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8話 理由と信頼


 俺とリリアは特に言葉を交わすことなく、黙々と森を歩き続けた。転移した森と同じ森で、引き返すような形になる。

 一度は行ったことある森なのに、そこで人が大量に死んでいると知っただけで、より不気味に見えた。ただ薄暗いなと思っていたものも、何かの瘴気があるように思えてしまう。それに極度に緊張しているのか、木の葉が揺れる音やヒンヤリとした風が頬を撫でるたび、ビクンと体を震わせた。


 変にオドオドしている俺とは違い、慣れも度胸も俺よりあるリリアは、ひたすらに足を動かしていた。その目線は前ではなく、何かを探しているのか下に向いている。

 同じように下を向いても、湿って濃い茶色に変色した土や、手入れなんてされるはずもなく生え散らかされた草くらいしか目に入らない。

 はじめのうちは諦めずにリリアに習っていたが、進めるにつれ無駄な気がして普通にリリアの背中を追いかけるだけになった。


「……なあ」

「……なに?」

「なんで俺をつれてきたんだ?」


 正直、場違いな気がしていた。

 要するに今回の依頼は、大量に人を殺した何かを退治してくれというのもだ。

 所詮戦う術を持たない自分が来るような場所じゃない。

 声をかけられてもリリアはこちらを向くことはなかった。


「色々手伝ってくれるんじゃなかったの?」

「もちろんそのつもりだ。でも今回は……役に立てるとは思えない」

「それはなぜ?」

「なぜって……」

「『自分は人間』……だから?」


 あまりにも図星すぎて、思わず足を止めた。心がさらに荒ぶった。リリアはそれに気がついたはずなのに、構うことなくどんどんと進み距離が広がる。

 落ち着かせるために、フゥと小さく息を吐き、少し走って彼女に追いついた。


「まあ……そういうことだ」

「はあ……何も変わらないのね、アレンは。いえ、もちろんこんな短時間で変わるなんて、そんな期待はしていなかったけど」

「…………」


 「失望した」と言われているようで、言葉が口から出なかった。本当にそう思っているかはリリアのみぞ知るところだが、ネガティヴな思考だとどんどんネガティヴに考えてしまうもので。俺に視線を一切向けないことも、実際はただ集中しているだけなのかもしれないが、俺にはどうしても俺にそんな価値もないと言われているように感じてしまう。

 まるで底のない沼のように、ズブズブと沈み込んでいった。


 それを雰囲気で感じ取ったのか、リリアはめんどくさそうに息を吐いた。


「あのね、別に責めてるわけじゃないの。自分が何者なのか受け入れることができるかどうかは、アレン次第。あなたのペースでやればいいと思うわ。……でもね」


 リリアはそこで一度区切った。

 表情がフードで隠れたリリアの横顔を見つめる。

 地面に飛び出た木の根や、それに絡まるツルを大きく乗り越えた。


「あなたは追われる身。身を守る方法を見つけた方がいいってこと。それだけよ」

「それが、悪魔の力ってことか?」

「絶対とは言わないけど、一番手っ取り早いのは確かでしょ? 現に、一応もう使えるわけだし」


 ――そんな簡単にいくんだったら、リリアに助けを求めていない。


 思わず口から出そうになった言葉を、なんとか寸前で飲み込んだ。

 確かに本当にピンチになったら使うしかないが、それでも使った後は大抵制御できずに大変な目にあうのだ。身体的にも、精神的にも。

 だから俺にとって変異というのは、本当の本当に、最終手段なのだ。それ以外に手段と呼べるようなものが、ほとんどないのも事実だが。


 ひたすら少し下を向いて歩き続けるリリアの横顔を見た。相変わらずフードで隠れていて感情は読み取らない。

 少しだけではあるが、リリアに対して不満を持っていた。

 自分に対して厳しすぎではないかと感じているのだ。

 事あるごとに悪魔に触れるのが、魔女と考えればしょうがないことではあるが、自分のことなど眼中にないと言われているようだった。

 人間のあなたには興味はない。欲しいのは悪魔のあなただけ。

 そう言われているようだった。


「勘違いしないで欲しいけど、悪魔になって欲しくて言ってるわけじゃないのよ?」

「っ! ……じゃあ、なんでだよ」


 心を読まれているのか。そう感じるほど的確なタイミングでの的確なセリフ。

 口にしてから、思わず口調がきつくなったことに気づき、少し後悔した。

 幸いにも、リリアは気にした風ではない。


「あなたには……そうね、できるだけ普通に生活して欲しいのよ。幸せなんて贅沢は言わない。迫害を気にせずに、普通にね」

「……申し訳ないけどーー」

「信じられない?」


 その時森に入ってから初めて、彼女は足を止めこちらに顔を向けた。フードのせいでよく見えないが、その赤い双眸は自分にまっすぐ向かっているのだろう。

 俺は何も言わず、その視線から逃げるように顔を前に向けた。

 沈黙は肯定だ。リリアは「そう……」と呟き、再び歩き始めた。


「それもしょうがないでしょうね。まだあって数週間。あなた自身、何度も裏切られてきたんでしょ?」


 これにも何も答えなかった。

 それも事実だったから。匿ってあげると言われたのに、夜になればその町の男たちがたくさん押しかけてきたこともある。

 彼女は比較的信用できる。でも、俺にとってリリアは所詮『比較的』な存在だった。


「難しいわね、感情というものは。信じろだなんて言っても、本心ではどう思ってるのかなんてわかりはしない」


 リリアはなんの障害もないとばかりに、スルスル進んでいく。

 俺はツタや草木、木の根や足場の悪い地面に四苦八苦しながら、なんとかそれについていった。


「なら、私があなたを信じる『理由』があれば信じてくれる?」


 彼女はそこで顔だけこちらに向けた。表情は見えず、俺が見ることができるのは口周りだけだが、少しだけ口角がつりあがったかのじょからは、なんとなく自信を感じられた。

 確かに、理由があれば感情的に信じるかはともかく、合理的には信用できる。

 でもその理由というのが俺には心当たりがなかった。

 彼女が自分を信じる、また助けてくれる理由。

 頭を巡らせるが、思いつかない。

 目の前に現れたツタや草木を、持ってきたナイフで切り落とした。


「……その理由って?」

「いくつかある……わね。例えば、私とあなたが悪魔繋がりの何かであることの仲間意識。自覚してるわ。私は他の魔女より悪魔への執着がすごいって。他の魔女にあったことないけど」


 それが本当か嘘か分からず、俺はまっすぐリリアを見た。


「あとは?」

「罪悪感とか……さっきとは違う意味の仲間意識とか……もうこれくらいにしてくれない? 自分があなたを助ける、信じる理由を自分で説明するのって、こう……恥ずかしいのよ」


 彼女はそういって、はにかんだ。

 顔こそよく見えないが、今の彼女は年相応な雰囲気で、嘘をついているようにも思えなかった。


「それで……信じて、くれる?」


 首だけじゃない、体全体をこちらに向け、彼女はそういった。しかもフードを取って。

 隠されていた彼女の顔があらわになる。長い赤髪は後頭部で結ばれ、ポニーテールになっていた。たかが朝ぶりだというのに、ひどく懐かしく感じる。

 彼女はまっすぐ、でもどこか不安げにこちらを見ていた。

 その理由に明確な根拠がないと、彼女もわかっているのだろう。説得力が足りないかもしれないと、思っているのだろう。


 でも彼女の表情に黒い感情は、カケラも感じなかった。


 ――こんなの、信じるしかないじゃないか。


 ゆっくりと、しかし確実に頷いた。


「……! そう。ありがとう。嬉しいわ」


 彼女は嬉しそうに頬を赤らめ、微笑んだ。魔女なんて言葉が似合わない、明るくて綺麗なものだった。


 ーーああ、信じるさ。理由もあるし、一応。とりあえず、今だけは信じてみよう。


 俺はこっぱずかしくて、心の中でそう付け加えた。わざわざ口に出すような無粋な真似はしない。

 口には出さないが、恥ずかしくて顔はそらした。

 おそらく自分は顔が赤くなっているのだろう。顔全体が熱を持っている。

 それが見られたくなくて、フードを深くかぶり直した。


 横目で彼女を見ると、もう何事もなかったかのようにフードをかぶり、少し下を向いて歩き出していた。




「あ、あったあった」


 恥ずかしい思いをしてから少し歩いたところで、彼女は突然そう言ってしゃがみこんだ。

 そして白く細い指で地面をツツツと撫でる。


「それは……足跡? 今までそれを探してたのか?」


 そこにあったのはいくつもの足跡。大きさから多分大人の男のものだろう。少なくとも五人分。潰れているのもあるからもっとだろう。それほどの数の足跡が、全て同じ方向に向かっていた。


「そ。結構なペースで村の男たちは森に入っていったらしいからね。みんながみんな、自分より前に入っていった人の足跡を追っていった。つまりーー」

「この先にみんなを殺した奴がいる……ってことか」

「そういうこと」


 俺は足跡の続く先をみた。

 この先に大量殺人鬼がいる。それが人なのか、獣なのか、魔物なのかは分からない。でもそれだけは確実だ。


「アレン、大丈夫?」

「え?」

「震えてるわよ。あと顔が怖い」


 リリアは俺に近づき、彼の手に自分の手を添えた。

 言われて初めて膝が生まれたての子鹿みたいに震えていることに気がついた。固く握られたコブシも細かく震え、手汗が滲んでいる。


「ごめんなさい。でも慣れてもらわないと困るのよ。教会に来る依頼なんて危険なものばかりだし。なら私たちもそれしかできない……他にいい方法があればいいんだけどね」

「いや……大丈夫。いけるさ」


 それだけ言って、自分から足跡をたどって歩き出した。リリアは心配そうにそれを見つめながら、その後を追う。


 大丈夫なわけがない。

 今まで逃げてばかりだった。危険な獣から。魔物から。そして、人間から。


 初めてなのだ。自分から行くなんて。

 怖くないなんて言ったら大嘘になる。ただ震えてうずくまっていたい。

 でもそれじゃあダメなんだ。なぜ自分はここにきたのか。なぜリリアは危険とわかっていながら連れてきたのか。


 自分のことを信じているからだ。


 ――ならそれに応えるためにも、逃げ出すなんてことはできない。


 俺はそう考えていた。

 それでも恐怖は容赦なく襲いかかる。


 それを振り切るように、行く手を塞ぐ草木を思い切り切り落とした。


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