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9話 潜入と死体


 どうやら目的地に近いところで足跡を見つけたらしい。

 目的の場所にはあれからそんなに時間がかかることなく見つけることができた。


「ここね」


 足跡は洞窟の中に向かっているようだった。もう地面は岩になっていて、足跡はできようもない。つまりここが目的地だ。

 洞窟と言われて想像できるままの洞窟だ。切り立った岩肌にポッカリと空いた横向きの穴。それはかなり大きく、縦には人が三、四人入りそうだし、横向きにも五、六メートルはありそうだ。光を飲み込むような暗闇に覆われて覗き込もうとも、奥まで見ることはできない。


「なんか……明らかにそれっぽいな」

「洞窟は出入り口が一つだからね。防衛もしやすいし、迎え撃ちやすいのよ」


 洞窟の中から流れ出てきた冷たく湿った空気が頬を撫でる。

 入り口をじっと見ていると吸い込まれそうな感じがして、視線をリリアの方に移した。


 ――ん?


 そこでリリアの横顔に違和感を感じた。なんとなく、強張っているような気がしたのだ。洞窟を睨みつける赤い瞳は、いつもより鋭いが、力強いかと聞かれたら首を傾げてしまう。


「リリア?」

「……な、なに?」

「いや、大丈夫か?」

「……大丈夫よ」


 呼びかければ彼女は大きく肩を震わせた。明らかに大丈夫じゃない。でも踏み込んでは欲しくないらしい。彼女はなにも言わずスタスタと洞窟に向かって歩きした。

 その足並みの堂々たるや、先ほどの彼女の表情も夢のようだった。

 敵の根城かもしれない場所に入って行くのに、なんの躊躇いも見られない。


「ちょ……」


 マイペースと言えばいいのか、恐れ知らずと呼べばいいのか。小さくも頼もしい彼女の背中を、尊敬と呆れの混ざり合った感情を抱きながら小走りで追いかけた。



 一方洞窟に入れば、グニャグニャとした土の感触がなくなり、硬い無機質な岩のものに変わる。湿度も高くジメジメした空気から一転。震えすら起こりそうなほどに冷えた空気が俺とリリアを襲った。

 まさに一寸先は闇。光がないというだけで、言葉にできない不安が湧いてくる。俺はもうすでに背後の太陽の元へ帰りたくなっていた。


「なあ、なんかないのか? 明かりとか」

「心配しなくてもあるわよ。ちょっと待っててね」


 そう言ってリリアはマントの中から小さな小瓶を取り出した。暗くてよく見えないが、何か粉が入っているようだ。

 リリアは慣れた手つきでそれを開けると、彼女の右の人差し指に数回ふりかける。

 そして左手を俺の顔に添え、右の人差し指を目に近づけた。

 俺は思わず、反射でその手を振り払い、彼女と距離をとった。


「ちょっと! じっとしてて」


 リリアの叱責が飛び、彼女また俺の顔を支えた。何かをするつもりなんだろう。

 また怒られてはたまらない。じっとしていたが、やはり目に迫ってくる指に恐怖を禁じ得ず、思わず目をギュッとつぶった。

 そこまで時間が経つことなく、左目のすぐ下に、ザラザラしたものでなぞるような感触がした。

 なにをやったのか。目を開ければ、呆れた表情をしたリリアがいた。


「まったく。なにすると思ったの? 右目はどうせ眼帯してるし別にいいわね」


 リリアはそういいながら、自分の目の下も同じようになぞっていた。

 どうやら変な勘違いをしていたようだ。「……ごめん」と、母親に怒られた子供のようにシュンとしながら謝った。


「で、なにしたんだ?」

「光虫の粉を目の下に塗ったのよ」

「光虫って……虫か?」

「ええ、そうよ。魔力によって光を発する虫。立派な魔物の一種よ」

「うえぇ」


 虫の粉ということは潰したりしたものなのだろう。

 虫の、しかも魔物の死骸を塗ったとわかると急に気持ち悪く感じる。思わずこすって拭おうとしたが、リリアに「必要だからダメ」と一蹴された。


「今は我慢して。すぐ消えるから」

「消える?」

「ええ。じゃあ、いくわよーー《ガ・フォーサ》」


 リリアは呪文を唱え、パチンと指を鳴らした。

 その瞬間、リリアになぞられた部分がほんのりと熱を持った。その熱は体を登り、左目に達する。

 するとどうだろう。塗りつぶしたような暗闇で覆われていた視界は、どんどんと明るさを得ていく。少し緑がかっていてまだ薄暗いが、さっきよりは全然マシだ。なにがあるのかわかるだけありがたい。


「おお! すごいな! これも魔術か?」

「そ。《ガ・フォーサ》。目への付加魔術(エンチャント)よ。それと注意しないとダメだけど、絶対に後ろを見ちゃダメよ」

「なんでだ?」

「あのねぇ、この魔術は目の光に対する感度を何百倍にもするものなのよ? そんな目で普通の日の光なんて見たら目が潰れるわ」


 確かにそうだ。

 普段でも時には眩しいと思う光だ。光なんて一切ないと思うくらいのここでも感知するのに、外に出たらどうなるか。考えただけで寒気がした。

 だけど今からは前ーー洞窟の中にしか進まないのだ。だからそこまで弊害になることもないだろう。


「じゃあ準備もできたことだし……行きましょうか」


 そう言ってリリアは洞窟の中へ中へと入っていく。

 リリアも完全に慣れたわけじゃないようだ。その言葉にも表情にも、僅かだが緊張の色が見える。


 ――俺もしっかりしないと。


 自分の頬を叩き気合いを入れ、彼女の後ろをついていった。


 ここからが本番だ。いつなにが来てもおかしくない。ここに村の男を大量に殺した奴がいるのは確かなのだ。俺もリリアも集中していて、お互いに一言も発さない。ただあたりの気配に気を配りながら奥へ奥へと進んでいく。


 洞窟の中は入り口と同じくなかなか広いみたいだった。高さこそ入り口と変わらないが、横幅は二倍近くになっている。それに加えて、所々に大きな穴ができていた。どれも手の届かないところにあるから、行く必要もなさそうだ。

 今のところは一本道だが、二手に別れたりしたら迷ってしまいそうだ。目印もなく、ひたすら凸凹とした岩肌が続く。


 洞窟に入ってから一時間くらい経っただろうか。といっても俺もリリアもゆっくり進んでいるから、移動距離はそこまで長いものではない。


「はぁ……はぁ……」


 俺は口からは絶え間なく息を弾ませていた。常に意識を切らすことなく集中させていたせいで、体力が無駄に消耗しているのだ。リリアは平然としているのになんと情けないことか。アレンは情けなくなった。

 リリアも俺ほど無駄にとは言わずとも、集中しているのだろう。俺に気づくことなく歩き続ける。


「あ」


 突然リリアが短く声を漏らした。

 何かを見つけたのだろうか。小走りである壁に近づいていく。俺もその後を追った。


「あった」

「……これは」


 そこにあったのは白骨死体だった。一人の人間が丸々白骨化している。砕かれたりすることなく、骨の並びも死んだときの体勢が分かるくらいにキチンとしている。相当苦しんだのだろう。うつ伏せで倒れ、前に必死で手を伸ばすような体勢だった。

 ぱっと見たところ、衣服の類は纏っていない。そのかわりボロボロになったウールの布切れが辺りに散らばっていた。おそらくこの死体の持ち物だろう。


「多分これ、殺されたっていう村の男ね」


 骨の傍にしゃがみこんでいたリリアがそう言った。


「なんでそう思うんだ?」

「まず大きさからしてこれは男ね。あと死んでから、たぶん一週間経ってない」


 「ほら、これ見て」と、リリアは多くの骨の中から一つを取り出し、俺に見せた。

 一見、他のものと同じただの骨に見える。でもリリアが特別見せたのだから何かあるのだろう。俺はジッとこの骨を注視した。


「……なんだ? これ」


 骨に赤く小さい何かがくっついていた。触ってみればグニグニと柔らかく、ゴムみたいな感触だ。それに少し湿っている。


「たぶん、肉ね」

「に、肉……」


 気持ち悪くなって、顔を引きつらせながら指を離し、リリアに骨を返した。

 彼女は受け取ると、元あった場所に戻す。


「腐ってないのよ。ここは冷えているのもあるけど、死んでから何年も経ってるわけじゃないと思うわ」


 確かにそうだった。腐っていたのなら、ゴムみたいな感触はしないはずだ。もっとドロドロとして、たぶん触ろうとも思わなかっただろう。


「それに、ほら。あれ」


 リリアは洞窟の少し奥を指差した。そちらを向くと、三メートルくらい離れたところに剣があるのが見えた。

 取って来てということだろう。リリアはその剣に向かって顎をクイっと動かした。

 どちらにしろリリアは死体を調べるのに忙しそうだ。俺は文句も言わず、それを持って来た。


「うわ、なんだこれ」


 その剣は刃渡り一メートルほどのロングソードで、一番一般的なものだった。

 ただ驚くことに、それは思いっきり錆びていて、刀身は赤茶けた色をしている。こすればザラザラとしたサビが手についた。


「錆びてるでしょ? たぶん、たぶんなんだけど、この状況からしてこの男はーー」

「ーー溶かされた」


 リリアに被せるように俺はそう言った。

 純粋にそう思ったのだ。

 錆びた剣、ボロボロの衣服、死亡してから時間がそう経っていないのに白骨化した死体。

 それらから『溶かされた』という考えが浮かんだ。

 リリアは驚いたように目を少し目を見開いた。だがそれもすぐおさまり、死体に視線を戻す。


「とりあえず、ここはこれくらいね。次行きましょ」


 リリアは立ち上がり振り返ってまた歩き出した。俺の隣を通り過ぎ、奥へと歩いていく。

 俺も「ああ」と答え、立ち上がった時だった。


「……ん?」


 不意に地面が光った気がした。強烈な光を発したわけじゃない。星空よりも小さな光で、キラキラとしたような気がした。


「なんだ?」


 気のせいじゃない。確かにキラキラしている。死体付近全体じゃない。死体のすぐ横にキラキラした道ができていた。横幅は一メートルくらいありそうだ。


 それに恐る恐る触れてみる。ヌルヌルとした、気色の悪い感触だった。


「これって……」


 これが何か思い当たることがあって、俺はそう呟いた。

 実際に見たこともある。それも何度も。それでも確信が持てないは、これほどの大きさのものは見たことがないからだ。

 今まで見た中でも大きくて横幅一センチないくらい。目の前のこれは、それが集まってできたというわけでもなさそうだ。


 ――これはリリアに報告したほうがいいな。


 そう考えたところで、リリアが歩き始めてから少し時間が経ったことを思い出した。距離も少しあるはずだ。


 そう思い立ち上がりざまに振り返ったところで


「わっ」


 柔らかい何かに顔からぶつかった。

 ぶつけた鼻をさすりながら何にぶつかったのか前を見ると、あったのは朝から見慣れた白いマント。リリアだ。彼女にぶつかったのだろう。

 自分のすぐ後ろにいたようだ。待ってくれていたのだろうか。


「おいリリア。どうしーーっ!」


 そう言いながら彼女の肩に手を乗せたところで、カタカタと細かく震えていることに気がついた。後ろからなので表情まではわからない。

 あの魔女が震えている。なぜか。寒さからとは考えにくい。


 ――もしかして……恐怖?


 そう考えたところで、リリアが少し上を見上げていることに気がついた。

 もしかしたらそこに魔女が恐れる何かがいるかもしれない。


 恐る恐るリリアと同じ方向を向いた。


「おいおい……嘘だろ?」


 そこにいたのは、山みたいに大きなナメクジだった。


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