第二投「お前が欲しい」
校門を通り玄関ホールに張り出されているクラス分け表を確認すると、響ちゃんと同じクラスだった。この間倉には、わたしと同じ中学からも運動部の子がたくさん来ているけど、一番仲のいい響ちゃんと一緒なのはやっぱり嬉しかった。
わたしたちはそのまま割り振られたB組の教室に向かい、黒板に張り出されていた席表を確認してから着く。その後、教室に入ってきた担任から入学式の説明を聞いたあと、担任に誘導されて入学式に参加するために体育館に向かった。
間倉高等学校 体育館 ──
大きな体育館に入ると椅子が並べられており、先生や在校生の先輩たち、それに保護者による拍手に寄って迎え入れられた。わたしが少しでも身長を稼ごうと背筋を伸ばして席に向かうと、先輩や保護者たちから
「なにアレ? 小学生? ちいさ~い」
「あらあら、可愛らしいわね」
などと言った嘲笑混じりの声が聞こえてくる。わたしは暴れ出したいのをグッ我慢しながら席に着いた。なんと言っても今日から高校生である。いきなり飛びかかるような子供みたいな真似はできない。それに入学式で、そんなことしたら母さんに殺されるし……。
その後も入学式は特に問題はなく進んでいった。
校長先生の長い話や眠くなる来賓祝辞なども無事に終了し、続いて新入生代表挨拶がはじまるようだ。名前が呼ばれ新入生代表の生徒が席を立つと、新入生も在校生がヒソヒソと話しはじめる。
「へぇ、今年の代表は女の子か」
「綺麗な子」
彼女は同じ高校一年とは思えないほど上品な容姿で、如何にもお嬢様って感じのオーラを纏っていた。わたしも思わず見とれてしまう。
「あんな美人って、本当にいるんだなぁ」
挨拶自体は極々無難な挨拶であり、漫画やラノベのような超展開はなかったけど、周りの声を聞く限りでは彼女のファンが、すでに何人か産まれている様子だった。
その後も恙無く式は進んでいき、入学式は無事に終了したのだった。
◇◇◆◇◇
入学式が終りトイレ休憩のあと、そのまま部活動のオリエンテーションが始まることになっていた。入学式とは違い、出席番号順に座る必要がないようなので、わたしはトイレ休憩の間に響ちゃんの横に移動していた。
「オリエン始まるね、響ちゃん」
「うん、色んな部活があるみたいだから楽しみだよ」
ステージ上には、移動可能のポータルBACEが持ち込まれており、どうやらAR技術を使った部活動のアピールがはじまるみたいだった。わたしが事前に手渡された部活動のしおりを見ると最初はサッカー部。
司会の女生徒に呼ばれ、ステージ上でサッカー部が数人あがると、まずは挨拶をした。そのあと部員の一人が左手のリングギアを操作すとBACEが光り出す。そして制服だったサッカー部の服装はサッカーのユニフォームに変わり、ステージ上にゴールポストが現れた。
先ほど操作していたリングギアというのは通話やアプリの起動、BACEへのアクセスが出来る端末のことで、今では全世界的に利用されており、普及率は九十パーセントは軽く越えているらしい。
ちなみに授業中に使用すると大変怒られる。生活必需品なため没収はされないが、ロックという一部機能制限の処罰を食らい、放課後呼び出されてお説教をされるのだ。中学生のころは男子が授業中にゲームで遊んでいてよく怒られていた。
ステージ上のサッカー部は、いくつかの個人技を見せながら豪快なゴールを決め、最後に入部を勧める挨拶を行った。元々サッカーが人気の土地柄なうえ、サッカー部の先輩たちがカッコいいこともあり、まわりの反応はかなり良い反応みたい。この様子なら今年のサッカー部は大量の入部希望者が期待できるだろうなぁ。
わたしと響ちゃんは、サッカーを続けるつもりはなかったので関係ないんだけどね。
それからバスケ部やテニス部などが続き、水泳部の番では何もない空間に水が現れて、そこを泳いでいる姿はかなりシュールだな。それぞれの部活が、自分たちの良いところをアピールしながら新入生に入部を呼びかけ、オリエンは順調に進んでいった。
司会の女生徒が、次のクラブの名前を呼ぼうとした瞬間、小走りで近付いてきた男子生徒が耳打ちをしている。
「えっと……次は、枕……えっ? あ、はい。次の部活は代表者が欠席しているので、次はフットサル部です」
なにかトラブルがあったのかな? わたしが手元のしおりに目を落とすと、そこに書いてあった部活の名前を呟く。
「枕投部?」
「あぁ、ピロースローだね。最近、世界的にブームになってるみたいだよ。ほら、あの何とかってアイドルがやってるって話題になってたでしょ?」
「あぁ、祢寝 愛理だね!」
祢寝 愛理とは、いま人気の国民的JKアイドルだった。彼女が最近ピロースローの強化選手として選ばれたことで、競技自体も注目されている。アイドルにあまり興味がない響ちゃんすら知っているのだから、かなりの知名度だと思う。
ピロースロー ── 修学旅行などで定番の遊びである枕投げを競技化したもので、きちんとしたルールがあり四人チームで戦うARスポーツである。十年ほど前にAR化する前の競技が日本国内で密かなブームになったけど、ルール上審判の誤審が多く、ステージの確保なども難しいため下火になっていた。しかしARスポーツが盛んになると再燃、日本国内だけでなく海外からも注目され、去年は世界大会すら行われた人気上昇中のスポーツである。
「枕投げか~。そう言えば、前は紫音姉ちゃんの家でよくやったな~、すぐに見つかって師範に怒られたけど」
「お姉さんって、確か昔やってたっていう合気道の?」
「そうそう、お泊り会の時とかにね~」
わたしと響ちゃんが話していると、新入生から歓声が上がった。ステージの方を見てみるとフットサル部の先輩が、格好よくボレーシュートを決めたところだった。そして、その先輩がさわやかな笑顔を向けながら新入生に向かって、サムズアップを決めている。
その出来事は突然、本当に突然起きた。その先輩が新入生募集をしている人からマイクを奪いとると、こちらを指差しながら
「三壁 響子ぉ! 俺はお前が欲しいっ!」
と叫んだのだ。
その叫び声に一瞬の沈黙のあと、場内が騒然として新入生がヒソヒソと話しはじめる。
「三壁 響子って、あの天才キーパーと呼ばれてた? この学校だったんだ」
「そうそう、確か怪我して引退したって……あの凄く背の高い子?」
「あの先輩と、どういう関係?」
周りの注目が集まっていたけど響ちゃんが静かだったので、わたしが恐る恐る響ちゃんの方を見る。その顔は怒りを通り越して目が完全に死んでいた。いま、あの先輩と二人にしたらナイフで突き刺しそうな顔つきだ。
「きょ……響ちゃん!?」
わたしが響ちゃんを揺さぶっている間に、叫んだ先輩は他の先輩たちに取り押さえられ、場外に引きずり出されていった。そして司会役の先輩が咳払いをする。
「え~、ちょっとアクシデントがありましたが、オリエンを進めたいと思います」
その後、無事に部活動のオリエンテーションは終り、ショートホームルームのあと、その日の学校の予定は終了となった。
◇◇◆◇◇
通学路 ──
二人で通学路を帰っていると、隣を歩いている響ちゃんは暗い顔をしていた。原因はやっぱりフットサル部の先輩のせいである。ショートホームルームのあと、何人かのクラスメイトに取り囲まれた響ちゃんは質問攻めにあってしまい、愛想笑いを浮かべながら「あの先輩とはなんでもない」「フットサルもやるつもりはない」と、機械のように繰り返していた。
「入学早々災難だったね、響ちゃん」
「そうね……ホントに災難だわ」
「これはさっさと部活を決めて、あの先輩には諦めてもらうしかないねっ!」
出来るだけ明るい声で言ってみたけど、響ちゃんの気持ちはいまいち晴れない様子だった。その時、突然左手のリングギアの通知音が鳴ったので、わたしはギアを操作して確認する。
通知はコミュニケーションアプリのColleの音だった。
「あっ、紫音姉ちゃんからだ!」
通知には「明日 放課後 第六練習場 話があります」とカタコト風に書いてあり、わたしは軽く吹きだしてしまった。
「あははは! 紫音姉ちゃん、相変わらず機械が苦手みたいだな~」
「お姉さんから? なんだって?」
「よくわからないけど、明日の放課後に話があるみたい」
いったい、何の話だろ? わたしがそんなことを考えていると、響ちゃんはようやく元気を取り戻したのか、小さくガッツポーズで気合を入れてから、わたしの頭をポンポン叩き尋ねてきた。
「明日から二週間は仮入部期間みたいだし、お話が終ったら一緒に回ろうか?」
「うん、そうだね!」
わたしも出来れば響ちゃんと一緒の部活がいいな~と思っていたので、笑顔で返事をした。