異端児の考察、観測者の仮説②
「正気かよ、ジーク? 今の話、一片たりとも理解も納得も出来ないんだけど?」
「同じく、理解しかねる。お前の仮説、本当に的を得ているのか?」
カイツに続きロドリゴが言葉を重ねる。両者とも上司が語る事実
と仮説に異議を申し立てているがーー
「仮説の部分はあくまで仮説だが、それ以外は全部真実だ。仮説に至っても状況を考慮するとそれが一番しっくり来るっつうのが本音だ。本当かどうかはこれから次第で分かってくるだろ? 出たとこ勝負は嫌いじゃねぇよ」
そんな部下の異議をさらりと流し、ざっくりな計画で部下に応える。
「でも、分隊長と司令はこの部分は知らないんだろ?」
カイツにはそのざっくりさよりもこの部分がどうしても解せなかった。
こんな大事になりそうな事をなぜ黙っている? 明らかな裏切り行為とも取られかねない手段を取り、それを躊躇いもせずに部下に打ち明ける精神性。
ジーク班に配属されて月日の浅いカイツにはこの目の前の熊を理解出来ずにいた。
「上に黙ってる事を不思議がっている顔だな」
「そりゃそーー」
「それじゃあ、面白くねぇんだよ」
……
「はぁ?」
被せるようにきっぱりと言い切るジークにカイツは一気に置いてけぼりになってしまう。
「大事にして見ろよ、上は頭が固いからな、あいつにどんな拷問をしてでも情報を絞り取ろうとするだろ」
「それのどこが悪いんだよ、たかだか人間如きに情でも移ったのか? 博愛主義者かてめぇは?」
静かなジークの口調と対照的にカイツの口調は熱を帯びヒートアップしていく。
「常識で言えばお前が正しいぜ、カイツ。だがな常識で計れねぇあいつにその対処は愚策も愚作だ。上が人間に対する常識的な対処をしてもどうせロクでもない情報しか得られず、あいつを殺してそれで終わりだ」
きっぱり言い切るジークに今度こそ絶句。
「何でそんな事がお前に言える?」
虚を突かれ黙るカイツに選手交代のようにロドリゴが問う。
「お前らってさ、拷問されながら原生物や、方術の知識を事細かく話せるか? あいつが持ちうる知識は恐らくそれなり高度だ。
暗号や、何かの指令とかそんな情報量の薄いものならどうとでもなりそうだが、あいつが時折漏らす固有の言葉や、持ち物の本などからかなり高い知識を持つと思うがな、俺は」
ジークはあくまでも余裕な態度を崩さず鷹揚を答える。その様子には確固たる自信を感じる。
「んで、何故あいつがそんな未知の知識を持っているかの理由がさっき聞いたトンデモ仮説に繋がっているって事か、無茶苦茶だな」
「んじゃ、逆に聞くがさっき話したあいつの奇妙な点を全て筋の通った話にした場合、さっきの仮説以外に何か思い付くか? 何かあるなら聞かせろよ。俺は思いつかん」
頭を掻きながらロドリゴに目を向けると、虎の強面が渋面になっていた。
「ま、別に思いつかねぇ事を責めてるわけでもねぇよ、特性がある俺でも詳細なんてサッパリだかんな。今は何か思いつなくても、その都度何かあれば今みたいに遠慮なく言ってくれ。ただし、今は何も具体案がない以上、俺は自分の仮説を元に今後動く」
「勿論、この話を聞いたお前等にも協力してもらうが」
否応なしに巻き込まれた2人は同時にため息を吐く。
上司の無茶ぶりは今に始まった事ではないが恐らく今回のものが人生で最大級になるだろうなと半ば諦めていた。
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麻生がこの拘束期間にやっていた事はこの世界についての概要からまとめ、整理していく事だった。
まず、この大陸についてだが、全てが開拓されている訳では無いらしい。
ただし、この大陸はおおよそ4/5程度がまだ未開拓となっており、この1/5を3つの国で分割して統治している。
この事から大陸自体はそれなりに大きいと思われる。
開拓自体も西端から東へという感じで、一番海側をクライバー王国、真ん中をセルドディック王国、そして開拓地側をアントリオ王国。
概ね国土の大きさに差はなく国家間の諍いは無い、仲は良好のようだ。
麻生がいる場所はアントリオ王国といい人口は100万人程。3つの国の中でも、人間差別主義、というよりも資源主義が最も色濃く残っている国である。
それで先代国王が少しずつ緩和していた人間の待遇も今代の国王が全て撤廃すると公言し内乱が発生した。内乱の現状は泥沼化していて、人間は勿論、獣人達にも無視出来ない被害が出ている。
この山岳警備隊は未開拓地に面しており、未開拓地からやってくる原生物の駆除を主任務としている。
また、領地の開拓については3ヶ国での協定に則っており現状は特に進められてはいないらしい。
この原生物という森に住んでいる生き物はニュアンス的には魔獣とかその類の物らしい。
本の概要から抜き出すと、原生物とは本来、ただの動物が空気中の原素子と呼ばれる、方力の素となる素子を摂取し続け、獣人とは異なる進化を遂げた生物である。
と記述されており、本来の動物よりも高い運動能力。タフな身体等が上げられ、開拓の森の動物は殆どが原生物だそうだ。
そして方術という技術であるが、どうやらファンタジー小説やらで出てくる魔法に近い性質のようだ。
大雑把にまとめると、方力という体内魔力のようなものを外部に出力して利用するようだが、出力の際に人によって生じる物理現象に差異がある。これを特性と言うらしい。
特性は属性と同じ様なもので通常と特殊に分類される。通常は火、風、水、雷。特殊は心、療、変。
特性は概ね文字通りの性質だが、特殊についてはどれもイメージが持ちづらく特殊持ち自体が希少種な為、殆ど性質が解明されていない。
歴史の浅さと、特性分布の偏りにより方術は未だに未発達な技術と言えそうだ。
大体の者はは通常のどれか1種類。稀に通常+特殊など変則的な特性を持つ者もいるらしい。
各特性の記述を読んでみると、気になる項目があった。
特性・心
生き物の精神状態の読み取り、また、伝心が可能、まだ解明されてない部分多数あると見受けられる。
これ多分ジークだよなぁ。
森でのやり取りや、尋問である程度確信していたが、ジークはこちらの発言に嘘がないかを判別して話を進めていた。
あちらから見れば俺は荒唐無稽な存在に映るが、それに対して追及が無さ過ぎる。
こちらの発言全てを鵜呑みにしているかの様な態度に追及のなさがジークの特性を浮き彫りにしていく。
一通りこの1週間で情報を整理したが、明日からの入隊に不安が募っていく。
「明日から、奴隷軍人か……」
明日からの待遇は捕虜から奴隷軍人になる。
字面にするとブラック企業真っ青の人権の無さだが、処刑じゃないだけ大分マシだろう。
恐らくジークが裏で手を回したんだろうな。理由までは分からんが、俺の個人情報にやたら興味津々なように映る。
これまでのやり取りからジークには嘘及び感情を見抜く能力があると推察される。
どこまで読まれてるかは定かではないが、流石に別の世界から来たとか、馬鹿げた事態に陥っているとまでは読まれていないだろう。
確かにジークの立場で考えるなら俺の存在はそれこそ奇妙で理解し難いものだろう。
ジークがどのような理由であれ、俺を部下に引き入れたと言うことは、日常生活の会話や、仕草その他の行動で情報等を抜き出しに掛かるはず。
正直ややこしくなることは目に見えてるからその辺の事情とかまとめて全部吐き出したいところだが、そうなると今度は利用出来る技術を全て抜き出そうと全力で拷問や、尋問にかけられあえなく獄中死。
若しくはそうならずとも、俺が帰還の為に情報を集めていることがバレて全力で阻止されそのまま飼い殺しエンドもありうる。
何とかジークの追及をかわしつつ、帰還への手掛かりを探さなければならない。
明日からあらゆる意味で本格的な戦いが始まる。
静かに気合いを入れ直す麻生には、気概があった。少なくともこの時は。