表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/40

4話 魔法と魔術

 一緒に暮らすことになったからって、これといって何かあるわけでもない。さっそく何か手伝うと俺は言ったが、魔女であるリリアもそれほど忙しいというわけでもなく、朝食を食べ終わった俺とリリアは食後のティータイムのようなものに入っていた。とは言っても、飲んでいるのは紅茶ではなくコーヒーだが。

 一口飲めば、舌全体をジクジクと苦みが襲う。コーヒーを飲んだのは、これが初めてだった。でもここで苦い顔をすれば、どうせリリアは馬鹿にしたような顔で自分を見るに違いない。それがいやで、必死で表情が変わらないよう顔に力を入れた。

 それからは特にどちらが話すわけでもなく、ゆったりとした時間が流れる。

 まだはじめて会って数日も経っていないのだ。弾む話もないし、お互いに距離感を図りあっている状態だった。

 リリアをチラリと見た。沈黙なんて意にも介さず優雅にコーヒーを飲んでいた。気まずさなんて感じている様子はない。


 ――まあ、とりあえずはこのままでいいか。


 そう思い、なんとなく窓の外を眺めた。


 

 窓から見えるのはズッシリとした頑丈さを感じる木々の幹、そしてユラユラ気持ちよさそうに揺れる草花。時折風に吹かれてザワザワと鳴らす木の葉の緑が窓のフレーム内を出入りする。

 とても綺麗な森だ。昨日いた森のような薄暗さや、気味の悪さなんて感じない。一部しか家の中からは見えないが、そこだけでも生き生きとしたいい森だと、素人の俺でもよくわかった。


「不思議な森だな」


 思わずそう呟いた。


「当たり前よ。魔力が他より多いんだから」

 

 俺の何気ない一言に答えたのは、彼女だった。華やか過ぎるわけでも地味過ぎるわけでもない、素朴なカップに口をつける。


「魔力?」

「そ。魔力はいわば自然のエネルギー。それが多いんだから自然が豊かなのは当たり前でしょ?」

「そういえば俺、魔法のことについてよく知らないなぁ」

「仮にも半分魔術の師である悪魔のあなたが? 間抜けな話ね」


 彼女は馬鹿にしたように笑った。その表情に、不愉快な気分になる。


「リリアだって間違ってるぞ。『魔術』じゃなくて、『魔法』だろ?」

「間違ってないわ……っていうか、そこから知らないの!?」


 リリアは深いため息を一つ付き、人差し指を立てて説明しだした。

 何が間違っているのだろうかと、首をかしげる。

 悪魔が使うのは魔法なのだ。そして、魔女はそれを教わる。なら間違っていないはずだ。


「いい? 簡単に言えば、悪魔が使うのが魔法、魔女が使うのが魔術よ」

「ん? 名前が違うだけか?」

「はあ!? そんなわけないじゃない! 魔法と魔術を同等に扱うことすらおこがましいわ!」


 彼女はそう言って立ち上がり、机を叩いた。机がガタリと鳴り、コーヒーの水面が揺れた。すごい気迫だ。なんとなく、こんな彼女に覚えがあった。


 ――ああ。昨夜のリリアか。


 彼女は魔女であり、重度の悪魔好きらしい。俺の肩を揺するリリアの瞳は、満天の星空のように輝いていた。


「わかった、わかったから。そんなことするとコーヒー、溢れるぞ?」

「あ……ごめんなさい。怒ったわけじゃないのよ?」

「わかってるって」

「そう。なら、いいんだけど」


 声をかけられリリアはおとなしく席に着く。確かに怒りではなさそうだ。ただ単に興奮しただけのように感じた。

 自分の痴態を見られたからか、その頬はほんのり赤い。ゴホンとわざとらしく咳き込むと、話を始めた。


「そもそも人間ってのは弱いのよ。悪魔の使う魔法を使ったら、体が耐えられない。だから人が使うには魔法の威力や規模を下げるしかなかった。それが魔術よ」

「じゃあ、魔術は魔法の劣化版ってことか?」

「言い方が悪いけどまあ、そんなところね。あまりはっきり言いたくないけど。ウダウダ説明するより、見た方が早いわね。見せてあげる。ちょっと待ってて」


 リリアは立ち上がり、物置へと入っていった。そこまで時間がかかることなく帰ってきた。そして帰ってきたリリアの手にあるのは、金属でできたボウルに、数本の親指くらいの大きさのカプセルだった。透明なのを見るとガラスだろうか。

 リリアはよいしょと言ってイスに腰掛けると、それらをバラバラと無造作に机に並べた。

 数は五つ。一つ一つが少しずつ違う。

 中には、いろんな色のキラキラした粉のようなものが、風に吹かれた落ち葉みたいに舞っている。


「これなんだ? すごい綺麗だな」

「魔術」

「ん?」

「いやだから、これが魔術よ」

「は? これが魔術?」

「そ」


 改めてカプセルをじっくりと見た。相変わらずキラキラしている。これが魔術なんて信じられない。俺の魔法――いや、魔術のイメージとしては、何もないところから火を出したり雷を落としたりするものだ。

 目の前のこの小さなものとそれらが結びつくとは思えなかった。


「魔術っていうのは万能じゃないわ。あるものを強化したり、付加するくらいしかできない。例えばこれ」


 そういってリリアはカプセルのうちの一つ――赤いキラキラが入っているものを持った。


「魔術を使うプロセスは簡単よ。作ってある魔術――『魔源(まげん)』っていうんだけど、それに魔力を込める」


 その瞬間、中のキラキラが激しく光を放ち始めた。パチパチと弾けるように。そして、リリアはカプセルをボウルの中に入れる。


「それで、対応する呪文を唱えれば――《オ・フラム・バーン》」


 ボウン!

 彼女が呪文を唱えた瞬間、ボウルの中から突然天井に届くくらい高く炎が燃え上がった。


「こんな感じに、魔術が発動するってわけ」


 リリアは得意げにそういった。


「……すごいな」


 魔術の炎を見つめたままそう呟いた。

 初めてだった。半魔でありながら魔術を見たことは今まで一度もない。自分が半魔だからか、目の前の魔術に釘付けだった。


「すごいでしょ? って言っても、この炎は自然のものより温度も低いわ。言ったでしょ? 威力を下げるって。魔女は魔力耐性が高いからまだいいけど、それでも魔法レベルだと体が耐えれないのよ」

「これより強いとか……魔法ってすごいな」

「そうなのよ!」


 またもや興奮したリリアは、立ち上がり机を強く叩いた。机は大きく揺れ、ボウルはそれによってこちらの方向へと倒れる。その結果、燃え上がった炎を俺は頭から被ることになった。


「あっつあ!!」

「あ!」


 リリアは慌てて指を鳴らす。するとたちまち跡形もなく炎は消えた。まさに夢でも見ていたかのようだった。


「おいリリア……気をつけろよ」

「あはは……まあ、よかったじゃない。あなたは魔力耐性が高いってわかって。体、見てみて?」

「あ?」


 俺は訝しげな視線をリリアに向けながら、自分の体をチェックした。特に大きなやけども怪我もなく、衣服が少し焦げたくらいだ。


「やっぱり半魔だからね。魔力耐性が恐ろしく高い。だから熱いって位で済んだのよ?」

「確かに……」


 言われてみればそうだった。仮にも炎を頭からかぶったのだ。なのになんの怪我もないなんて、人間じゃない。

 確かに便利ではあるが、正直嬉しくはない。


「話戻すけど、魔法だと威力――今の魔術でいう温度は桁違い。時には自然の炎も超えるわ。それになにより、準備がいらないのよ」

「準備?」

「そ、私たちみたいに何か用意する必要がない。無から有を、ゼロから一を作れるのよ!」


 なるほど確かにこれは別次元だ。

 あるものを鍛えるのと、新しく作り出すのは全くレベルが違う。準備がいらないということは、ほぼ無限に使うことができるということだ。それだとほぼ無敵だった。


「ん?」


 そこまで考えて、俺の頭にある考えが浮かんだ。


「そんなに強いなら、なんで悪魔は天使に負けたんだ? 天使と聖者は魔法に対抗できる何かがあったのか?」

「…………」


 それを問いかけてから、後悔した。

 リリアの表情があからさまな影が落ちたのだ。

 さっきまでの興奮はどこへ行ったのか。萎れた花みたいに元気がない。


 ――やっぱり今のは撤回しよう。


 そう考え、口を開けようとした時だった。


「……あるわよ。奇跡っていうのがね」


 リリアが小さく、そうつぶやいた。

 奇跡。俺は聞いたことはあったが、見たことはなかった。聖者の団体――教会に追われているが、幸運にも聖者に今まで会ったことはなかったのだ。


「そんなに強いのか?」

「人それぞれよ、あれは。その人の信仰心に影響してるから。普通の聖者は十段階でいうなら五、一般の人々は三くらいかしら」

「ちなみに……十ってどれくらいなんだ?」

「熟練の魔女でも勝つのは難しい。なんなら、悪魔でも死ぬことはあるわ」

「っ!」


 その言葉は俺を動揺させるのに十分すぎた。俺にとって悪魔とは畏怖の象徴であったが、強さの象徴でもあった。それを倒すほどの奇跡。それが尋常じゃないことは考えなくてもわかった。


「ま、安心して。十のやつなんて……知ってる限りで一人しかいないから」

「一人いるんじゃないか……ちなみに、信仰心十ってどれくらいなんだ?」

「そうね……」


 リリアはそこで一度区切り、あごに指を当て考える素振りを見せる。


「天使からの命令だと言われれば、自分の両親をなんの躊躇いもなく殺せるくらいね」

「……いるんだな、そんなやつ」

「ええ……いるのよ。残念ながらね」


 そう言うリリアは自嘲気味に笑っていた。

 親を誇りに思うリリアの目には、そいつはどんな風に映っているのだろうか。


 どれだけ悲しげなリリアを見ても、わかりそうになかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ