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第十七投「必殺技」

 去年の全国大会 決勝戦 粟津高 VS 愛美女子 第二セット ──


 この試合では、愛知代表の愛美女子学院の『エース』愛理(あいり)ちゃんは、シューティングアタッカーを務めていた。櫻ちゃんの話では、彼女は本来のポジションはSAだったらしい。第一セットは愛美女子も間倉(うち)と同じく、オーソドックススタイルだった。


 しかし、第一セット開始直後に『絶対王者』慶雲(けいうん)先輩の枕が、リベロの布団に突き刺さった瞬間、そのままリベロが前のめりに崩れ去り、その隙をつかれて大将が『ヒット』してしまい。第一セットは開始早々に粟津高が取っていた。


 第二セットが始まると、愛美女子は作戦をリベロ二人制に変更していた。リベロの二人は、Lラインギリギリまで下がって大将を守る作戦のようだ。


 完全に愛理ちゃんを信用していないとできない作戦だ。




 その後の試合運びは悲惨だった。粟津高は相手の攻撃が愛理ちゃんだけであるため、リベロは早々にリベロ権を放棄して投げ手を三人にする作戦に出た。そして慶雲先輩の指示に従い、隙間なく枕を投げることで愛理ちゃんに枕すら拾わせない状態を作り上げた。そのため、殆ど反撃ができない状態でアクティブタイムに突入。


 リベロだった二人は、アクティブタイムに入り布団を失った瞬間、集中攻撃で『ヒット』になり場外へ。愛理ちゃんは、ハーフエリア奥まで下がると必死に大将を守っていた。


 そして、残り五秒になったときに、猛然と前方にダッシュして起死回生の一投を、大将の慶雲先輩に向けて投げた!




 しかし、愛理ちゃんの乾坤一擲の一撃は、慶雲先輩の枕で払われてしまった。そして、そのままゲームセット。第二セットもポイント差で粟津高が取り、全国大会優勝を飾ったのだった。



◇◇◆◇◇



 間倉高等学校 第六練習所 ──


 わたしはあまりの試合内容にショックを受けて、少し呆然としてしまっていた。愛理ちゃんは可愛くて、強くて、カッコいい! と思っていたのに、その愛理ちゃんを圧倒する選手がいるなんて……。


「寧々、大丈夫?」

「えっ? あ、うん」


 わたしが返事をすると、櫻ちゃんは首を傾げながら尋ねてくる。


「そう? それならいいんだけど。それで寧々は、どのタイプがいいと思う?」

「どのタイプ……?」


 皆に指示を出す司令官タイプ? は、まぁ無理だよね。戦術とか全然わからないし……。

 それじゃ、スナイパータイプ? そもそもオーバースローじゃ、敵陣まで届かないしなぁ。

 それなら囮タイプ? まぁこれが一番無難よね。

 でも、愛理ちゃんみたいな皆に信頼される『エース』にも憧れるな~!


 そんなことを考えていたら、櫻ちゃんが


「寧々は初心者なんだから、まずはなりたい自分をイメージすればいいだけよ」


 と言ってくれた。その言葉で心が軽くなったわたしは、目を輝かせながら今後の目標を告げた。


「わたし……愛理ちゃんみたいな『エース』になりたい!」

「『エース』は……いいえ、それじゃ一杯練習しないといけないわね」


 わたしの目標に一度は首を振ろうとした櫻ちゃんも、何かを決心したように頷いた。そこで遅れていた響ちゃんと、お姉ちゃんが練習場に入ってくる。


「お待たせ~……あれ? 練習はまだ始めてなかったんだ?」

「うん、響ちゃん。今からだよっ」


 やや気合いが入った返事に、響ちゃんはちょっと首を傾げて尋ねてくる。


「あれ、寧々……何かあった?」

「え? ううん、ちょっと櫻ちゃんに全国のライバルたちの映像を見せてもらっただけだよ。凄かった!」

「あ~なるほど、それで気合いが入っちゃってるんだ? 私もちょっと見たいな」


 響ちゃんはチラッと櫻ちゃんを見てみたけど、彼女は首を振りながら答えた。


「せっかく揃ったんだから、今は練習! 響子には後でデータをコピーしてあげるわ」

「うん、わかった。じゃ部活が終ったらね」


 響ちゃんも諦めたようで、練習前のストレッチを始めた。



◇◇◆◇◇



 旅館ステージ 練習モード ──


 今日もお姉ちゃんと響ちゃん、わたしと櫻ちゃんのペアで練習を開始した。


 基礎練習として、いつものメニューをこなしたあと、わたしは大の字で倒れていた。やっぱりこのメニュー結構キツイよ。その間、櫻ちゃんはオーバースローの練習をしていた。


 左足を上げて腰を捻り、左足を地面に付けると同時に腕をしならせて枕を投げる。いつ見ても綺麗なフォームだなぁ。でも、あの投げ方じゃない? そう思ったわたしは、首を傾げながら尋ねる。


「ねぇ櫻ちゃん、あの投げ方は練習しないの?」

「あの投げ方?」

「ほら、練習試合の時に如月先輩に当ててたヤツ、あのぴょーんって跳ぶ感じの」


 わたしの抽象的な説明に、櫻ちゃんはすぐに思いあたったのかボソッと呟いた。


「あぁ、『朧桜(おぼろざくら)』のこと……あっ」


 慌てて口を両手で覆う櫻ちゃん、なんだか少し恥ずかしそうだ。あっ、ひょっとして? わたしは立ち上がると、櫻ちゃんにまとわりつくように近付くと質問する。


「あれ~櫻ちゃん、ひょっとして、櫻ちゃんの必殺技? それに自分の名前とか付けちゃう人だったの~?」

「ち……違いますっ! これは中学の頃の後輩が勝手に……」


 恥ずかしがる櫻ちゃんがあまりに可愛かったので、わたしは悪そうな表情を浮かべると、櫻ちゃんの腰の辺りをつんつんと突きながら意地悪を言ってみる。


「必殺技に自分の名前を付けちゃうなんて、櫻ちゃんは可愛いな~」

「ち……ち……違うと言っているでしょっ!」


 ポフッ!


 恥ずかしさが限界に達したのか、櫻ちゃんは叫びながら思いっきりわたしの顔も枕を叩きつけた。


「うぷっ!」


 わたしはそのまま尻餅をついて倒れてしまう。わたしは櫻ちゃんを見上げながらケタケタと笑う。


「あははは、櫻ちゃん顔真っ赤だよっ!」

「う……うるさいっ!」




 一頻り笑ったあと、わたしは立ち上がって櫻ちゃんに尋ねる。


「さて、真面目に練習しますか、次はどんな練習をするの?」

「そうね……せっかくだから覚えてみる?」

「何を?」


 わたしが首を傾げていると、櫻ちゃんは恥ずかしそうに答えた。


「お……朧桜……」

「えっ、いいの?」


 わたしが興味津々に目を輝かせて詰め寄ると、櫻ちゃんは一歩退いて頷いた。




 櫻ちゃんがリングギアを操作すると的になるドールが現れた。彼女は、そのまま枕を拾うと普通に構える。そして顔だけこちらを向けて説明を始めた。


「これは、そんなに難しい技じゃないのよ。『人は記憶や経験から予測する』って話を聞いたことはある?」

「う~ん、どこかで聞いたことがあるかも?」


 例えば飛んでくる枕が避けられるのは、今まで何度も見ている経験と投げる動作から、予測しているから避けることができる。そんな感じのニュアンスだったと思う。


「まぁ何となくわかれば大丈夫よ。まずこれが普通のオーバースロー」


 櫻ちゃんは左足を上げて腰を捻り、そのまま左足を付ける。そして右腕をしならせ投げた。枕は正確にドールに当たって『ヒット』が表示がされる。


 続いて枕を拾った櫻ちゃんは、先ほどと同じく左足を上げ腰を捻る。


「ここまでは一緒……ここから」


 そこから右足のバネを使って、地面ギリギリをスライドするように跳んで、いつもより前に左足を着地させる。


「ここで前にスライドして、いつもより投げるタイミングを少し遅らせる。そして、相手のタイミングをズラしつつ……前に出ることで距離感も狂わせる」


 そのまま腰を回転させつつ腕をしならせて枕を投げる。飛んでいった枕はドールに当たって『ヒット』が表示がされた。櫻ちゃんは、こちらに振り向きつつ微笑むと


「ね、簡単でしょ?」


 つまり櫻ちゃんの『朧桜』とは、通常投げるタイミングを少し外して、さらに距離を縮めることで距離感や速度の予測を外す、一種のフェイント技ってこと? 確かに原理的なものはすごく単純だけど、モーションを見てからでは避けれないのは、わたし自身が実証済みだ。


 わたしは頷くと、床に落ちている枕を拾った。


「とりあえず、やってみるね」


 櫻ちゃんが頷くのを確認してから、わたしはオーバースローのモーションに入る。左足を上げ、腰を捻って力を溜める。


「そして……右足のバネで前に出るっ!」


 右足のバネを使って地面をスライドするように、思いっきり前に跳んだ。


「なっ!?」


 その瞬間、櫻ちゃんの驚いた声が聞こえた。跳んだわたしの左足は地面に付いたけど、身体の勢いを殺しきれず、そのまま前にタイブしてしまった。


「ふにゃ!」


 痛い! 痛い! 布団が敷いてあるとはいえ顔から突っ込んじゃったよ! あまりの痛さにゴロゴロと転がりまわっていると、櫻ちゃんがさっきの仕返しとばかりに笑いながら


「あははは、何やってるのよ、寧々」


 と言って、起き上がるのに手を貸してくれた。


「仕方ないじゃないっ、はじめてだったんだから!」


 と言ってそっぽを向くわたしの頭を、ポンポンッと叩きながら櫻ちゃんは


「寧々って跳躍力も凄いのね。まさかあんなに跳ぶとは思わなかったわ。これなら、ちゃんと投げれるようになったら、貴女の武器になるかも?」


 と言った。わたしは子供扱いしてくる手を振り払いながら、そんなに跳んだかな? と首を傾げる。




 その後も、わたしは櫻ちゃんの指導のもと、通常スローの訓練と一緒に朧桜の練習も開始するのだった。

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