第4話
「勢い任せできたけどさ」
「今日、相談室じゃん」
夕方のグラウンドほど青春が詰まってるものはない。
この風景を見て誰が砂利だらけなんていうだろう。
そういうことを言う人の脳みそが砂利だらけだ。
ここには儚げな人間関係と汗にまみれた絆でできている。
こんなにも残酷なくらい綺麗に見える景色なんてどこを探しても見当たらない。
ゾクゾクとした興奮が背中に走って口元が自然に上がる。
基本的にグラウンドや校舎内、校舎裏、部活棟を巡って情報がないか探る。
あとはコメント欄にある不思議な話を掘り下げるためにその場に行ったり。
日によってまちまちだ。
私たちの気分なんてこともある。
「あ、あそことかどうです?」
月汰がそう言って少し遅く歩いていた私たちを呼ぶ。
極力名前を出さないようにしないと変装した意味がなくなる。
「ふぅ、ピンポイント」
校舎内の空き教室。
ただでさえ広い校舎だから空いてる場所はたくさんある。
その中でもよく使われる空き教室があるのを私たちは確証してる。
今日はどうやら告白現場らしい。
告白してるのは男の子の方で女の子の方はまんざらではないようだ。
この写真さえ取れればあとは簡単。
有る事無い事書くなんて、どこぞのゲス週刊誌の手口をするわけない。
今彼氏がいるのか、許嫁がいるのか。
どんな家庭環境で過ごしてきたのか。
そんなのを調べるのは簡単だ。
ここはおぼっちゃまやお嬢様がいる学園。
親が公開している情報も多い。
それを使って私たちは記事を書いていく。
許される範囲内でプライバシーを公開していく。
「あの子、同じ学年だ」
「一個下」
そそくさと他の場所へ移動する。
あまり長いことその場にいるとバレた時にまずい。
私と柚守はいいが、月汰はこのあと3年間も情報屋であることを暴露しながら生きなきゃいけない。
一巻の終わり、そんな生ぬるい言葉で済ませない。
月汰はいいところのおぼっちゃま、ではない。ここにいる金持ち達を敵に回したらどうなるか。
本人も分かっていると思うが。
「今日は部活棟いきます?」
「…夜行こう」
「嫌な予感する?」
柚守の言葉に頷く。
部活棟自体には何か悪いことがあるわけじゃない。
怪談話はそりゃあるとしても。
問題はそこによく残っているガラの悪い奴らだ。
この学校が公立高校とかそこらへんにある私立高校なら別になんとも思わない。
タバコだろうが酒だろうが転がってても。
話が違いすぎる。
校風が自由だが、法律は守れ。
何度も言うがここは坊っちゃまお嬢様を生み出す私立高校だ。
もちろんこれはクラス順位が上位の人に該当する。
では下位の方は?
親が親なら子も子なのだ。
ふと時計を見たらもう7時を回っている。
今日の相談は7時半から。
「帰る?」
言葉少なくとも相手に伝わるのは双子だからと片付けておく。
静かにうなづき、この場を去った。
もう地平線の下に帰ろう。
「おかえりなさい」
「ギリギリでしたね〜」
少し駆け足で廊下を走ったが、それでもぎりぎりだったか。
時計を見ればあと数度で6を指す。
急いで衣類室にいき、元の服に着替える。
「もう来ちゃうかな?」
「5分くらい前から待ってるわよ?」
「そんなに!?急がないと」
なっちゃんに紅茶を頼んでマントを羽織る。
真っ黒でそれを来ただけで人格が変わってしまいそう、そのくらい重い。
相談室も情報屋の管轄だ。
図書館の裏、青いの小さな屋根の家がある。
みんな場所を知ってるが滅多に近寄らない。
七不思議の一つ。
『図書館の裏には自殺した幽霊が眠っている』
奇跡が使えるから関係ない気もするが。
こういうことにいちいち反応してくるのは面白い。
つまり、相談室に来るということはその幽霊に会ってしまうことになる。
まあ、幽霊は別に何も悪いことしないけど。
「亜麻ちゃん、紅茶は後で届けるから」
「助かります」
本棚の螺旋階段を登る。
さっき細雨くんが入ってきた場所、それこそ相談室に繋がってる扉だ。
正確には図書館と相談室に行ける扉。
入り口は狭いが、通路は広い。
そして暗い。
「灯りを」
手のひらに丸い光が作られる。
ふよふよと可愛らしいクラゲのようだ。
基本的に私の奇跡は魔法使いと同じ形を使っている。
魔術士型でも使えないことはないが……まあ、相性の問題だ。
光を集めておく精霊に指示を出し手のひらに作らせる。
光を作ることは、この世界において基本的な奇跡である。
これをできないと次の段階には進めない。
「よっこらっしょい」
頭の上の扉をギギギっと開ける。
そこは小さな部屋。
誰もが憧れたであろう秘密基地。
ちょっとした机に可愛らしいスツール。
窓もなく暗いがなんとも言えない安心のある空間。
目の前にある紺色のカーテンの奥はもう相談者が来ている。
手のひらのクラゲをカーテンの奥の部屋に飛ばし、灯をつける。
「驚かせて、あぁ、あととても待たせてごめんなさい」
声を変える奇跡は必要最低限だ。
変声機なんてつけられないし、そんなの発明できるだけの能力がない。
声は毎回変わる。
男の人に聞こえる声だったり、幼い女の子が喋る声だったり。
そして顔。
ロープとレースで目元しか見えてないとはいえ、目の色が独特だからすぐばれてしまう。
眼球そのものを変えることはもちろんできるが、それには資格がいる。
そのため、相手にはそう「見える」奇跡を使って誤魔化している。
「今日は少し肌寒かったでしょう?この部屋、私がいないと何も操作できないの。今、紅茶の準備をしてるから。紅茶、お飲みになる?」
ふと、視線を上にあげてつい声を出しそうになってしまった。
「は、はい。ありがとうございます……」
その声の主については私が知ってる。
同じ部活の女の子だった。
「どのような内容で?」
「あの、えっと…」
剣道部は運動部の中でも活動時間が少ない。
防具をつけている分、体力消耗が早いからだ。
長時間の稽古はあまりやらない。
長くても3時間行かないだろう。
完全に盲点だった。
いや、内容がどういうことかまだ分からない以上決めつけは良くないだろう。
飾り気のない素直でいい子だ。
それは私のみではなく月汰もしっていること。
「私、部長をやってて…。でも上手くないからみんな指示を聞いてくれなくて」
「……」
「もう1人、男子にも部長がいるけど。でも女子をまとめなきゃいけないのは私だし」
「えぇ…」
「だんだんとみんなが私のこと無視し始めて。そしたら本当に…」
ポツリと机の上に雫が落ちる。
長い間、部活に行かないとこんなにも内部のことを知らなくなるんだ。
彼女がこんなにも悩んでること気づかなかった。
月汰はこういうことに鋭いけど私には言わない。
私が部活に行ったところで何も変わらないし、むしろ悪化することが目に見えてる。
私が部活に行きたくないのは、頼られるのが嫌だからである。