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獣達の世界  作者: ペリック
獣人達の領域
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窮鼠猫噛む



 翌日、いつもの訓練の時間がやってきた。


天候は晴れ、12月も終盤でもうすぐ年越しと言うのに休む気配もなく通常営業の部隊とは裏腹に寒さが一段と身に刺さる。


この世界には年越しの概念まではないのかと心で思わず愚痴が出てしまうくらいにはここのチグバグな世界観に毒されている麻生。


最もあったところで俺には平穏な日々などは訪れないだろうと自嘲気味に笑う。


感覚的には二桁の気温を間違い無く切っているだろうと思われる外気に震えながら、向かい合うジークは寒さなど微塵も感じてないかのような有り様で。


「寒いのか? また、暖めてやろうか?」


と掌に炎を作る始末。


「いや、結構。焼死よりも凍死の方が多分苦痛が少なそうだ」


洒落にならない事を気軽に平然と行うジークの異常性とそれに達観しつつもたらされる苦痛をバネに抗い続ける麻生の異常性。


あれ(焼き肉)以来からの特攻じみた熱量の感情は徐々に鳴りを潜めていき、変わりに諦めとは別ベクトルでの達観が強くなっていく。


冷静にそして強かにーーもたらされる苦痛に自然と順応していき、少しずつ理想的な精神を築きつつある麻生に。


「遠慮すんなって……ほらよ!」


掌サイズの球状の火の玉をボールの様に放るジークと、何となく行動が読めていた麻生が動き出したのはほぼ同時だった。


正面最短で迫る高速の火の玉を間一髪、横っ飛びで回避。


しかし後ろに通り過ぎた火の玉はしばらく直進後Uターンして横っ飛びし体制を崩した麻生を容赦なく追撃。


「ったくんなのアリかよ!?」


思わず囗に泣き言とも取れる愚痴が零れるが、幸いにもUターンの影響か先程の速さよりも幾分速度が落ちているため、体勢を低くし玉の正面にヘッドスライディングの要領で前転、髪の直ぐ上を火の玉が通過し、チリチリと髪の毛を数本炙る。


恐怖よりも先に身体が動き次の行動を冷静に構築、前転後ジークの姿を目に捉えようと顔を上げた瞬間に顎を蹴り上げられる。


「何、玉くらいで一杯になってんだ? 敵がお留守じゃあ避ける意味もねーだろうが!」


愉快に蹴り、笑うジークは顎を蹴られふらついている麻生に、


「それーーさっさと暖まれや!」


いつの間にか迫っていた火の玉が膨張し麻生を丸ごと包んでいた。



炎に飲み込まれ、熱の海に溺れる麻生。




身体中に発生する痛みが脳の許容を越え、呼吸すら出来ない為、尋常ではない苦しみに喘ぐ。


ーーがあぁぁっ


吼えるような叫びと無作為に動き続ける身体、それはまるで溺れているようにも見え、水のない陸で溺れるという一見すると滑稽な光景に映る。


生きながらにして焼かれるーーと言う生涯で2度目の痛烈な体験。


否が応でも初回時の体験の記憶をフィードバックさせられ精神的に肉体的にも崖っぷちに立たされていく。


麻生は意識的ではなく、本能的に地面に転がり続け、炎を鎮火させていき、火が下火になる頃には焼死寸前の有り様になっていた。


「随分といい焼け具合じゃねぇか」


またしても死の淵で爪先立ちを続ける麻生にまるで容赦ない言葉を投げ掛け。


「この前は避けられた上に、ちょっとしたおいたがあったからなぁ、割り増し料金ってやつだ」


いけしゃあしゃあと先日の出来事の清算とのたまうジーク。


風前の灯火と化した思考で何か言い返そうにも口が焼かれた脂で癒着してしまい開く事すら出来ず。


辛うじて視界が確保出来るため、たまらず目の前の狂人を睨むが。


「何か言いてぇ事でもあんのか?」


仰向けに倒れ、虫の息の麻生に顔を近づける。互いの息が掛かりそうな所まで近づき、満足げに目を細め感情の観測。


「ようやく敵意や憎しみが前面に出て来たなあ、これでようやくてめぇが人間で有ることを実感出来そうだ!」


だが、ジークは重要な事に気付いていない。


虫の息の状態で麻生が持つこの感情の本当の意味に。


現状に満足し、虫の息の麻生。今のジークには警戒という言葉が存在せずに、


突如、渾身の力でジークの首にしがみつく麻生。動く度に身を裂くような激痛に侵されるが、荒れ狂う感情にて全て黙らせる。


首にしがみつき、足がジークの腹辺りでクロスさせ、ちょうどジークという木にしがみつく猿のような構図。


ジークですらも今の麻生の行動が理解出来ずに咄嗟に振り払うまでにコンマ数秒のタイムロスが発生しそれが命取りになった。


ーービリッーー


麻生にしがみつかれたジークの身体が痙攣、更に身体の自由が全く効かなくなる。


麻生は腕に+、足に-の電圧を発生させ、ジークの身体間に電位差を発生させていた。


練習の時よりも遥かに力を込めて発生させた起電力はこの熊にも一定の効力を示し、


何がが、どうなっっててやががる?


今まで経験のない苦痛と感覚に思考がぶれ、視界がチラつき始めている。


あ、熱ぃ


数秒電気を流されジークの身体が発熱し始める。


身体の自由が効かず、外部からではなく内部から焼かれるジークに出来ることと言えば歯を食いしばり元凶の麻生を睨む事ぐらいした選択肢がなく。


焼かれる奴の気持ちが分かったか! クソ野郎!


麻生は口が開けない変わりに、胸中で盛大に雄叫びを上げつつ方力の全てを目の前の熊に叩き付ける。


ようやくこれで一矢……報いたか


最後の最後でジークの吠え面を見れ、満足したまま力尽きる麻生。


感電から解放はされたが、電熱により神経と肉体の筋肉がいくつか焼かれ、動く事が出来ずにその場に崩れ落ちるジーク。


痛み分け。


麻生が初めてジークに与えたダメージは予想外が過ぎるほどに致命的なものであった。




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