混ざり合う人格、歩き出すは異端児
人格の構成には様々な要因があるが、これを大きく分けるなら次の3点に分けられる。
環境、資質、そして経験。経験においてはこの部分を”記憶”と言い変えても差し支えないかも知れない。
例えば、ある時点での”俺”を2つの平行世界に分裂させる。前提としてこの時点での2つの俺は全く同じ人格であるが、数年後は周囲の環境、蓄積された記憶、経験によって人格がお互い変わってしまう。
目の前の俺と言う存在はそんな体験を擬似的に引き起こしてしまっているのだろう。
この現象の仮説は恐らく諸説あるだろうが、前の世界をA、この世界をBとおき、Aの世界での主人格は俺で、このBの世界で絶望し切り捨てられかけた感情を元に生まれたこの人格が俺。
短くまとめるなら、諦めと不屈、矛盾したそれぞれの感情が肥大し2極化。主人格の俺は、諦めの感情を、俺は不屈の感情をそれぞれ強く持つか……
ーー何、難しく考えてんだよ。もっとシンプルにいこうぜ。
楽観的であるが、芯を感じさせる口調。
本来の俺からかけ離れた印象を持つその口調にどうしても違和感がつきまとう。
ーー俺は、こんな人間だったか? ってな。
またも、読まれ短くまとめられるがこの空間ではもはや気にもならなくなり、
ーーまぁ、でも小難しく物事を考えるお前はそのままでいろよ。諦めってよく言えば状況や物事を冷静に見てるだろ?
まるでらしくない口調と肯定の言葉。しかし、この感情には奇妙な既視感と懐かしさが感じられる。
ーー一体何がどうなって…… いや違う、これは新しく生まれた人格でも感情でもなく
ーー元々いたんだけどなぁ、お前が見ようとしなかっただけで
どこか、寂しげに告げる俺に最早なんとも言えない気持ちになる。確かに2極化し人格として確立するキッカケこそあったものの、それは元々は俺が持つ普遍的で一般的な感情に今更気付いた。
ーーだが、元々は相反する感情同士だ、なのにこいつの態度がどこまでも腑に落ちない。なぜ俺を受け入れようとする?
不屈に諦め。有り体に言えば矛盾を孕む感情の在り方に思えて思考が同じところをループしていく。
ーー何、テンパってんだよ。簡単なことだろ? 俺にはお前が必要なんだよ。その変に神経質で小難しく諦めがちな癖に妙な探求心を持つお前がな。
どこか照れくさそうにたどたどしく告げる言葉が胸に染みる。
ーーなるほど、だから……
ここまで思考が行き着きなぜ俺が俺の思考を読めるのか。その答えに辿り着く。それはーー
ーー正解だ、
短く告げる、俺はどこまでも嬉しそうに、まるで答えを導き出した生徒を褒める先生のようで……
ーーまぁ、及第点かな
不意に読める俺の思考。それを期に雪崩れ込む感情。強引にしかし、どこか俺を気遣っているかのように途端になりを潜めそしてまた強引に混ざり合う。
ーー不器用なやつ……
イメージ通りな性格に思わず苦笑してしまい、そして混ざり合う2つの矛盾した感情が反発する事なく溶け込んでいく…… 根本的に異なる2色が混ざり新しい色が生み出される生誕の時。
ーーくそったれが!
ジークとの訓練初日、八つ当たりという極めてシンプルな理由で特攻を繰り返す場面。
ーーここで終わりだと、冗談じゃねぇ!
何度も気絶し、死の淵に立ちかける時に瞬間的に湧き上がる感情。
スロトボのように断片的に移り変わる場面に感慨深くなり、遂には感情の境界線が消え去っていく。
ーー諦めに不屈か……とことん矛盾してるなぁ
混ざりゆく感情に不意にこんな感想を抱くが、
ーーまぁ、しょうがねぇな。
ーーそれが『俺』なんだから……
真っ暗闇の景色に少しづつ光が差し込む。目覚めの時を暗示させるその光景はこの奇妙な体験の終わりを告げていた。
**************************************************
意識が浮かび、覚醒に連れて轟音のような雨音に耳を打たれ目がうっすらと開いていく。ゆっくりと穏やかに、しかし強かな感情を抱き覚醒していく。
その様を観察するジークは目ざとくピクリと眉を寄せる。
へぇ……
小声で呟くジークをよそにロドリゴとカイツは心底どうでも良さそうに眺めているが。
瞳に映るは灰色の雨空ではなく木造の天井、どうやら最初の尋問部屋のような倉庫にいるようだ。
意識が飛ぶ前の凄惨な状況からか身体の状態に目を向けるが、殆ど無傷に近くロドリゴの治療を受けたものだと思われる。
徐々に回り始める思考と、湧き上がるは圧倒的な熱を伴った感情。
回りを見渡すと3者3様で俺を見つめていて、
女の子に見られるんならまだしも野郎はなぁ。
急に場違いな感傷に浸る様は、学生の時の麻生と何ら変わらず……しかし、この状況である当たり前の感情に気付き思わず言葉になる。
「ロドリゴだろ、この傷治してくれたのは? ありがとな。」
助けて貰った人には礼を。これまで治療の度に沸くことすらなかったそんな当たり前な感傷。
場違いも極まれり。
まるで親しき者にでも礼を言う様は、3者をものの見事に絶句させた。
一人の人間により絶句し黙り込む3者。皮肉にも、意図せずに最初の邂逅時とは逆の状況を作り出し、誰もこの麻生を理解出来ずにいた。
あのジークでさえも……
「お前は何を言っている?」
お礼を言われたロドリゴは虚を突かれ、反射的な応答。
「なにっても、ケガ治してくれただろ? 礼くらい言わないと…」
まるで当然のように言い放つその姿は数時間前の麻生とは何一つ重なっておらず、頭のねじが数本どころか全部飛んで入れ替わったかのような得体の知れなさを抱かせる。
とうとう壊れたのか?
カイツとロドリゴはこう結論付けるが、ジークだけは違っていた。麻生から感じさせる膨大な熱を伴った感情を感じ、興奮を隠すのに苦心する。
こいつはぁ……
ジークにしては珍しく言葉を選び、口を開こうとするが、見計らったように麻生から言葉が飛ぶ。
「続きだ、ジーク」
常識で言えば予想外、ある意味で予想内。
短く告げる麻生の言葉を聞き、ジークには沸々とある煮えたぎった激情が湧く。
「おもしれぇ……」
込み上げる感情を抑えつけ、短く自分の感想を漏らし、目の前の人間を強く見据える。
ドアを開け無言で練兵場に向かうジークとその背を追うように麻生が続く。
他の2人はこの常識外の光景をただただ見ているだけであった。
門出には最悪な空模様だ……だが、今の俺にはむしろピッタリだ。
この現実に相応しい状況と、それに反比例していく場違いな感傷。このコントラストが癖になっていきそうで……
どこまでもゆったりと構えるそれは完全に熱量に侵され狂っていた者のそれだ。
大概、こんな時は痛い目に逢うのが通例だが、こんな感情になる前から痛い目に逢い続けている麻生には寝耳に水。
冬の悪天候に誰もいない練兵場、そこに対峙する2つの影。
容赦なく降りしきる雨にはこの二人の激情をかき消す事出来なかった。