エメラルドグリーンの泉(仮題)
これは神子付きである僕がまだ十歳の頃の話だ。
漁村で特に娯楽もなく、常に刺激を欲していた僕は、かなりきわどい遊びをしょっちゅう行っていた。
8月もなかば、そんな僕は友人の義人を肝試しに強引に誘った。
行く場所はもう決めているので、潮が引く時間を待ち合わせにし、彼を連れて海岸線を歩く。
やがて、しめ縄によって行く手を阻まれたところに出た。
しめ縄をくぐろうとする僕に、彼もさすがにたしなめてきたが、
「神様に会えるかもな、楽しみだな」
なんて平然と言い放った。
結局、僕を説得できないと悟ったのか、同伴を断ることもせずに、しめ縄をくぐって後をついてくる。
海岸沿いを歩くと、切り立った崖をえぐり抜いたような横穴にたどり着き、足場もやがて岩礁に変わっていった。
でこぼこし、所々に潮だまりができており、非常に歩きにくい。
そこをひょいひょいと軽快に進んでいく僕に、彼はヒィヒィ言いながらなんとかついて来てくれた。
「おい、なんだかすげえぞ」
やっとのことで追いついた義人に、僕は感嘆の声を上げて目の前を指さす。
「すごい」
岩礁の奥、ある程度平らな岩盤のその奥に、ぽっかりと開く泉。大きさは2m位だろうか。
キラキラとエメラルドグリーンの輝きが幻想的な雰囲気を醸している。
ああ、神域とはこの幻想的な場所なのだな。と僕は勝手に納得していた。
友人はその水面をのぞき込むようにじっと見ている。よほど気に入ったのだろう。
「何もなかったし、帰ろう」
僕が踵を返して、帰ろうとする、そのとき──
「ねぇ、女の人がこっち見てる」
背中越しにそう言う彼の声にゾッとした僕は、少し振り向くのをためらった
「そうやって脅かそうとするなんて……意外と、義人も意地が悪いな」
しかし、その声に反応する声はない。
恐る恐る後ろを振り向くと、義人の姿はなかった。
水に落ちたのなら、水の音がするはずだ。それに水に落ちても浮かぶはずだし、彼は泳ぎが得意なのだから問題はない。
不安になりながら、水面をのぞき込むが、エメラルドグリーンの水面以外は何も見えない
大急ぎで村に帰る。
僕は真っ青になりながら、義人の家に行き、義人の両親に声をかける。
「おじさん、おばさん、ごめん。目を離した隙に義人がいなくなった! 早く探さないと」
二人は考え込むように、首をかしげながら、やがてこう言った。
「良ちゃん、義人って新しいお友達? どこでいなくなったの?」
──何を言ってるんだ二人は?
泣きそうになりながら、義人の家を飛び出ると、僕は社に向かった。
「神子様、神子様助けて!!」
ドンドンと扉をたたくと、やがて青白い顔の男──この社の神子──が出てきた。
「神子様! 海岸の奥で……義人が!」
絞り出すように言う僕の言葉に、神子様はなぜかニヤリと笑う。
「解っておる。解っておるぞ。こちらでなんとかしよう。明日の夕方、またここに来なさい」
目を見開き、笑みをかみ殺すような顔をした神子を見て、不安感はあったが、現状すがれるのは神子様だけだ。
社を出てとぼとぼ歩くと、社から妙な甲高い笑い声が聞こえた。
翌日の夕暮れ。社の扉をたたく。
ゆっくりと扉を開けて出てきたのは、義人だった。
「ああ、義人無事だったのか! 良かった。神子様が助けてくれたのか」
安堵してそう言うと、義人がこう告げた。
「義人?義人とは誰ぞ?我はこの社の神子である!」
その言葉に絶望した僕は社を飛び出した。
村の人に話してもやはり、義人などという人間はいないことになっていた。
それどころか、神子様が変わったということに気づいておらず、元々10歳ぐらいのかわいらしい神子様だったと言う始末だ。
ならばやはりあの湖のような神域に何かあるのだろう。
僕は再びしめ縄をくぐり、その先を目指した。
──そこには、ただ、切り立った崖が存在しており、岩礁も、エメラルドグリーンの泉も存在しなかった。
ただ、どこからともなく、女のような笑い声だけが僕の耳に届くのだった。
義人君に起きた出来事はR18な内容なのでカットしました。
気が向いたらノクターンでかくかもしれません。