入隊と顔合わせ
334年 12月3日
とうとうこの日がやってきた。早朝、倉庫に来たジークに連れられ部屋を出る。荷物もリュックと借りた本のみで大した準備も必要ない。
麻生の入隊に際しての紹介や式典等はこの現状を考えて有り得ない訳で、1週間程拘束された小屋を出てそのままジーク班の隊舎部屋にそのまま連行される。
一週間、度々様子を見にくるジークに連れられ排泄や入浴の度、倉庫から出ていた為、基地の大まかな構造は把握していたが、建築技術やその他の施設の技術は思っていたより高めな印象を受ける。
学校の教科書でしか見たことないが、建物のイメージとしては明治や、大正時代の学校の校舎ぐらいの水準だと思う。
トイレや風呂もそのくらいの技術レベルだと推察。やはり、元の世界と文化や発想が似ている部分が多数あると見受けられる。
最も照明や、空調等大半の電気で動いてた設備、給排水等の設備は方術で代替えされていた所を見るにどっちが優れた文明とかは比べようがなく、発展の過程が違いすぎて比較にすらならない。
「待ちくたびれたぜ、アソー」
部屋に着く度、こう呟く少し楽しそうなこの班の班長ジークに対して、残り2人の班員は複雑な面持ちで、それに挟まれる俺は胃が痛くなってきた。
……
2人とも無言で俺を見ていた。興味があるのか敵意があるのかは定かではないが、俺の入隊に関していきなり突っ込んで来ないだけまだマシな気がしてホッと胸をなで下ろす。
ジークはこの2人になんて説明したのだろうか。
「何、黙ってんだよ。互いに名前も分からねぇんじゃ不便だからさっさと自己紹介しとけ、まずは、てめぇからだアソー」
ジークは俺を見て促すように顎をしゃくり、突然挟まれる自己紹介の催促に不意を突かれる。
「麻生 誠司です。人間ですが、皆さんを足を引っ張らないよう、全力で任務にあたりますのでどうかよろしくお願いします」
どうにか軋轢を生まないよう、必死で捻り出した挨拶件自己紹介だが、
「ロドリゴだ」
「カイツ」
ぶっきらぼうに短く返された2人の言葉には必要以上の害意が感じられず、内心密かにほっとした。
「よし、終わったな。それじゃあ既に知ってるが改めて、俺はジーク。この班の班長をしている。お前は今後、人間側に潜り込む間者、つまり工作員としてこの班で教育するが、まずは、5年程はここで基礎的な能力の教育を施す。その後、どうなるかはまだ未定だか、課程の履修次第じゃ、速やかに処分される可能性もあるからそのつもりで日々の訓練に励んでもらう」
簡単な紹介と今後、俺の今後の処遇をつらつらと伝えられる。
予想はしていたが、人間側の工作員か……かなりシビアかつ先行き不明な感じになりそうで胸中は不安で一杯であった。
「おいおい、このくらいの脅しでビビるんじゃねぇぞ。てめぇの底が知れるぜ?」
発破をかけるのか、茶化しているのかは釈然としない口調のジーク。
「まぁ、突っ立っててもしゃあねぇし、てめぇの判別、さっさと済ませるぜ」
そう言うジークは透明な液体が入ったビーカーのようなものを机に置き、
「この容器に指を2、3本突っ込め、そうすればてめぇの特性が判別出来る」
言われるがままに指をビーカーに突っ込むが、手を入れた瞬間、水のような液体に指が触れていくにつれて、液体の色に変化していく。
『えっ!?』
麻生含め部屋の全員が声を上げる。麻生は純粋に液体の変化に声を上げるが、残り全員は様子がどうやら違う様でーー
「お前、これは何だ?」
ロドリゴから不意に尋ねられるが、若干声が震えていた。何に驚いているのか疑問に思うが、
「いや、自分にも分からないんですが……」
それはこっちが聞きたいんだけど……と思うがグッと堪える。
何がどうなっているのやら。まさか、異世界の住人であると思われる俺に方術の素養があるというのがまず意外であったが、これはビーカーの色にも問題があると言える。
ビーカーには水銀のような液体に鮮やかな紫が螺旋を描きながらゆっくりと回転。
何というか不気味と言うか気持ち悪い。日常では見ないような配色、光景に何とも言えない不快感が込み上げる。
「分かんないってお前、どんな手品を使いやがった? 見た事ない反応なんだけど?」
カイツがビーカーに目線を釘付けにしつつ言及してくる。俺も同意見だ。銀色に紫? どういう特性何だ? 想像がつかない。
「すいません、本当に自分でよく分からないのですが……」
繰り言になる説明をしながら考えるが、恐らく色が2色だから2つ特性があるのか? でも色がなぁ……などと考えていると。
「雷と変ねぇ……お前のこれが偶然か必然なのか理解しかねるが、心当たりあるんじゃねぇのか?」
様々な意図を多分に含んでるであろうジーク問いは一度考えて見るが全然心当たりがない。
大体、異世界人に方力がある方が驚きなのに特性の心当たりなんか思慮の外だ。
「ないですね。皆さん驚かれているというのはやはり、珍しいからですか?」
本の内容を思い出しながら確認。恐らく特殊特性は結構稀だと記述してあったと思うがーー
「珍しい? んなレベルじゃねぇよ。今まで確認された事のない特性の組み合わせだ。現在ではお前くらいだ」
思いも寄らないジークの返答に言葉を失う。国で1人? 冗談だろ?
「でも、今は特殊特性持ちもそこそこにいるって聞いたんですが……」
たまらず、本で聞きかじった知識で質問するが、
「そりゃ、特性の分布に偏りがあっからだ」
「偏り?」
「大雑把だか、普通特性の場合は、一番は火の特性が多く後は順番に水、風、雷と割合が少なくなり雷至っては全体の1割くらいらしい」
えらく極端な偏りだな、って事は恐らく……
「想像通りだが、特殊は数が少ねぇ。さらにその中でも大半は 『癒』 が一番多く次点で 『心』。ここまでは探せばそこそこいる。
現にロドリゴは癒。貴重な回復要因だが、まだ数が多く特殊の半分以上は癒だ。だがなぁ『変』てめぇの特性は殆どいねぇ。更に雷との組み合わせは正確な事は記録を見れば分かるが、この国でお前くらいだ。例え他にいたとしても1人か2人かとかそんな話だ」
ジークの説明を聞きながらうんざりしてしまう。ただでさえに存在自体が浮いてるのに、更に目立つ要素が加わってしまうなんて
「んじゃあ、今日は隊務じゃねぇし体力錬成だ。ロドリゴ、カイツは勝手が分かってるだろうから各自適当にやってろ。昼の休憩後は方術の訓練だ。今日からしばらくはの組み手、模擬戦はやんねぇからそのつもりでいろ。あと、あんまサボり過ぎんなよ。上にバレたらあと面倒くせぇ」
サボることを前提に話を進めるが、
「俺らほっといてその人間に付きっきりかよ、えらくご執心だな?」
適当なジークの指示を揶揄するカイツ。
「まぁな、取り敢えずコイツにはここの勝手を学んで貰う」
カイツの言及もどこ吹く風。誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「身体でな……」
底冷えするような低い声と共に獰猛な笑みを浮かべる。
そのジークの変化を察知したのはロドリゴのみであった。