一寸の虫にも五分の魂
対峙する二人。お互いを強く見据えるその様はこれから雌雄を決する、決戦のようにも見える。
「一ついいか?」
静かに問うジークはいつも俺を痛ぶっていた時に見せる遊びの様な雰囲気ではなく、真剣な面持ちだ。
「いつになく真剣な口調だな、珍しく」
そんなジークをどこ吹く風、あいつが何を疑問に思っているは分かりきっているが、惚けて皮肉で返す。しかしそんな挑発に乗るほど目の前の熊も単純でもない。
「何が、テメェを変えた?」
へぇ疑問を持つ事もあるんだな、便利な特性があるのに。
「読んで見たら? 便利な特性…… 持ってんだろ?」
その言葉にピクリと反応するジーク。この反応は挑発によるものなのかそれとも特性自体を見破った事によるものなのか、定かではないが。
「テメェ…! やっぱりーー」
不遜とも取れる態度に激情の籠もった目を向けられるが、それと同時に麻生は腰を落とし手のひらで泥を掬い、ジークの顔目掛けて投げつける。
ーーッッ!?
突然の行動にジークの意表を突く事に成功、その低い体制のまま足を払おうとするが、跳躍によりかわされる。
「トロぇんだよ、動きが!」
跳躍し、空中でそのまま前蹴りを放つ。
空中によって僅かに動きの鈍った蹴りを両手でガード、ギリギリ反応出来たはいいが馬鹿みたいな衝撃で腕が軋む。
蹴られた衝撃によって数歩間を取られたが、地面に着地したジークに真っ正面から特攻。
顔面に殴りかかるが、拳に拳を合わせられ指の骨が砕ける。
ボギッっと嫌な音と脳に響く激痛をものともせずノータイムで回し蹴りを放つ。
コイツ!?
今までは明らかに違う反応にジークの心が躍る。だが、素人が放つ回し蹴りはお粗末で何より遅い。
ジークは歓喜の感情を隠しきれないまま吠える。
「遅い、遅ぇぞ! こっちとら眠くなってしょうがねぇぞ!」
後半は心にもないことんを叫びながら、蹴りを避けられ隙だらけの俺のわき腹に返礼と言わんばかりに回し蹴り。
たまらず吹っ飛ぶが、これまたギリギリで反応出来たために咄嗟に蹴りの方向に跳び、威力を僅かに軽減。
今まで受けた拷問のような訓練がほんの僅かに報われる瞬間であったが、所詮焼け石に水。地面を転がる度に込み上げる激痛と吐き気に苛まれ、奥歯を強く噛み立ち上がる。
激痛と激情がせめぎ合い行き場のない感情が出口を求めて目の前の捌け口へ物理的な行動として発散される。
潰れた拳、血まみれの身体、折れた足。
そんな麻生を見ながらジークは加虐による興奮とは別の興奮に冒される。
次々に増えていく身体の破損に比例して膨れ上がる麻生の激情にジークでさえ当てられていった。
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「とうとう壊れたのか?」
課業が終わり、地面のシミと化して辛うじて息をしている麻生を見やり呟くカイツ。
結局、この日も最終的な結果も死体一歩手前であるが、過程が大分違っていてジークは確かな満足感に満たされていた。
きっかけは朝の焼き肉だが、焼きすぎたか? 何に火がついたか知らんが死亡寸前まで真っ赤に燃え盛っていてうっかり殺しちまうところだった。
「壊れるどころか、逆に燃え上がっていたな」
恒例化している人間の治療のさらがら感想を漏らすロドリゴ。その人間に向ける眼差しは得体の知れない生き物を見ているようで、
「どうしてああなるんだよ理解できねぇ! 普通身体焼かれてやる気になるか? 狂っていやがる! どうなってんだよ、ジーク!」
不意に矛先がジークに向くが、
「さあな、俺でも予想外だ。もっともこいつに関しては予想の範囲内で収まった事の方が珍しいが……」
言葉を区切り、まるで壊れかけのおもちゃの新しい楽しみ方を見つけ出したかのように。
「本当にどこまでも退屈しねぇな。これからの日々が待ち遠しいなぁ、お前もそう思うだろ アソー……」
意識不明である麻生にジークは大層嬉しそうに語り掛ける。