第十五投「タイムアップ!」
アクティブタイムとは一セット三分の内、最後の一分を指す言葉である。枕投げのルールでは、アクティブタイム時に制限が解ける項目がいくつかある。
まずはエリア制限の解除、全てのプレイヤーは自陣内であれば自由に移動ができる。次にリスポーン権の消失、つまり三十秒で復帰できなくなる。最後にリベロ権の消失、リベロはその権利を失い通常のプレイヤーなる。布団を持つことが出来なくなり、制限されている『ヒット無効』判定も解除される。
旅館ステージ ファイナルセット アクティブタイム ──
アクティブタイムの開始のアナウンスと共に、わたしはジェネラルエリアを飛び出した。
「いっくよぉ~!」
この飛び出しには相手チームはおろか、味方である響ちゃんたちも驚いていた。
「ちょっと、寧々! 前に出たら危ないって!」
「た……大将が出てきたぞ!? 狙えっ!」
如月先輩の指示で、わたしに向かって一斉に枕が投げ込んできたけど、来るとわかっていれば避けるのは容易いっ! わたしは、それを巧みに避けると自陣内を縦横無尽に駆け回る。
「そんなの当たらないよ~だっ!」
突然のチャンスに相手チームが少し浮き足立った隙に、櫻ちゃんとお姉ちゃんが入れ替わっていた。どうやら櫻ちゃんが、如月先輩との勝負を付けたかったみたいでポジションを代わったみたいだ。
しかし、ファイナルセットに入ってから、フルスロットルで走りまわっていた櫻ちゃんは、すでに息も上がり汗で髪や浴衣が肌に張り付いる。
「はぁはぁ……如月先輩、もう一勝負っ!」
「来るか、一年。私は風祭とやりたいんだがな」
そう言いながらもニヤリと笑った如月先輩は、大きく振りかぶって一歩を踏み込む。
「まぁ、今はチームの勝利の方が優先だっ!」
と言いながら櫻ちゃんじゃなくて、わたしのほうへ枕を投げてきた。二人を見守って、ちょっと油断していたわたしは、あ……当たる!? と思って思わず目を瞑ってしまった。
パシッ!
という音が聞こえ、枕が当たった衝撃もなかったので目を開くと、響ちゃんが左手でガッシリと枕をキャッチしていた。
「だから危ないって、寧々!」
ナイスキャッチ! だけど、枕投げのルールではキャッチはヒット扱い。響ちゃんは『ヒット』表示と共に光の粒子になって消えてしまった。あっ、これ……後で叱られるやつだ。
響ちゃんが当たって、このセットのポイントは同点になったけど響ちゃんはもう戻って来れない。つまり、人数が四対三になってしまったのだ。しかし、相手の大将は無理せず下がっているので実質三対三、まだいけるはずっ!
わたしはお姉ちゃんの後ろに下がり、お姉ちゃんと一緒に三浦さんとリベロだった子の相手をすることになった。
その頃、櫻ちゃんは如月先輩とマッチアップをしていた。両者とも先程と同じように腰を落としながら、左右に揺れてタイミングを計っている。
今度は櫻ちゃんが先に動いた。左足を上げて身体を捻って大きく振りかぶる。明らかに速い枕を投げるモーションだ。そして右足で地面を蹴り、跳ねるように前に出た! その瞬間、如月先輩が何かに反応してビクッと動きながら、驚いた表情を浮かべている。
「なっ!?」
パァン!
次の瞬間、櫻ちゃんが投げた枕が如月先輩の顔面を捉えていた。そして、如月先輩も『ヒット』表示が出て光の粒子になって消えていく。アレってわたしも避けれなくて当たったやつだよね? 何か秘密があるのかな?
「櫻子ちゃんっ! 危ないっ!」
突然お姉ちゃんが叫び声が聞こえたと思った瞬間、小さくガッツポーズをしていた櫻ちゃんの肩に、ポスッと枕が当たっていた。櫻ちゃんも驚いた様子で枕が飛んできた方を見ると、それは先程までリベロだった子が投げたもので、そのまま櫻ちゃんも『ヒット』判定で消えていく。
ポイント数は、依然同数……残り時間は約三十秒。ここはわたしのSUTで一発逆転を狙うしかっ! と目を輝かせていたら、お姉ちゃんに
「寧々ちゃん、SUTは狙っちゃダメよ? あれは一対一じゃないと、まず無理だから」
と釘を刺されてしまった。確かにSUTは投げ終わったあとに動きが完全に止まるから、そこを狙われちゃうからなぁ。
そんな事を考えていると、外野に飛ばされた如月先輩から指示が飛んでいた。
「咲は風祭を押さえろっ、三浦は大将を狙え!」
「はいっ」
「わかりました!」
三浦さんはあの人だから、咲さんっていうのがリベロの子か。それを聞いたわたしは、右サイドにいたお姉ちゃんの後ろから、左サイドに向かって一気に走り出す。それに合わせて三浦さんが枕を投げてきたけど、櫻ちゃんや響ちゃんの枕に比べれば全然遅い!
「ちょっと小さすぎでしょ、あの子っ!」
当たらないことに苛立ったのか、三浦さんがそう叫ぶ。小さくて悪かったなっ!
敵大将と三浦さんは、わたしを狙ってきたので的を絞らせないように走り回りながら、わたしも枕を投げ返す。ただ走りながら投げているので手投げになってしまい、威力もコントロールもヒドイものだった。
お姉ちゃんの方を見てみると、咲さんがトゥハンドスローの構えで牽制していた。お姉ちゃんが少しでも動くと押し出すように枕を放ち。お姉ちゃんが避けている間に、すぐに枕を拾って同じ構えになる。トゥハンドは威力がないけど、コントロールのしやすさとモーションの短さが特徴だ。
枕投げでは、かすっただけでもヒット扱いになるため、あんな感じに構えられると動きにくい。
「やっぱり、わたしがやるしかないっ!」
わたしは短く息を吐くと、左サイドのハーフエリアからジェネラルエリアを通って中央やや右まで走る。そこからリベロエリア中央にいる三浦さんに向かって、一直線に駆け出した。
場外から響ちゃんの声が聞こえてくる。
「寧々、無茶だよっ!」
だけど、わたしはもう止まらない! なんと言っても試合が始まってから、ずっとジェネラルエリアに押さえ込まれて鬱憤が溜まっているのだ。このライン上なら、敵大将からは三浦さんが邪魔で投げれないはず!
わたしがジェネラルラインを越えると、不思議な感覚に襲われた。
あ……また、あの感覚だ。
全てがゆっくりと感じられる不思議な感じ、三浦さんが一歩踏み出して振りかぶっているのが見える。足の角度、重心、腕の振り……間違いなくストレート!
そう直感したわたしは、左に少しずれて飛んできた枕を避ける! 三浦さんは驚きの表情を浮かべながら、新しい枕を拾おうと枕に手を伸ばした。
「遅いっ!」
わたしが走りこみながら投げた枕は、三浦さんの右肩に直撃した。やった、当ったっ! わたしがそう思って腕を振り上げると、三浦さんの頭上に『タイムアップ ノーヒット』の文字が浮かんでいた。
◇◇◆◇◇
わたしが座り込んで唖然としていると、BACEから試合終了のアナウンスと文字が浮かび上がっていた。
『ファイナルセット 2:2 ドロー!』
『間倉1:桜橋1:ドロー1 ゲームセット ドロー』
試合が終わり全てのエリアが解放されると、響ちゃんがわたしのところまで来て立たせてくれた。
「ほら、寧々。まずは整列」
「あっ……うん」
わたしたちと、桜橋のメンバーはセンターラインに整列して
「ありがとうございましたっ!」
と挨拶をしながら、目の前の選手と握手を交わす。わたしの相手はファイナルラウンドで大将を務めてた子だった。試合中は目立たなかったけど、よくよく見てみると結構背が低い子だ。わたしよりは、ちょっと大きいけど……その子はニコッと笑いながら話しかけてきた。
「近くで見ると本当に小さいね。あたしより小さい選手に初めて会ったよ!」
「ちっ……あはは、お互い苦労するよね。わたしは小鈴 寧々だよ」
ぐぬぬ……この子、人のこと言えないでしょ!
「あたしは舞、子安 舞だよ、よろしくね~」
「うん、よろしくっ」
わたしが子安さんから離れると、丁度櫻ちゃんと三浦さんが握手を交わしていた。三浦さんは目をギラリと輝かせて宣言する。
「辞めるって言ってたわりには、全然腕は落ちてなかったようね。でも次は私が勝つわ!」
「えっと……三竹さん?」
「み……三浦よっ!」
わざとなのか素なのか、櫻ちゃんは三浦さんをまるで相手にしていない様子だった。本当に最後まで不憫な子……。
一方、お姉ちゃんは如月先輩と話していた。如月先輩はさわやかな笑顔をお姉ちゃんに向ける。
「風祭、今日も私の完敗だったな」
「ふふふ……何を言っているんですか、真さん。全然本気じゃなかったくせに」
お姉ちゃんは朗らかに微笑みながら答えた。えっ……あの人、あれで本気じゃなかったの!?
「なぁに、本気は大会の時に見せてやるよ。しかし、今年はなかなか良いチームみたいだし、勝ちあがってこいよ?」
「はい、頑張ります」
お姉ちゃんと話し終わった如月先輩は、なぜかわたしの方へ近付いてきた。
「おチビちゃん、まさか最後に突撃してくるとは思わなかったぜ。当てれば勝てるって欲目を誘われちまったな」
「えっ……あ、あははは」
もちろん、そんなことは考えてない。わたしは頭を掻きながら誤魔化した。先輩はわたしの頭を撫でるように、ポンポンと叩く。
「風祭と藤原はすでに全国レベルだ。あの背の高いリベロの子もただ者じゃない気配がする。だから、このチームが強くなれるかは、おチビちゃんに掛かってるかもな……まぁ頑張れよ」
「はいっ!」
なぜか知らないけど励ましてくれたようだ。よ~し、これからも頑張るぞっ!




