虎と熊の胸中
何だ、これは?
昼の休息時にジークとあの人間の訓練の様子を見に来ていたが、目に映る光景ははっきり言って予想すらした事がないものであった。
大体この時間で人間の方が虫の息になっていることもあったため、必要なら治療を……などと考えていたが、まさかジークまでもがーー
「お、ロドリゴか、ちょうどいいな。先に人間の方を頼む。まだギリギリ生きてっから。ったく呆れた生命力だよなぁ」
自身の負傷を気にせずに笑うジークと人間を優先させるその発言に突っ込み所が多数あるが、
「それはいいが、大分やられたな。動けないのだろう?」
人間の治療に取りかかりながらジークの様子を伺うが、見た目は人間の方が遥かに酷い。
しかしーー
「お察し通りだ。かなりマズい、両手は動くが、両足がさっぱりだ」
動く両手を竦めて、無理解を示すジーク。
「何があった?」
当然の疑問を口にするロドリゴ。あの人間にジークをここまで追い込む事が出来た事自体がすでに理解の外であったが、
「しがみつかれて方力を流された。ただ、あいつの特性は雷と変だろ? 元々分かり辛い特性だしな……あいつの目が覚め次第問い質すがな」
「の割には随分とご機嫌だな」
どう考えてもご機嫌ではいられるような状態に見えないジークの態度を訝しげに眺める。
「分かるか? まぁ、分かるよなぁ。ようやくあいつ俺に明確な敵意を抱きやがった。それにあの反撃もどういう理屈かもさっぱりだ」
「上機嫌になる要素が皆無に聞こえるが?」
半歩譲って敵意の有無があの人間の理解に繋がる事は何となく想像出来る。しかし後半はまるで笑えない。いくらジークが油断していたとは言えこれだけのダメージを残す程に人間が成長しているのか?
「たかだか1ヶ月ちょいの時間で何もかも分かってしまったらつまんねぇだろ? 折角、降って湧いた謎の塊だ。なるだけあいつの謎には自力でたどり着きてぇもんだ。謎が深まんのも大歓迎だ。その方が挑み甲斐があらぁ」
上司の奇特な意気込みに露骨に呆れながらもロドリゴにも密かな心境の変化が訪れていた。
確かに、気にはなる。この人間は一体何なんだ?
治療の度に顔を突き合わせ、そしてあの時言われた治療の礼。
種族間の諍いをまるで考慮していない麻生の様子に少しずつではあるが、ある種の興味が出て来てしまう。
カイツが聞いたら噛みつかれるな、奇特な上司と合わせてだが……
人間差別主義を貫くカイツには理解し難い感情なのだろうな……
ロドリゴの目には最早、麻生が並みの人間として写っていなかった。
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冷たい風に頬を撫でられ目が覚めていく。固い地面に冷たい風、どうやらここはまだ練兵場のようだ。
人生二度目の焼き肉を経て、ジークに一矢報いたのか? 寸前の記憶があやふやなのは毎度の事であるが、まだ治療されて延命されてる辺りはジークの機嫌を損ねずに済んだのか?
やり過ぎたか?
徐々に鮮明に戻る記憶を辿りながら自身の状況を探るがーー
「おい、目ぇ覚めたか? どうだ気分はーーって聞くまでもねぇか?」
不意打ちのように声を掛けられそこにはジークとロドリゴが胡座をかいてこちらを見ていた。
「何ボーとしてやがる、訓練は一旦中断だ。ちょっとばかし話聞かせて貰おうか?」
その言葉に先日の小屋でのやり取りを思い浮かべ思わず身構えるが、
「今回は短絡的じゃなくて、ちゃんとした話し合いをしようじゃねぇか?」
ジークば口を吊り上げ獰猛な笑みを浮かべる。
「短絡的なのは自覚あんだな、質が悪りぃ」
思わず囗に本音が出てしまうが、
「あんま邪険にすんなよ、傷付くだろうが」
苦笑し冗談混じりに返す目の前の熊に違和感が生じる。
「なんか、らしくなくね?」
その言葉にジークはーー
「てめぇと同じだーー心境の変化って奴だよ」




