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5話 金欠と依頼


 早いもので、リリアと共に住み始めて二週間ほどがたった。

 その間何をしていたと言われれば、何もしていないと答える以外にない。特にこれといった出来事もなかった。驚くほど何もなく、人生で一番平和な時期だった。

 リリアとの関係も良好。喧嘩もなく、言い合いもなく、可もなく不可もない関係だ。お互い追われる身。いつ途切れるかもしれない関係としては居心地が良いし、なんというか、ちょうどよかった。


 普段は基本的に、家事の手伝いの他にはリリアの手伝いをしている。家事といっても大部分は魔術で片付けてしまっているから大したことはない。洗濯物を干したり、料理の手伝いだったり、それくらいだ。

 リリアの手伝いで何をするかと言うと、基本的に魔術に必要なものを集めることだ。薬草だったり、なんらかの魔物の一部――とはいっても俺には殺すことができないので、実際はほとんどリリアがやっているが――を集める。


 今俺とリリアが住んでいる森には、異常なくらい多くの魔物が生息している。バカみたいに大きな狼、グール、オーガなどいろいろいる。

 それもこれも、魔力が多いことが関係しているらしい。

 もともと魔物とは、魔法や魔術が使えるもの、もしくは魔法や魔術の影響を受けているものを指す。

 リリアの家を囲むように広がる森には危険な魔物も多く、そこそこ大きな森ということもあって近づく人もいない。それ故に今まで見つからずにすんだらしい。


『ま、そのかわり私たちも好きにここから出て行けないけどね』


 と言うのがリリアの話だ。


 そんなこんなで俺とリリアは、特に大きな出来事もなく、平穏に暮らしていた……のだが。



「……」

「……」


 俺は困惑していた。

 いつも通り目覚め、朝食を食べ、その片付けをした後、リリアに呼ばれたのだ。

 曰く、「重要な話がある」と。

 リビングのテーブルにいつもの席に着き、向かい合う形になった。

 腕組みをして、机を睨みつけるような視線は深刻そうで。いつもキリッとした目つきではあるけど、今は普段以上に厳しいものになっているように感じた。

 リリアは何も言わない。それほど深刻なことなのかと、俺の中に不安が積もっていく。居心地が悪くてしょうがない。


「な、なあ。何か大事な話があるんじゃなかったのか?」

「……ええ、そうね」


 沈黙に耐えかねて声をかけると、リリアはそう呟いた。そして、言う覚悟ができたのか、机に向かっていた視線をまっすぐと俺に向ける。


「そう、大事な話よ。私たちにとって、かなり重要な話」


 思わずコブシを強く握ってしまった。体に力が入り、肩が上がる。

 スゥと小さく息を吸い、開かれた彼女の口を見つめ、そこから発せられるだろう重要な何かに備えた。


「お金が……ないのよ」

「…………は?」

「お金がないの」

 

 リリアの口から聞いたのはそんなことだった。

 二回も言わなくてもわかっていると言いたくなったが、それをどうにか飲み込む。

 「はあぁ」と、気の抜けた息が口から漏れた。肩透かしを食らったような気分だ。


「何よその反応は。大事なことでしょ?」

「まあそうだけどさ……なんか、こう……もっと深刻なことかと思ってたんだよ」

 

 確かに金も大事だ。基本自給自足しているようだが、どうしても買わないと手に入らないものだってある。この森で手に入らないものだったり、人工物だったり。

 だから金が必要というのは十分わかっているが、どうにもそこまで深刻になる理由がよくわからなかった。


「金がないなら稼げばいいじゃないか。今までもそうしてたんだろ? 俺だってもちろん手伝うし」

「簡単に言ってくれるわね。私たちが正攻法で稼げると思う? お金を手に入れるだけでも、危ない橋を渡らないといけないのよ」

「うっ」


 確かに図星だった。

 俺自身指名手配されていて、雇う人なんているはずがない。リリアの手配書は見たことがないが、彼女も一緒なのだろう。


「ならどうするんだ? 危ない橋ってことは、強盗か泥棒でもするのか?」

「そんなわけないじゃない。今説明するわ。クル、持ってきた?」

「ばっちし」

「うわっ!」


 思わず俺は椅子ごと倒れ、バタン! と大きな音がなった。それをいつの間にか隣にいたクルは相変わらず感情が薄い表情で見ていた。なんとなく、バカにされている気がする。

 しかししょうがないじゃないかと、俺は思う。

 全く気がつかなかったのだ。ちょうどこちらから玄関の扉は見えない。それにしたって、普通は音や何かで気づくはずだ。


「何。ゴーストでも見たみたいな目して」

「似たようなものだろうが」

「それは心外。気づかないあなたが鈍感なだけ」

「というかクル。いつ来た?」

「ついさっき」


 クルはそれで話はおしまいとばかりにリリアに向き直り、一枚の羊皮紙を取り出すと彼女に渡した。

 どこか釈然としない気分になりながら、立ち上がり座りなおした。落ちた時に強く打ったのか、ズキズキと痛む後頭部をさすった。


「ふーん……まあまあね。これならなんとかいけるでしょ」


 リリアはそれを一通り目を通し、納得したように頷いた。

 いけるでしょ、じゃない。なんとなく、蚊帳の外に置かれたようで面白くなかった。それが彼女を見る視線に含まれていたのか。リリアは気がついたように「ごめんねさい」と心が全くこもっていない調子でいうと、その羊皮紙を俺に渡した。


「えっと……依頼書? 内容は……魔物討伐か。っていうかこれ、教会宛のものじゃないか!」


 思わず立ち上がって大声でそういった。

 教会というのは、聖教者たちの組織だ。基本的に魔術関係の仕事をしている。悪魔、魔女、魔物の捜索、そして排除だ。

 まさに自分たちの天敵といえるような組織。そこに宛てられたものがここにある。見てはいけないようなものを見てしまったような、嫌な焦燥感が俺を襲った。


「アレン、驚きすぎ」

「いやだって、教会だぞ!? どう考えたって危険だろ!」

「まあそうね。そう思うわよね。でも色々と都合がいいのよ」

「都合がいいって……」


 そういう問題じゃない。教会の依頼を片付けるということは、教会の手助けをするということだ。自分たちの敵の。

 納得以前に信じられなかった。悪魔を異常なくらいに信仰するリリアが教会に手を貸すなんて。


「はぁ……しょうがないわね。いい? 知らないかもしれないけど、聖教者たちは普段一部を除いて顔を隠してるの。だから顔を隠していても不自然はない。まず、これが一点」


 そう言って、リリアは指を一本立てた。


「次に、魔物退治だから魔術に使うものも手に入りやすい」


 さらに一本立てる。


「そして、これは下手をすれば命にも関わるわ。だから貰いもいいのよ」


 そしてさらに一本指を立てた。

 確かに、理由はきちんとしていた。筋もある程度は通っている。でもなかなか納得はできなかった。


「教会だなんだの考えるからそんなに悩む。人助けと割り切ればいい」

「って言ってもなぁ」

「どちらにしろあなたに選択肢はない。家主のリリアがやるって言ってるんだから、やるしかない」

「その通り。じゃ、行くわよ」


 リリアは立ち上がり、そう言った。完全に置いてけぼりの俺を無視して、せっせと準備を進める。


「ちょ、今から行くのか!?」

「そうよ? 善は急げ。この依頼書自体クルが教会から盗んできたものだし、バレないとも言い切れないもの」

「盗んでって……どうやって……」

「秘密」


 そう言ってクルは口元でバツをつくった。

 クルは何者なんだろうか。教会で盗みを働き、気配を感じさせず真横にいたり。本当にゴーストのように思えてしまう。

 クルをじっと見ても、その表情は変わらない。本当に不思議な少女だと、俺は感じた。


「ほら、早く行くわよ」


 意識の外から声をかけられ、ハッとする。リリアを見ると、あの漆黒の格好ではなかった。

 眩しいくらいに純白のマントに身を包み、フードで顔を半分以上隠している。フードの中で纏めているのか、あの紅の髪は見えなかった。


「リリア、その格好……」

「いつもと違うって? 当たり前じゃない。教会の聖者として行くのよ? あんな格好で行くわけないでしょ」


 リリアは呆れたように息を吐いた。

 確かにその通りではあるが、いつもの格好くらいしか見たことがない俺は、彼女がそんな服も持っているとは思わなかったのだ。


「はぁ……そうか、じゃあ頑張ってな」

「何言ってるの? あなたも行くのよ。ほら、あなたの分」


 そういってリリアは、彼女と同じローブを俺に投げ渡した。反応しきれず頭からマントを被り、「わぷっ」と情けない声を漏らした。

 彼女だけで片付けるものだと思っていた。だから間の抜けたような表情をしてしまう。


「何? その顔。色々手伝ってくれるんでしょ? ほら、行くわよ」

「あ、ああ……」

「あ、そうそう」


 リリアは今ちょうど思い出したかのようにそう呟くと、こちらに振り返った。


「忘れるところだったわ。今回もありがとう」


 何を言っているんだと首を傾げかけたが、どうやら自分に言っているのではないらしい。

 リリアは物置に向かうと、また見たことのないものをいくつか持ってきた。

 見た目はただの瓶だ。手のひらくらいの大きさで、中には綺麗な紫色の液体が揺れていた。それが計四本。


「はい、これ。いつものよ」

「ん。どうもありがとう」


 簡単な挨拶の応酬を交わし、クルはそれをしまった。

 今のがなんなのか気にならないと言ったら嘘になる。でも聞く気にもならなかった。どうせ聞いてもまともに答えてくれる気がしなかったのだ。


 リリアはこれでもう用は終わりとばかりに外へと歩き出した。

 どこか腑に落ちない。でもこのままでは置いてかれてしまう。さっさと出て行くリリアを追いかけた。

 背後から、クルの感情のまるでこもってない「頑張って」が聞こえた。


「はぁ……もう、やるしかないか」


 リリアは結構頑固だったりする。こうなったらもう自分の意見なんて通らないだろう。

 抵抗する考えを捨て、大人しくどんどん進むリリアの隣に並んだ。


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