ? 確かに櫻ちゃんたちは気合入りまくりって感じだね」
わたしの言葉にお姉ちゃんは微かに笑いながら答える。
「でも櫻子ちゃんも早苗ちゃんも、なぜかムキになって私ばかり狙ってきて、時々試合を落としたりしてたなぁ」
映像は、そのまま練習試合の様子を映し出し始めた。
旅館ステージ 中学生チーム VS 間倉高等学校 ──
「櫻子! あたしは右、アンタは左から!」
「大丈夫、わかってるっ!」
櫻ちゃんと早苗さんは、リベロである恵子さんを上手く使って、フェイントを入れながら攻めている。三人の連携は、正直中学生のレベルには見えない動きだ。
しかし、それを軽くいなしたり、打ち落としたりできるお姉ちゃんも十分異常だと思うけど……。これで枕投げ始めて、数ヶ月というのだから反則としか言いようがない。
「翠! ……G1!」
「はいっ!」
櫻ちゃんの声に反応して中学チームの大将が返事をすると、相手リベロを狙って山なりの枕を放り込んだ。
◇◇◆◇◇
総合運動場 体育館 ──
「紫音姉ちゃん……このアルファベットと番号ってどういう意味なの? 前の練習試合のときも、櫻ちゃんが叫んだよね?」
お姉ちゃんは少し首を傾げたあと、宙に何度か十字を切りつつ答えてくれた。
「あぁ、あれは座標よ。コートを将棋の盤面のように切って、左下から横にA~I、縦に1~9。つまりG1で左サイドの最前列、つまりさっきリベロがいた位置を差してるの。リベロに塞がれて前が見えなくても、座標を伝えれば相手の位置がだいたいわかるでしょ?」
「なるほど」
櫻ちゃんってば、戦術面とかは「まだ早い!」って全然教えてくれなかったからなぁ。わたしが納得したように頷いている間に映像の試合は進み、櫻ちゃんの枕が大将を捉えて試合は中学生チームが勝利していた。
櫻ちゃんを含め、早苗さんも恵子さんも一緒になってハイタッチをしてはしゃいでいる。なに、この櫻ちゃん……可愛すぎないっ!? こんなに仲が良さそうなのに、なんであんなに険悪になってたんだろ?
そんなことを考えながら、しばらく現実の試合を観戦していると櫻ちゃんが戻ってきた。さっきは少し落ち込んだ様子だったけど、今はいつも通りって凛とした感じに戻っていた。
その後、第一試合の全日程が終り第二試合が始まった。前回優勝した桜橋高等学校は、シード枠なため今回が初試合だ。さすがに注目が集まっており、すでに第一試合で負けたチームも観戦するために集まってきていた。
アナウンスに呼ばれて、ピンク色のシャツにハーフパンツをはいた集団がセンターラインまで進み出ると、歓声が一際大きくなる。桜の花をあしらったピンクで可愛らしい格好なのに凄く強そうだ。スタンディングメンバーは、前回いなかった人たちばかりだったけど三浦さんが入っていた。
「あれ? 如月先輩がいない?」
「相手を格下だって思って、温存ってところかしら?」
わたしの呟きに、櫻ちゃんが面白くなさげに答えてくれた。戦力に余裕があるチームはいいなぁ。
「真さんなら、控えに入っているわよ」
お姉ちゃんが指差す方向をみると、センターラインに並んでいるメンバーの後ろに如月先輩が立っていた。枕投げのチームはセット間で、交代できる選手も含めて八名までって聞いたなぁ。相手チームもスタンディングメンバー以外に二名が後に控えているし、ひょっとして四名しかいないチームって間倉だけ?
両校の挨拶が終わりセットアップタイムになると、桜橋のメンバーは特に作戦を相談する様子もなく、それぞれのポジションに付くと試合が始まるのを待っている。まさに王者の風格って感じだ。
ちょっとワクワクしながら見ていると、櫻ちゃんが声を掛けてきた。
「寧々、桜橋のシューターに注目よ」
「桜橋のシューティングアタッカーって……如月先輩はいないから、三浦さん?」
わたしがそう尋ねると、櫻ちゃんは嫌そうな顔をしながら首を振って答える。
「あの暑苦しい人じゃないわ。前に言ったでしょ? 桜橋はダブルシューター、つまりもう一人のシューターよ」
もう一人のアタッカーって言うと……。
わたしが視線を横にスライドさせると逆サイドにいる選手を見る。背は普通で短髪、響ちゃんよりボーイッシュな印象を受けた。ちょっとカッコいいかも? ううん、うちの響ちゃんのがカッコいいからっ!
「彼女が桜橋のもう一人のシューターで、二年生の白浜 翼先輩よ。ある意味、如月先輩より有名な選手かもしれないわね」
櫻ちゃんは、少し険しい顔をしながら白浜先輩の説明をしてくれた。如月先輩より有名ってどういうことだろう? 如月先輩は、強豪校のシューターとして県下に名前が響き渡っているはずなんだけど……。
わたしが持ったその疑問は、試合が始まるとすぐに解けることになる。
「キャァァァァ、翼センパーイ!」
その会場全体に響き渡るような声援は、白浜先輩が相手選手に枕を当てた瞬間に起こった。
「すごい声援だね、響ちゃん」
「うん、なんだか中学の頃を思い出すよ」
そう言えば響ちゃんがサッカーをやってた時も、ファンの女の子があんな感じで騒いでたなぁ。
「大丈夫だよ、響ちゃんの方がカッコいいから!」
わたしがそう言うと、響ちゃんは苦笑いを浮かべていた。
そんなことより白浜先輩だ。彼女のプレイスタイルを一言で表すなら『華やか』だった。あれは櫻ちゃんや、アイドルの愛理ちゃんのように、人を惹きつけるタイプの選手だ。特に目を見張ったのは単独でリベロの上をいく跳躍力だった。
「あの人、凄い跳ぶね」
「えぇ、あの跳躍力は脅威よ」
櫻ちゃんはじっと試合を見ながら呟いた。如月先輩はどちらかと言えば剛腕って感じで手強いけど、白浜先輩の空中からの攻撃も絶対に脅威になる気がする。
わたしはそんなことを思いながら、少し不安を募らせるのだった。




