理不尽
班長であり直属の上司であるジークに練兵場まで連れられていた。
練兵場と言えば物騒なイメージがつくかも知れないが、なんて事ないただの学校の運動場の様な物だ。
運動場には他の獣人達が鍛錬に勤しんでおり、走る、筋トレ、方術の訓練等その様子は十人十色で、見てる分には新鮮で新しい刺激を感じる。
皆、カーキ色のカーゴパンツにキャラメル色の作業ジャケットを着用していて、この格好がこの基地でのスタンダードな隊装となっている。
人間である麻生にもこの隊装は支給されていたが、これがまた、生地が固い、重い、そして大きい。
人間サイズがないとはいえ、かなりギリギリなサイズ設定に既に辟易している。
麻生とジークと人目に付き辛い隊舎の裏側の少ないスペースに着き互いに向き合う。どうやらここで訓練が始まるようだがーー
「最初は、てめぇの実力から見るつもりだ。方術は素人ってのは知ってっから、体術を見せてもらおう。当然、それなりなんだよなぁ?」
その言いながらジークは軽く首を回す。何か含むような言い方に言い知れぬ不安が込み上げるが。
「申し訳ないですが、体術も素人なーー」
「何だぁ、やる前から言い訳か?」
被せるように言い放つジークの言葉は鋭く、明らかにこちらを挑発している。
「あと、その喋り方は何だ? 鬱陶しいにも程がある。尋問の時と同じ口調で話せ」
「分かったが、体術に関しては本当に素人だ。それをいきなりか?」
「ごちゃごちゃうるせぇぞ。んなの見りゃ分んだよ」
見りゃ分かるって……だったらどうしてーー
「俺がお前に手取り足取り何もかも教えると思ってんのか?」
そう言った瞬間、空気が一変。目の前のジークが消えて……
人を打つには余りに鈍く、大きな音とともに身体くの字に折れ曲がり、後ろに吹き飛ばされる。どうやら胸に蹴りを貰ったようだ。
余りに瞬間的過ぎて、足の残像を少し目で捉えるのみで終わる。
頭が真っ白になり、何が起きたのか理解が出来ずに意識が瞬間的に蒸発。
「甘過ぎんだよ、人間。ここを何処だと思ってんだ? 世間知らずも大概にしとけ」
金色の瞳を細めながら、獰猛な笑みを浮かべるジークはさながら肉食獣のような迫力を全面に剥き出しにしていた。
刹那の出来事に肺の空気がなくなったのと、突然の衝撃での胃の痙攣と二つの苦しみに脳内の危険信号が一斉に鳴り出す。
「何、敵の前で寝てんだ? 死ぬぜ、そのままだと」
うつ伏せに寝ている身体を、まるでボールを蹴る気軽さでわき腹を蹴っ飛ばす。
ぐぇっとカエルが潰れた様な呻き声と共に、仰向けに裏返る。
たかが、数秒の出来事で既に虫の息寸前まで追い詰められ、現状の認識すら滞っていく。更に息が上手く吸えずに、恐怖による震えと痛みによる痙攣で身体の自由までも全く効かずに身体と精神がバラバラになっているかのような状態。
「おいおい、死にそうだな人間? まだ、始まったばっかだろ?」
襟を掴み上げられ、ジークの顔と目が合う。端から見るとまるで大人と子供ような構図に見えなくもない。
ぜぇ、はぁ……息が荒く、絶え絶えになりながらジークに片手で掴み上げられ目をのぞき込まれ、金色で苛烈なその瞳に飲み込まれそうになるがーー
くそったれが!!
心の中で悪態を吐き捨て不意に湧き上がる反発する感情。
幾ばくかの間が空いたおかげで、突然行われる余りにも理不尽な暴力から多少立ち直り、消えかけていた感情が鮮明に蘇っていく。
「何とか言えよ。つまんねぇだろ?」
「何とか……」
絞り出すように、だが、僅かに力が籠もった皮肉と共に唾をジークの顔に吐き捨てる。途端に襟の手が離れそこにはジークの拳がーー
凄まじい衝撃を顔面に貰いそのまま目の前が真っ暗になった。




