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獣達の世界  作者: ペリック
獣人達の領域
23/28

深淵


 躊躇い……


それはほんの一瞬、刹那的に感じた心情。麻生はジークの表情、仕草から直感的にそう推察。


ジークが俺に対して何かを躊躇うだと?


いよいよ珍しいジークの態度に疑問符が浮かぶが、


「さて、まずは近況からか」


今のジークにはその様な感情は微塵も出しておらず、いつも通りであった。但し書きに表面上はと付くが。


「近況って、何を言えばいいんだ? 毎日が監視みたいなもんだし、心情は特性で分かるんじゃないのか?」


最初から余り意味があるような質問ではなく、麻生は特性の事を織り交ぜ切り返す。


「1つ勘違いしてるようだが、特性ってのは感情や心情が読めるだけで思考の詳細が読める訳じゃねぇ。それにーー」




「最近、あったろ? 心境の変化」




一拍間をあけたその言葉には動揺こそないが、内面に深く切り込まれたような感覚なる。


「あるには、あったが、これってそっちで読めないのか? むしろ客観視出来る分、俺より事態を正確に把握してそうなんだけどーー」


「確かに、()()に関しては把握出来る、出来ねぇのは理由だ。どんな心境にもそこに至るまでの過程と理由があんだよ。テメェの場合は過程は分かるが、理由が全くだ」


なる程、確かに便利な特性だが、全てが万能って訳でもないのか……思わず露呈したジークの特性の詳細を再考。


同時に問いに対して思った事を反射的に口にしてしまう。


「諦めに意味がない事に気付いたからーーか」


自分の人格とのやり取りを思い出し、出した想い(こたえ)に躊躇いはなく、不遜に笑いながら応える麻生。腹が括れ、静かな口調には力強さが見え隠れしている。


ジークは感情図の急激な変化に眉を寄せ問う。その図は昨日、今日の訓練でよく見せる麻生の感情図そのもので、


意味が分からん。なぜここまで()()()()? 何がこいつを……


まるで底のない穴を見ているような錯覚に陥る。心情が読めなければ今のこいつは()()()()()で切り捨てられる。それこそカイツのように。


だが、こいつは違う。断じて壊れてなどいない、これは……


「理解しがたいって顔だな」


不意に目の前の人間が、吹けば飛ぶような存在に底が見えない感情図。


余りに歪で不釣り合い、ジークはそう思いながらも麻生の言葉に耳を傾ける。


「単純に考えてくれ。なぜ俺が持ち直せたのかはーー」


言葉を区切り告げる麻生はこれまで見せてきた弱々しい態度ではなく、やたら堂に入っていた。


「自分の本当の気持ちに気付けたからだ。ジーク……手段がどうあれ、お前が気付かせてくれたんだ。諦めたところで楽にはならん。結局どういう心境を持とうが、もたらされる苦痛には変化ない……とな」


これまでの訓練を思い出しながらそれはまるで理屈も根拠も何もない開き直りを告げる麻生。


ただただ晴れやかに告げられる麻生の言葉にジークは、


「今すぐ、ここでお前を殺しても同じ事が言えんのか?」


突如、ジークの口調が恫喝するような口調に切り替わる。


ここまで状況と立場をどこか適当なところに投げ捨てたかのような不遜な態度に流石に苛立ちが募っていく。


状況をあえて見ないような投げやりともとれる不遜な態度であるのに諦めの感情が希薄。


投げ捨てているようで、投げていないのか? 明らかに矛盾している。こいつの根底にあんのは何だ?


ランタンの光源にジークが掌に生み出す光源が追加され、冷め切った部屋の温度が上昇していく。


荒々しく右手全体を燃やし続ける炎の輝きはジークの心情にも酷似していて。


麻生の表情、そして感情には際立った変化が見受けられず。


「次もロドリゴが治すとでも思ってんじゃねぇだろうな?」


まるで最終通告のように告げるジークに、


「まさか」


短く嘘がない返答を確認。


その根底……見極めてやらぁ!


右手の炎を麻生に向けて放つ。



**************************************************



 麻生は目の前の状況にこれまでになく集中していた。目の前の熊が右手に炎を集中させている中で、どのタイミングでそれを放つのかを頭を必死でフル回転させる。


分かりやすい程に、分かりやす過ぎる命の危機。これまでに幾つもあったが、ここまで明確に恐怖と緊張感を煽るのは初めてかも知れない。



焼き肉の時は、直接的に炎見てねーもんなぁ



またも焼かれようとする直前には場違いで不毛な感傷に汗がたらりと零れる。


これが室内温度の上昇によるものか、目の前の状況によるものなのかはたまたこの異常な感性によるのかは麻生でさえ、判断がつかずその時を迎える。


動いた根拠は僅かな変化と奇跡的な直感の冴えによるものだった。


ジークの右手から燃え上がる炎に僅かに指向性が帯びたのを感じ、反射的に座っている椅子毎身体を傾ける。


瞬間、自分がいたであろう空間にまるで火炎放射器のように放射状の炎が通り過ぎていく。


まるで走馬灯のようにゆっくりと椅子と身体が床に倒れ、衝撃さえも遅れて到達。


脳内には痺れるような快楽とチクリと主張する控え目な痛み。


余りにおかしい時間感覚に疑問さえ湧かずに、本能的に次の行動に移っていく、テーブルの下に素早く潜り、それをちゃぶ台返しのようにひっくり返す。


ビデオのスロー再生のようにゆっくりとひっくり返っていくテーブルに意表を突かれ驚くジークの表情。


ひっくり返っていくテーブルをおまけとばかりに蹴りつけ、プレゼント。


周りの時間の遅さに比例して自身の行動も物凄く遅いが、ジークはとうとう避ける事なく迫るテーブルに巻き込まれる。



**************************************************



テーブルに巻き込まれ、倒れたジークは立ち上がり目の前の状況にしばし呆然としていた。


方術をかわされた? いや、まだそれはいい。だが、その後のこいつの行動は、そしてーー


目の前には頭を抱え、うずくまる人間。


そして、見える感情は見たとおりに痛みを堪え、歯を食いしばり堪え忍ぶ不屈、痛みに屈している諦め。この2つのみであった。


何がどうなってんだ?


思わぬ反撃にダメージはなく、瞬間的な怒りはとうに消え失せ、ただただ困惑していた。





いてぇ、どうなってんだ……


頭を抱え地面を向きながら、脳内に直接剣山でも入れてシャッフルしているかのような鋭利で乱雑な痛み。


ジークをテーブル毎巻き込んで、あの時間感覚が元に戻ってくると同時にこの耐え難い頭痛に襲われた。


たまらずうずくまり、歯を食いしばるが焼け石に水。余りの痛みに身体が震えるように痙攣し、鼻血が地面に滴る。


血の出所を探ろうとするが、最早手が思うように動かせず、目の前のジークにすら注意が向けられない。


なにが、どうなって……


思考と視界が同時にぼやけ、痛みと共に意識がたまらずフェードアウトしていく。


焼かれた痛みを凌駕しかねない頭痛に苛まれ、目の前の困惑している熊を置き去りにして意識が落ちていく。




































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