差し変わる日常
徹夜明け授業の翌日、今夜こそはとぐっすり眠り頭がすっきりとした状態で目が覚めた。
季節が季節なだけに冷え込みに身体を震わせながら布団から起き上がり、枕の上の時計を見るといつもの時間より1時間程早かった。
まだ結構寝れたのにちょっともったいないなと、後ろ髪を引かれながら意識が覚醒していく。
二度寝する気にもなれずに食事と登校の準備に取り掛かる。一人暮らしも半年が過ぎ、この辺の準備も大分こなれてきた。
昨日作っていたおでんの残りと、味噌汁、白米と栄養バランスに問題がある献立だが気にせず平らげ、リュックに機材を入れていく。
今日は実習の日であり、各種計測器をリュックに入れて準備しなければならない。
少し珍しいかもしれないがこの学校では、実習で使用する計測器の一部を学生に購入させるシステムになっている。
就職先の大半が計測器を使うことろな為、道具に愛着を持たせる意味で、入学時に軽微な計測器を購入させる方針なのだという。
今日の実験はレポートが少なめだったはず。
事前に配られる実験の内容を見ながら今日のレポートの内容にあたりを吟味していく。
今回のやつは楽そうだ。来週の日曜にやったとしてもそこそこ寝れるはずと既にこの時点でギリギリまでレポートを引っ張る算段である麻生。
今日のリュックは実験用の計測器一式と簡単な工具一式と自習用テキスト一冊。
電話帳の様な過去問に難解な問題が詰まったプリントとは今日はおさらばであるため、比較的に気が楽になる。
用意をして外に出るが今日から一段と冷え込んでいた。
11月上旬という秋の終わりに冬の入り口という中間期。
徐々に気温が下がり始めていたと肌で感じていたが、今日にきて一段すっ飛ばして気温が下がったように感じる。
たまらず、部屋に戻り、少し早いと思いながらもコートを手に取り駅へ向かう。
駅へ着くと乗る時間帯が違うためか人が若干少ない。いつもより30分程早く通勤ラッシュの時間より僅かにズレているためだろう。
電車に乗り、普段はそこそこ混雑して座ることのない座席に腰を下ろし学校に着いてからの暇潰しを考えてる。
近くのコンビニで立ち読みでもするかね? ちょうど週刊誌の発刊日だし。
そんな取り留めのない事を考えながら電車に揺られていると、
「ふぁあ」
不意に漏れる欠伸とゆったりと迫り来る眠気。
起き抜けはあんなに目が覚めていたのに、ちょっと早起きしただけで眠気に苛まれてしまうなんて俺は、子供かよ。
早起きに正直な身体の反応に苦笑しながらも、ゆっくりと目を閉じ、睡魔に身をゆだねようと脱力。
あと、学校までは20分程あるから少し位なら大丈夫か…… どうせ寝過ごしても時間はたっぷりある。
眠る前に保険じみた事を考えて、意識が落ちる。
その時に見た光景は、座席横に置いたリュックに引っ掛けていた小銭入れ兼キーケースの紐が切れ床に落ちる瞬間だった。
後で拾えばいいか、そう思い静かに目を閉じた。
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ヒュウと冷たい空気に頬に撫でられ目が覚める。
風?
疑問に思い目を開けると色々とおかしな状況に気付く。
まず、眼前広がるのは少し灰がかった冬空。
次に座席に座っていたはずなのに仰向けで倒れている自分。
そして俺がいる場所。
電車の中ではなく森の中、極めつけには俺の周囲にはえぐり取られたと思われる電車の残骸。
何が起こった?
しばしの間、麻生は思考を放棄していた。
「どうなってんだ?」
滲み出る疑問に冷や汗。
周囲を見渡すと葉の抜け落ちた侘しい木々達、典型的な冬の森だ。
そして地面には電車の構成部品であろう鉄くず達がまるで何かに食い千切られたように散乱している。
辛うじて無事なのは麻生自身の五体と通学用のリュックのみ。
寝ている間に何があった? 事故か、それとも…… まさか、テロか!?
日常には余りに縁のない可能性が思い浮かぶ。
ひとまず周囲を見渡し状況を確認。
散らばった破片、鉄くず、比較的原形を保っている座席等を実際に手に取り調べていくが……
焦げ跡が全くない。
これで少なくとも爆弾及びそれに類する衝撃で破壊された訳ではないと言えそうだ。
専門家ではないが何かしら熱を利用した衝撃なら焦げ跡、並びに熱変形がないとおかしい。
それに自身には焦げ、傷一つない辺りも考慮すると、やっぱり爆弾等火気類の可能性は薄い。
それと根本的におかしいのが、通学区間の線路にこんな森はなかった。
30分程度の移動距離だが、線路は市街地と住宅地のみ。小規模な森さえ線路上、線路沿いにはなかった。
考えれば考える程におかしな状況だが、ひとまず警察及び学校に連絡を取ろうとスマートフォンを取り出すが、充電が切れていた。
ん? 朝はフル充電だったが…… 故障か?
肝心な時に使い物にならない端末のせいで外部との連絡も取れずに焦りが募るが、ひとまず深呼吸をして気持ちを少しでも落ち着かせる。
「焦るな、無駄に体力を使ってしまう」
自言い聞かせるように呟く。声が僅かに震えている。
まず、この状況を遭難と言い切っていいか微妙ではあるが、ここが人里離れた場所であるならかなり危険だ。
連絡どころかGPSも使えない、とすればここで助けを待つか、人里を目指して適当な方向へ歩くか2つに1つ。
正直どちらも選びたくない選択肢だと麻生は感じる。
食糧、水共に全くないこの状況でいつ来るかも分からない助けも待つのはかなりリスキー。
一方で、人里を目指すのも目印、目標物の何もないこの森でさまよい続けるのは、自殺行為にしか見えない。
より深く森に迷い込み遭難、そのまま体力が尽きてしまう可能性が高いように思える。
だが、確実にどちらか選ばなければならない。
それにこのまま時が経つとどの道身体は動かなくなる。そうすれば自動的に助けを待つ選択肢を選んでしまう事と同義だ。
原型の残った座席に腰を下ろし考えるが、そこである現状の可笑しな点に気づく。
今更であるが、時間帯がおかしい。電車に乗りうたた寝をしたのは登校の時間帯。つまり朝なのだが今はどう見ても昼だ。俺は3時間も森で寝ていたのか?
腕時計を見ると、短針は13時を指していた。これならまだ、納得出来るが、日付の部分にぎょっとする。
24日?
この時計は月ではなく、日付のみ表情されるタイプで、学校を出た日は10日だ。
14日間…二週間も寝ていたのか?
有り得ない、3時間ならまだしも初冬の森に14日間も寝ていたら今頃とうに死んでいる。
とりあえず、理解の及ばない時計の事は故障として保留にして次に切り替えていく。
他にも検討すべき事は残っていると、壊れた残骸を拠点として周囲を捜索していく麻生。
決断するにはまだ少し早い。周囲の状況を把握しなければ、と己に言い聞かせながら周囲を探索していく。
1時間程残骸拠点を中心に捜索してみたが、結論から言うと何も手掛かりになりそうなものはなかった。
森自体に人の手が入っている形跡も全く見られず、絶望的な気分に陥る。
留まるか、動くか。
しばらくグルグルと同じ思考を繰り返した後、
「やっぱり動こう」
決断が思わず口に出る。程よく固まった意思に選択肢が間違いが無いこと祈る。
せめて同じ所をグルグル周り続けるのは避けたいと時計の短針を太陽に向け方角を確認。
短針と12時の間が真南だ、ひとまず真南に向かおう。
悪足掻きのような策だが、何もせず歩き回るよりは多少精神的に楽な気分になる。
決断を決め多少、前向きになる麻生は森の中へ足を踏み出していく。