6話 開門と転移
「んーと。さて、どこにあるかな……」
そんなことを呟きながら、リリアは足を動かす。俺はその後ろを、何も言わずに着いていっていた。森の木々や葉を避け、地面に出てきた木の根を跨ぐ。木の葉に日光が遮られ直射日光こそないが、結構な距離を歩いたから額に汗がにじむ。
どこかに向かっているというわけでもなさそうだ。目的地にまっすぐというよりは、何かを探すようにグニャグニャと歩き回っている。
家を出て少しだったが、未だに俺達は森から出てはいなかった。もともと魔物が多く、簡単には出れない森だ。何か出るのに方法があるのだろうが、こうも歩き方が不規則だと不安になってくる。
「なあ、どこに向かってるんだ?」
胸の奥でだんだんと量を増す不安感に耐えかねて、リリアにそう尋ねた。
「向かうっていうか、探してるのよ。『門』を」
「門?」
「そ。この森から出るのには転移を使うって前話したでしょ? その入り口みたいなものよ。さっきからいくつかはあるんだけど、目的の場所につながるものがないのよ」
リリアは一切俺の方を向かない。難しい顔をして、キョロキョロと辺りをせわしなく見渡している。
「自分で開けないのか?」
「言ったでしょ。魔術はゼロを一にはできないって。過去に悪魔が開いた門を改めて開くくらいしかできないのよ。ここはそういうのが多いし」
「はぁ」と、期待はずれというかのように、言葉を漏らす。
思っていたより、魔術というのは万能ではないらしい。むしろ、色々と制限がついて不便そうだ。
一見バカにしたような様子だが、探すのに忙しいのかリリアに気づかれることはなかった。
「あなたが魔法を使えればよかったんだけどね」
「……その話はもう決着が着いたはずだけど。それに、男が魔術を使えるわけないだろ?」
「そうだけど、あなたならもしかして……って思ったのよ」
前に一度、そういう話になったのだ。俺が魔法、もしくは魔術を覚えるか否かという話に。
俺自身は悪魔に近くなるような感じがして乗り気ではなかった。逆にリリアは同士が増えると思ったのか、やけに乗り気だったのだ。
結局あの時は、押し切られるような形で魔術を覚えることになって。でもいざやってみると、リリアが頭を抱えるほどに才能がなかったらしい。
もともと魔術は女しか使えない。魔術を使うのに必要な魔力が、男にはなぜか全くない。だからこそ、魔術を使う人のことを魔"女"というのだ。
そんなこと、リリアだって百も承知のはず。それでも勧めたのはやはり俺が半魔だからだろう。半分でも悪魔なら、体内に魔力があるはずだ。
あなたが半魔だから期待した。そう言わないのは、リリアの気遣いだった。
結局その話はなかったことになった。
『別にいいわ。悪魔にとって魔法は本能のようなもの。変異してしまえば、勝手に使えるようになるはずだもの』
彼女はあの時そう言っていた。なんてことなさそうだったが、かなり落ち込んでいたのを俺は知っている。俺に変異だなんだのと、出会った時のことを忘れて口走ったのはそのせいだろう。
「ごめんなさい。でもやっぱり魔術が使える可能性のある人って、そうそういなくて」
「わかってるさ……それくらい」
右目の眼帯を撫でた。黒い無地のものだ。目の部分には、三日月に棒を突き刺したようなマークが白く描かれている。
彼女は自分が変異できるようになって欲しいと思っているのを、俺は知っていた。もちろん断るが、それもちゃんと彼女は理解してくれている。
その証拠がこの眼帯だ。軽い封魔の術がかかっていて、変異をある程度抑えてくれるらしい。さっき家を出るときにリリアがくれたものだ。
ありがたいような、申し訳ないような。そんな、なんとも言えない感情が胸の中で渦巻いていた。
「あ、見つけた」
そこから数分歩き、彼女は突然そう言った。
そこはこの森の他の場所となんら変わらない場所だった。
「本当にここか? 何もないじゃないか」
「ええ、間違いないわ」
やけに確信めいた言い方に、首を傾げた。彼女には自分には見えていない何かが見えるのだろうか。
俺には他と変わらず草が無造作に生えているようにしか見えなかった。特に魔力っぽいものを感じるわけでも、門っぽく木が生えているわけでもない。
不思議がる俺を他所に、リリアは何か準備を始めているようだった。
そこらに落ちていた木の枝で円と、それに内接する三角形を描く。そしてその頂点に何かの粉を置いた。
「なんだ? それ」
「これは……って言ってもわからないでしょ? ならなんでもいいじゃない。ほら、下がって」
バカにされたような、子供をあしらうような態度に、少しムッとした。だが、無知という意味では確かに俺は子供だ。
俺はおとなしくリリアにならって、数本後ろに下がり、リリアの後ろに隠れる。
リリアはフゥと小さく息を吐いた。そして、
「《ラ・オーパ》」
そう唱え、パチンと指を鳴らす。
その瞬間、バキィ! と岩が割れたような轟音が響いた。
耳をつんざくような音に、思わず目を閉じ、耳をふさいだ。それに次いで、ゴォォオと何かを吸い込むような音。なんとなく、引っ張られるような引力を感じた。
このまま目をつぶっていてもしょうがない。そう思い、俺は恐る恐る目を開けた。
そこにあったのは、一つの黒い何か。二メートルほどの高さで、三角形の形をしている。空間の裂け目とでも言おうか、向こう側は黒く、なにも見えない。地面に落ちている枝が少しずつあそこに向かって移動しているのをみると、何かを吸い込むようなという比喩は正しかったようだ。
どうやらこれが『門』らしい。
「じゃ、行くわよ。ついてきて」
「え、ちょっ……」
リリアはなんの躊躇いもなく、その門に入っていった。門に足を踏み入れた瞬間、ゴォ! とひときわ大きな音を立て、彼女の姿は消えた。これで転移したということだろうか。
ついてきてとリリアは言っていたのだから、ついていせばいいのだろう。彼女同様、あそこに歩いていけばいいのだろう。
「っ!」
だけど、恥ずかしいことに俺は恐怖を感じていた。これがどういう仕組みで、どこにつながっているのかも知らないのだ。目隠ししたまま暗闇を進む時のような、全身を包むピリピリとした緊張が気持ち悪い。
だが、ここで止まっているわけにもいかないのだ。
「……くそ!」
――もうどうにでもなれ!
心の中でそう呟いて、門に足を踏み入れた。