顕在化する人格
……
壮絶な意識の喪失から、突如何もない真っ暗な空間に投げ出され意識が芽生える。
ーーここはどこだ?
寸前までの砂嵐のような感情が静まり返って辺りは静寂に包まれている。
音や光、熱すらなく自分の身体すらも認識出来ない、まるで意識だけ空間に浮かび上がっているかのようだ。
ーーこれが死後の世界ってやつなのか?
先程までの惨状ならば有り得なくもない、と結論付ける。実体の無い空間の中思考だけがそこには存在していた。
ーーっても死後の世界か……
どちらかと言えば否定的だったが、まさか本当にあるとはね。まぁ、異世界とか存在するくらいだからあっても別に今更だがと苦笑してしまう。
恐怖や痛みとは切り離された世界からか麻生の思考には幾分かの余裕と安堵感が生まれる。
ーーでも、意識はあるんだよな。てっきり死んだら何も無とか思っていたけど。
ーー何勝手に殺してんだ、まだ死んでねぇよ。
ーー?
突如、思考に割り込まれる意識。
真っ暗な空間、もとい死後の世界でまさか姿形も見えない自分以外の存在?に不意を突かれる。
ーー死後の世界に、自分以外の存在ねぇ……ここまで節穴だとなんと声を掛ければいいんだか……本当に何も見えてないんだな、お気の毒に……
まるで鼻で嗤われるような思念に何故か懐かしさを覚えてしまう。
人を食ったような物言いに、ふとここに来る前の平和な日常がダブってチラつく。
学校での一場面、プライベートな日常が走馬灯の様に次々と浮かび上がっては消えていく。
ーーまさか……?
ーー俺か? ってな
回答を割込まれ確信する。
ーー正解だ。ようやく自覚してくれたか。
そこには姿がこそ見えないがもう1人の俺がいた。
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解離性同一性障害。
一般的な言葉を使うなら多重人格者。
普通の環境に身をおいていれば馴染みは薄いが、俺の置かれていた状況を客観的に思い返して見るとなってもおかしくないと結論付ける。
確かこの症状は、
ーー自分にとって堪えられない状況を、それは自分のことではないと感じたり、あるいはその時期の感情を切り捨てて、無意識に心理的ダメージを軽減し、更にその時切り離した感情や記憶が独自に成長して、別の人格となり表に現れるものだったかな?
どこかで見た解説をなぞるように思い返す。
ーー丁寧な解説ありがとさん。とにかく自覚してくれて何よりってところだが、本題に入らせて貰おう。
もう1人の俺の言葉に僅かにない頬が強張る。
ーーそんなに構えるなよ、俺が望むのたった一つなんだからさ。
ーーまたも思考を読まれる、俺と同じ存在なのにこの思考の一方通行は……?なぜあちらの思考が読めない?
ーーお、良いところに気付くね、そこら辺は俺の望みと重なるが……
ーー俺を受け入れてくれ。
一拍間置いて軽い口調から一転、真面目でしかもどこか悲壮感を帯びながら告げる口調に俺は何も言えなくなっていた。
真っ暗な空間で突如として告げられるもう1人の人格からの願い……
ーー何故、俺の思考が読めないと思う?
先程の願いに面を食らっていたら、畳みかけるような問いに思考が混乱するが、
ーーなぜ読めない……か
ここまで考えて一つの仮説に行き当たるが、これは信じたくない仮説であり、
ーー正解だよ、その仮説通りだ。
嫌な仮説を読まれあっさり肯定される、と言う事は……
ーー俺はお前を否定しているのか?
ーーそこは疑問形ではなくきっぱり断言して欲しいところだがな。それにお前じゃなくて俺だそれにしても、否定の自覚さえないとはね……苦労するよ全く。
憤りに呆れと憐憫、それに僅かな同情を含ませたそんな言葉に思わず、
ーー俺は否定なんて……
ーーしてないとは言わないよな?お前はここ最近、いやあの最初の訓練時から一つの感情を切り離し始めた。その感情こそが俺という人格そのものなんだよ。
否定の否定を突如、強い口調で否定される。まるで禅問答だが、恐らくこの口調こそがこの人格の本質なのだろう。時折感じる、強く刺さるような情動。
ーー単一の感情に人格が宿るものなのか?
ーー目の前の現実さえ、否定すんのか? 俺はここにいる。そしてここで息づいている。なのにそれさえも受け入れられないのか?
ーー頼むから、俺という人格を切り捨てないでくれ……
必死に再び嘆願されるが、どう考えてもその感情を保ち続けるのは困難な状況に頭を悩ませる。
ーー諦めるな、いや絶望するなと言ってもいいのね?でもそれは……
ーーああ、分かってんだよ! 確かにどうしようもねぇよ。こんな状況で俺を切り捨てるのも理解は出来る。絶望して諦め、全てを投げ出したい気持ちもな!
俺の状況に一定の理解を示しながら、
ーーだからって…… 無理なんだよ。納得できねぇし、諦め切れない。
何かに突き動かされているようにまくし立てながら吠える。
ーー第一だ、あの獣人共に殺されるならまだしも自分に切り捨てられて殺されるんだぜ? 我慢出来るわけねぇだろ!
荒く、剥き身なその言葉は心のどこか見えない琴線に触れ土足で踏み入っていく。
刺さり続ける言葉の羅列に耳を塞ぎたくなるが、塞ぐ手もなく容赦のない感情に晒されていく。
ーー大体、下らない予防線なんか張りやがって、こんな状況だからいつ死んでもおかしくないってか? 諦めてもいいってか?ふざけんな!なんで足掻かねぇんだ?状況、本当に見えてんのか?
触れられたくない心の弱い部分を抉られ、反射的に頭に血が上ってしまう。
ーーさっきから聞いていれば、諦めなければ何が変わるんだ?なにか行動すれば報われるのか?元の世界に帰れるのか!?こんな糞みたいな現状が変わるってか!? お前の方こそ状況見えてないだろ!?
ーーああ、見たくねぇよこんなクソみたいな現実なんて!だがなんな事言ってる場合かよ。何もやってない癖に簡単に変わる状況か?甘えんな!くそったれが!!!
誰よりも現実の厳しさを理解していてなお、どうにもならない今に堰を切るよう愚痴を言い続ける様に、疑問が沸々と沸き上がっていき、
ーーんじゃ何で……
ーー諦めきった人生のどこに意味がある?死んだ目で泥のような朝を迎え、あのバケモノ共に玩具にされ息絶える。んな人生を受け入れ過ごすなんて真っ平ゴメンだ!
ーーそれに第一、お前は……俺は、まだ生きてるんだよ。死んじゃいねぇ。だから俺は、生きてる限り未来を諦めねぇ。絶望なんて死んでからでもいいだろ?生きてる内くらい足掻かないで何になる?
論理も理屈も何もかもを投げ捨て、一切飾らないあいつの言葉が胸染みていき、諦めに偏り切った天秤が少しずつ傾いていく。




