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第一投「アレは嘘だよ」

挿絵(By みてみん)

第一投「アレは嘘だよ」


 綺麗なフォーム ── その瞬間、わたしはそう思った。


 踏みしめた力がしなやかな身体を巡り、肩、肘と力を伝え、手にした白い塊に全ての力を伝えようとしているのがわかる。全てがゆっくりと動いているような感覚に襲われ、わたしは周りを感じることができた。


 友達たちが送ってくれる力の限りの声援、わたしを信じて全てを託してくれた仲間たち、それがわたしに一歩を踏み出す勇気をくれる。


 タンッ!


 と地面を蹴った。同時に舞い上がった羽根のせいか、普段より身体が軽く感じる。その鼻先に轟音を上げて迫り来る白い塊……わたしの視界は白一色となった。




 ジリィィィィィィィィ!


 けたたましい音が鳴り響いている。


 身じろいで音のする方を見ようとしたけど、視界は白く覆われているしなんだか背中が痛い。どうやら寝ている間にベッドからずり落ちたようだ。わたしは自分の顔を覆っている白い枕を取り去ると、そのまま鳴り響いている目覚まし時計に向かって投げつけた。リィン! という音を最後に、目覚まし時計は永遠に動くのをやめてしまった。


 さようなら、わたしの目覚まし君十六号……。


 わたしは寝ぼけた目を擦りながら立ち上がると、軽く伸ばして固まった身体をほぐしていく。


「何か夢を見ていた気がするんだけど、なんだったかなぁ?」


 そんなことをつぶやきながら、さっきまで見ていた夢の内容が思い出せず首を捻る。何か楽しいような、恐ろしいような……そんな夢だった気がしていた。


 姿見の前に立ち、柱の線と見比べて自分の身長が伸びていないか確認する。


「今日も変化なし……か」


 これは日課だけど毎朝空しくなってくる。誰かが寝る子は育つと言っていたけど、アレは嘘だよ。よく寝るのにわたしの身長は、かれこれ三年も伸びていない。微かにつま先に力を入れて、一センチほど伸ばしてみたが空しさがこみ上げてきた。


 パンッと両手で自分の頬を叩きながら軽く首を振る。


「大丈夫、今日から高校生! まだまだ成長期なはずっ!」


 そう、わたしこと小鈴 寧々(こすず ねね)は、本日より間倉高等学校に通う高校生になったのだ。何と言っても花の女子高生だ。身長も伸びるだろうし、悲しいほどまっ平らなボディラインも何とかなるはずだ! ひょっとしたら、か……彼氏なんかも出来るかもしれない。


 そんなことを考えていたら、下の階から少々間延びしている、いつもの母さんの声が聞こえていた。


「寧々ちゃ~ん。朝ごはんの準備できてるわよ~」

「は~い、いま行くよ~」


 わたしはそう答えると、部屋を出て一階に降りて行くのだった。



◇◇◆◇◇


 小鈴家 リビング ──


 一階のリビングでは、母さんがコップに牛乳を注いでいた。わたしはそんな母をじーっと見る。母さんは美人だし、身長は平均よりちょっと低いけど、わたしと比べれば全然高い。それに脂肪でできてる二つの凶器を持ってるし……大丈夫! わたしにも、まだまだ望みはあるはずだ。


 将来の姿を想像しながら、わたしが席に着くと母さんが並々と注がれた牛乳を置いてくれた。ちなみに牛乳を飲むと背が高くなるというのも嘘だよ。わたしが、かれこれ……と言うのはいいとして、テーブルの上には牛乳の他に胡桃パン、ベーコンが添えられた目玉焼き、ヨーグルトが置かれていた。典型的な我が家の朝食である。


 パンを食べていると母さんが話しかけてきた。


「寧々ちゃん、高校では何をやるの~?」

「……勉強?」


 突然聞かれたので、わたしは首を傾げながら思ってもないことを口にした。


「ウソおっしゃい♪」


 母さん、目が笑ってない……怖いけど、気を取り直して答えた。


「部活のこと? それなら、まだ決めてないよ。間倉はスポーツが盛んらしいから、色々見てから決めるつもり」


 わたしが入学した間倉高等学校はスポーツが盛んで、特にARスポーツの施設が充実していることで有名だった。ARスポーツというのは、BASE(ベース)という装置を中心に拡張現実を展開し、その中でスポーツを行う競技の総称である。かつてAR空間は、ヘッドギアなどの機械を通してしか見ることができなかったが、わたしたちの世代では産まれた時にナノマシンを注入することが一般的であり、質量すら知覚できる空間をお手軽に形成できるため、普通のスポーツと変わらなくなってきている。


「そうなんだ~また合気道とか、フットサルをやるのかと思ってたわぁ」


 近所に合気道の道場があり、小学生の頃はそこに通っていた。中学に上がってからは、ノリでサッカーを始めてみたが、身長が伸びず当たり負けしてしまうため、監督の方針と合わず控え選手にもなれなかったので、つまらなくなって途中でやめてしまった。


 それでも運動するのが好きで、友達と草フットサルチームを作ってたけど、あることがきっかけで友達が続けることができなくなり、わたしもキッパリとやめることにしたのだった。


「紫音姉ちゃんが、間倉には合気道部はないって言ってたなぁ~」


 お姉ちゃんと言っても本当の姉妹ではない、名前は風祭 紫音(かざまつり しおん)といい。わたしの一つ上で間倉高の二年生、わたしが通っていた合気道道場の師範の一人娘でもあった。家が近く年齢も近かったため、昔から実の姉妹のように遊んでもらっていた。


 そう言えば、お姉ちゃんはどの部活に入っているんだろ? 今度会ったら聞いてみよっと。


 そんな事を考えていると、母さんがニコッと笑って時計を見る。


「寧々ちゃん、そろそろ準備しないと遅刻するわよ~?」

「えぇ!? あっ、本当だ、急がないと!」


 わたしは残ったパンを口に入れて牛乳で流し込むと、慌てて部屋に戻っていった。



◇◇◆◇◇



 通学路 ──


 わたしは「行って来ます」と告げて玄関から走り出した。自慢ではないけど、わたしの足は結構速い。通学路を駆け抜けると、春の穏やかな風が心地よく頬に触れる。揺れる前髪の隙間から、一際大きな人影が見えてきた。わたしは全速力でその影に近付き、お尻をペチンッと叩いた。


「きゃっ!」

「おはよう~(きょう)ちゃん。きゃっ! だなんて可愛い~」


 からかうように笑いながら横を走りぬけようとしたけど、わたしの頭は響ちゃんの大きな手でガッチリロックされてしまった。


「おはよ~じゃないよ、寧々。入学早々痴漢にあったかと思ったじゃない!」

「あはは、ごめん~」


 わたしが軽い感じで謝ると、響ちゃんはパッと手を離してくれた。


 わたしは(きょう)ちゃんと呼んでいるけど、彼女の名前は三壁 響子(みかべ きょうこ)。わたしとは中学は違ったけど、フットサル場で出会いチームを組んだ親友だった。彼女は中学女子サッカーで天才キーパーと呼ばれ将来有望視されていたが、サッカーの試合中に右膝を負傷してしまい、サッカーの試合はもう無理だろうと診断されてしまったのだ。


 響ちゃんはわたしの憧れの人だった。すごい長身でそこらの男子より高い。わたしと比べると四十センチ以上も高く、髪は短くボーイッシュな感じだけど、スタイルも抜群で女の子に人気があった。


 このスタイルに可愛らしい顔なら、男子も放っておかない感じだけど、そんな感じの浮いた話は聞いたことがなかった。やはり高すぎる身長で男子が引いちゃったのかな?


 しかし同じ年齢なのに、この差はなんなんだろ? まったく神さまは不公平だと思う。


「今日から同じ学校だね、響ちゃん」

「うん! そういえば、寧々はもう決めたの?」

「決めたって何が?」

「部活だよ。ぶ・か・つ!」


 わたしは首を横に振って、逆に尋ね返してみた。


「響ちゃんは、どこか決めたの?」

「ううん、フットサル部の人が勧誘にきたけど……」


 入学前に勧誘してくるってどれだけ必死なのよ! どうも響ちゃんの膝はジャンプに耐えれないらしく、あまり飛ばない競技なら何とかなるみたいだった。フットサルはゴールも狭いので、負傷しているとはいえ響ちゃんの実力を知っていれば、是非とも欲しくなるのはわからなくもないのだが、つい呆れた様子で呟いてしまう。


「節操がないな~」

「フフッ、寧々のそういうところ好きよ」


 えぇ!? 高校初日から告白いただきましたっ! 幸先がいいな~、ただし同姓の親友からですがね。わたしは、若干ドキドキしている胸を押さえながら微笑を浮かべてみた。


「まぁ、部活はオリエンがあるらしいから、それを見てから決めればいいんじゃない?」

「えっ? あ、うん。そうだね~」


 確かに間倉はスポーツ系の部活が盛んなので、入学式のあとに部活動のオリエンがあると入学案内に書いてあった気がする。


 そんな話をしながら、角を曲がると桜並木になっていた。一面がピンクに覆われており、陽の光とともにわたしたちの入学を祝福してくれているような感じがしてくる。響ちゃんも同じことを思っているのか、目を輝かせながら桜を眺めていた。


「いこう、響ちゃん!」

「うんっ!」


 気持ちが抑えられず、わたしが走り出すと、響ちゃんもあとに続いて走り出した。こうして、わたしたちの高校生活が始まったのだった。


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