第十三投「サーチ」
旅館ステージ インターバルタイム ──
セット間には一分のインターバルタイムがあり、控えの選手がいれば交代することもできる。もっとも部員が四人しかいない間倉の枕投部には関係ないけど、簡単な作戦や確認などはこのタイミングで行うので、みんなハーフエリアに集まっていた。
敵陣を見ていると如月先輩が三浦さんと交代するみたいだ。あれじゃ本当に前座だ……三浦さん、櫻ちゃんを滅茶苦茶睨んでいるしっ! 当の櫻ちゃんは涼しい顔をしてるけど。
そんなことより今のセット、わたし何もしてなかった。そもそも枕すら飛んでこなかったし……まずい、これじゃ本当にいるだけになってしまう。また櫻ちゃんに「大将は一番弱くていい」とか言われちゃうよっ!
櫻ちゃんは、敵陣を一瞥してからお姉ちゃんに尋ねる。
「紫音先輩、如月先輩が出てくるようですがどうしますか?」
「う~ん、そうねぇ。たぶん、私とマッチアップを挑んできそうだから、響子ちゃんは櫻子ちゃんとペアを組んでね」
「はいっ!」
お姉ちゃんの指令に響ちゃんは気合いが乗った返事をする。サッカーのことで落ち込んでいた時期もあったけど、だいぶ良くなってきてるみたい。そして、お姉ちゃんはわたしの方を見ながら注意するように言ってきた。
「寧々ちゃん、真さんの枕は凄く早いから、流れ弾には注意してね」
「う……うん」
「あと……」
お姉ちゃんがそんなこと言うなんて、よっぽど早いのかな? 少し不安になってきた。
「……には注意してね?」
あれ? お姉ちゃん、何か言った?
聞きなおそうとした時、第二セットの始まりを報せる10カウントが始まった。わたしたちは、それぞれのポジションに戻って枕を拾う。
お姉ちゃん、何て言ったんだろ?
◇◇◆◇◇
旅館ステージ 第二セット ──
お姉ちゃんの予想通り、如月先輩がお姉ちゃんとマッチアップ。両リベロがそれぞれ残ったSAたちに付く形のフォーメーションになっていた。
「風祭! 今日こそ勝たせてもらう!」
「えっと……真さんに勝った覚えがないのですが?」
明確な敵意を向けてきている如月先輩に対して、お姉ちゃんは相変わらずの平常運行だ。櫻ちゃんから聞いた話では、二人の間には因縁があるらしい。
去年の県大会の話だ。間倉は二回戦目でシード校である桜橋と対戦、結果としては一対二で間倉が負けたらしいけど、お姉ちゃんとマッチアップした如月先輩は完全に封殺。一ポイントも取れないまま、他のチームメンバーが試合を決めて終了。
その大会、ナンバーワンSAとして注目されていた如月先輩のプライドはボロボロになり、お姉ちゃんは一部の人々からは間倉の風祭として有名になったらしい。
その後、如月先輩は何度となく練習試合を挑んでくるに至ったわけだけど、当時二年の先輩がやる気をなくしてしまい実現しなかったそうだ。そして、彼女たちが三年に上がり引退を期に、今度は部員不足で廃部寸前……そう考えると意気込みが違うんだろうなぁ。
そんなことを考えていたら、バウンッ! という音で驚いて横を見る。どうやら如月先輩が投げた枕が、わたしの後ろの襖にあたってバウンドした音のようだった。あの襖は破壊不能オブジェクトと聞いたけど、普通なら絶対破れているよね。
わたしは思い出したようにトゥハンド・オーバースローで敵陣に枕を放り込みながら、お姉ちゃんサイドの様子をうかがってみる。
「風祭ぃ!」
鬼のような形相でお姉ちゃんに向かって枕を投げる如月先輩に対して、微笑みながらヒラヒラと避け続けるお姉ちゃん、時々ヒットする!? と思ったら、手にした枕で叩き落としていた。当然、当たった枕は両方とも羽毛を撒き散らしながら消えていく。
お姉ちゃんが避けた流れ弾が、わたしの方まで飛んできているのだ。如月先輩のフォームは、正直櫻ちゃんのように美しくはなかった。スピードを重視して上半身の力だけでクイックスローって感じの投げ方だったけど、それでもこれだけの威力って怖い!
櫻ちゃんと響ちゃんペアの方も膠着状態になっていた。相手のSAは響ちゃんが完全に封殺しているけど、櫻ちゃんも相手のリベロのマークを振りきるのに苦労をしていた。同じ一年生とは言え強豪校に入るような子だ、やっぱり手強い様子だった。
わたしが投げている枕は精度が低いこともあって、多少気を引くことはあっても当たったり、決定的な隙を作るには至らなかった。相手の大将は、普通に投げてちゃんとこちらの陣地まで届くようで、時々櫻ちゃんの足をとめていた。わたしももっと練習して、あんな風にならないと!
第二セットが始まって、一分が経過していた。両校のポイントはゼロだったけど、このタイミングで試合が動くことになった。響ちゃんを壁にして中央から右サイドに走った櫻ちゃんが、途中で切り替えして逆サイドの如月先輩を狙ったのだ。
確か、あの動きは……MTだったかな?
MT【ミュラージュ・ターン】とは、リベロを壁にしたフェイント【ミュラージュ】の一種で、サイドチェンジすると見せかけて、切り替えして戻る技である。
櫻ちゃんがジャンプしながら投げた枕は、完全に如月先輩を捉えたように見えたけど、持っていた枕でガードされてしまった。
「邪魔をするなぁ!」
両方の枕から羽毛が乱れ飛ぶ中、如月先輩はすぐに枕を拾い、吼えながら櫻ちゃんに向かって投げる。MTから無理な体勢で投げていた櫻ちゃんは避けきれずに『ヒット』していまい、光の粒子になって場外へ消えていく。
「さ……櫻ちゃん!?」
わたしは思わず、一歩前に出てしまい『Gラインオーバー』の警告を受けてしまった。大将はセット開始から二分間は、ジェネラルエリアから外に出れないのだ。一回目は警告、二回目はヒット扱いでセットを落とすことになる。わたしは慌てて、ジェネラルエリアに戻った。
櫻ちゃんが戻ってくるまで、あと約三十秒……なんとか凌がないと!
お姉ちゃんは如月先輩からの枕を避けながら、響ちゃんに指示を飛ばす。
「響子ちゃん、もう一人のSAをカバー!」
「は……はいっ!」
その言葉に響ちゃんが、SAの佐藤さんのマークに付いた。両手で大きく布団を広げ佐藤さんの射角を潰していく。味方の数が少ないときは無理せず、防御を堅めることがセオリーであり、わたしたちもそれに沿って動いていた。
敵大将も牽制なのか、後方から響ちゃんに向けて投げている。佐藤さんは何発か響ちゃんに止められながらも、わたしに向かって投げてきた。佐藤さんは如月先輩ほどの剛腕じゃないけど、響ちゃんの影から飛んでくる枕はとても避けにくかった。
「うわっ」
あと十秒……何とか耐えれそうと思った矢先、それは起きた。プゥーというラッパのような音が鳴り響き、センターラインの辺りにカウントダウンが浮かび上がった。
「えっアレ……何の表示だっけ?」
前に櫻ちゃんが、何か言ってたような? その時、味方も相手も一斉に声を張り上げた。
「サァァチィ!」
あっそうだ、サーチだ! うわっと!
わたしが思い出した瞬間、佐藤さんが投げた枕が飛んできていた。わたしはそれを避けるために、大きく跳び跳ねる。
「あっ、しまった!」
そこにセンターラインから飛んできた赤い光のラインが、わたしに重なりながら通過していった。
『サーチヒット! セットツー ウィナー 桜橋 』
わたしは光の粒子になりながら、サーチについて思い出していた。
サーチ ── 三セットの間に一回だけ訪れるサーチタイム。ラッパのような警告音と5カウントのあと、センターラインからジェネラルエリアまで飛んでくる赤い光のラインのこと。この光に触れると『ヒット』扱いになる。そのためサーチタイムは布団に寝るように、身を伏せて回避する必要がある。
このルールは修学旅行の夜に現れる、引率の先生の見回りをイメージしているらしい。タイミングは完全にランダムであり、試合が早く終ると来ない場合がある。膠着状態を崩す一因になっている。
あの時お姉ちゃんが言った言葉は「サーチには注意してね?」だったんだなぁ……たぶん。




