自覚のない感情
「もうじき壊れるな、あいつ」
ロドリゴは哨戒任務で森を散策中、部屋に置いてきたあの人間の顔を思い浮かべ呟く。特にここ最近の顔付きは特に酷く、限界限界ギリギリと言ったところな状態に、あの人間終わりを匂わせる。
「んなの見りゃ分かんじゃん。ロドリゴは後、どれくらいだと思うよ? 俺は1週間くらいだと見たね」
独り言のようなロドリゴの言葉にカイツは、容赦ない推測を重ねる。
「もう少し短いと思うが? あの人間の治療時にいつも思うが、あれはどう考えてもかなりギリギリの線を攻めて破壊している。2日前の奴なんかは特にな、あれじゃあまだ、死体の方がマシだと言えるかも知れん」
「死体ねぇ、あいつの近い未来だな、そりゃあ! その内俺にマジでお願いが来そうだな? 楽しみだ!」
朝焼け前の薄暗い森で明るく笑う、カイツのその顔は明らかに獲物を待つそれと酷く酷似しているようにも見え、まるで餌を欲しがる犬のようにその時が来るのを待ち切れない様子。
何がそんなに気になるのだろうか。放っておけば良いものを。
同じ肉食系の種族のロドリゴはカイツとは真逆で冷め切っていた。あの人間がどうなろうと知ったことではない、そんなスタンスを通すロドリゴ。
「気が早えぇよ、てめぇら」
麻生の死について物騒な会話する二人に水を差すジーク。
「どこが気が早えぇってよ? 限界なのは誰の目でもあきらかじゃん。と言うかジーク話が違うだろ? あの人間、このままいくと上が拷問かけたときと変わらない死に方じゃねーかよ。どうしたよ? 貴重な情報とやらは?」
相変わらずカイツは矢継ぎ早にジークに突っかかっていく。
普段からジークの常人には理解し難い行動の意義を問うカイツは質問役としては有能であった。
ジークが話たい事について、若しくは話したくない事について両方に於いて核心を突いてくる。
今回の問いは後者であるため、ジークは言葉に窮しているようだが。
……
落ち葉を規則的に踏みしめる音以外の音が抜け落ち歯切れの悪い沈黙に覆われる。
「何だよだんまりか? 珍しいじゃねーか班長」
いつもは自分の考えや、仮説を確信して話すジークをまるで珍しい物を見るような目でカイツは目の前の上司を見ていた。
「1つの器に2つの人格ってあると思うか?」
これまた珍しくポツリと話すジークにカイツは首を傾げざるを得なかった。
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「最初におかしいと感じたのが、あの初訓練の時だがな……」
ジークにしては珍しく断定めいた口調ではなく、何かを迷っているようであり、意図が読みにくい。
「これを矛盾と言えばいいのかは知らんが、あいつはこの現状に諦めの感情と不屈の心を一定量保ち続けてんだよ。しかも諦めの方に関しちゃ日に日に増大しているが、不屈の方は多くも少なくもない量が全くブレちゃいねぇ。普通はな、相反する感情は総量からの割合で相対的な量が決まんだよ」
言葉を探りながら話すジークは、またしても増えていく疑問に面倒臭さと、嬉しさを混ぜ合わせており何というか曖昧で非常にらしくない。
「つまり、何がおかしいんだ? 分かり易く説明してくれ」
そんならしくないジークにロドリゴは難解な顔付きで苦言を呈する。
流石に今の説明では分かりずら過ぎるかとジークは反省、頭の中で、考えをまとめ噛み砕きながら話す。
「簡単に言えばだな……例えば最初は諦めと不屈この系統の感情が5ずつ総量が10あったとすんだろ? これがあいつの初訓練前の状態だとする。そしてこれが今の状況に近づいていくと諦め系統の感情が増えていき、今は9だとする。んじゃあ不屈や諦めないとかそういった系統の量は何だと思うよ?」
「1だろ? だって総量が10なんだからよ。って事はジークが言いたい事って?」
カイツが即答し、そのまま核心をつく。
「そう言う事だ。あいつの諦めやそういった感情が急速に増大してんのに無視出来ねぇ量の不屈を一定量保ってんだよ。しかもこんな状況で全くぶれずにだ。おまけに最近はそれが一切表に出ねぇし」
「不屈って、あれをどこをどう見たらそうなるんだよ……特性の精度落ちてんじゃね?」
肩を竦めて、呆れるカイツにどこか微妙な表情のロドリゴ。両者共とジークに何とも言えない生温い空気が漂う。
「まぁ、そう思うよなぁ普通、だが多分正常なんだろうな、特性自体は……現状を諦め切っているのに、ある一定の部分で全く諦めてねぇ。こんなふざけた感情図だってのに……」
ジークはポツリポツリと愚痴の様に呟くが。
「言ってて頭おかしくならない? それ」
人間の世話しすぎで疲れてんじゃないのか? いつもらしからぬジークの態度に当人の気疲れを感じるカイツ。
己のあるがままを地でいくジークにも多少はまともが感覚があるだなと失礼極まりない考えに至るが。
「今更だが、本当俺に対して失礼な奴だな、お前は」
さらりと感情を読まれ、歯に衣着せぬ部下の物言いに苦笑するジーク。どうやら特性が鈍っているのは杞憂だと思い知らされる。
「最初の方のあいつはまだ分かりやすかったんだけどなぁ……ここ最近はどうにも読み切れねぇ。最初にあいつをボコボコにしたのもやり過ぎたってのもあるが……」
さらりと拷問じみた訓練の理由を話し始めるジークにすかさずロドリゴが突っ込む。
「あれがやり過ぎか、どう考えても下手な拷問より拷問らしかったぞ」
尤もな意見であるが、そんなロドリゴを意に介す。そんな奴ではないジークは悪びれもせず。
「ま、しゃあねぇだろ? 今まで殺して来た人間達とは示す感情図があいつは全く違うんだからな。信じられっか?あいつ、さっきの件に加えて、あれだけボコボコにしてやったのに俺や、お前等に全くと言っていいほど憎しみや殺意がねぇんだからよ!その癖、あいつは何かをしきり恨んでいやがる。何で俺じゃねぇんだよ? 気になんだよ! どこまでやればあいつがそんな感情を俺らに抱くのか、そして今まで向けてたその恨みの矛先をな!」
徐々にヒートアップしていくジークの口調と、滲み出る狂気。
その姿は目の前の難題に心を震わせる、マッドサイエンティストそのものであった。




