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31話 敗北と提案



「ガッ……あっ……」


 体がバラバラに砕けて勝手な方向に駆け出し飛び散っていくような感覚。頭と視界がチカチカして、頭が回らない。あまりの痛みに、叫ぶことも、呼吸することもできなくなっていた。

 いっそのこと意識を失ってしまいたい。でもできなかった。あまりの激痛に意識を失いかけては、さらにその痛みで現実に引き戻される。


 立っていられなくて、そのまま地面に倒れこむ。

 遠くの方でパキパキと何かが剥がれるような音が聞こえた。熱を持った意識が徐々に薄れ、平生のような冷たさを取り戻す。

 それは変異が切れた合図であり、アグネスに敗北した証拠でもあった。


「く、ぞ……」


 悔しさと、憎しみがないまぜになった視線をアグネスに向けた。俺から少し離れたところで様子を伺うようにしているアグネスが心底憎らしい。


 気づけば、なんとか意識をはっきりさせられるくらいには痛みも収まりかけていた。

 奇跡の剣で傷を負ったのは悪魔である自分ということなのだろうか。どういう原理かはわからないが、どうやら俺と悪魔は半分別の存在のようなものなのかもしれない。

 と言っても完全に痛みが消えたわけでもなく、未だに立ち上がれないほどの激痛は感じるが。


「まったく。やっぱり悪魔は変異すると途端に子供っぽくなるな。まあ、『感情の化け物』と言われるくらいだから、仕方ないんだろうけど」


 彼はこちらに視線を向けることなく、剣の血を拭きながらそう言った。そこに疲れた様子はない。一仕事終えた後のような気だるさがあるだけだ。


「うる、さい……」


 唸るように否定しておきながら、それは俺も同意だった。

 変異が解けたいまだからよくわかる。さっきまでの俺は、やけに子供っぽすぎた。

 バカにされたと思ったからムカついて突撃なんて、考え無しすぎる。以前リリアが理性が食われると言っていたが、事実そうなってしまっていたのだろう。


「しかも魔法もうまく使えていない。悪魔なら、たとえ子供でも普通に使えるはずなんだが――ん?」


 アグネスと視線が交差する。

 途端にアグネスは何かに気がついたかのように声を漏らした。そのまま視線をそらすことなく、何かを思い出そうとしているときのように、顔をしかめながら首をかしげていた。


「んー…………あ、思い出した。君、半魔の少年か」

「…………」


 特に驚きもしない。きっと悪魔になった時点でリリアがかけてくれた魔法も切れるだろうと、どこかで予想していた。実際に周りから見える俺は、すでに本当の俺になっているのだろう。

 俺は何も答えなかった。

 今更否定する必要もないし、完全変異した今であっても自分が半魔というのは認めたくない事実だったからだ。それに、これはアグネスの質問に答えたくないなんていうくだらない抵抗心だった。

 だが彼はこの沈黙を肯定と受け取ったのか、一人でスッキリしたような表情を浮かべていた。


「なるほどなるほど。君が半魔なら色々納得がいくね」

「…………」

「魔法がうまく使えなかったのは純粋な悪魔じゃないから。やけに子供っぽかったのだって、もちろん悪魔自体の特性もあるだろうけど悪魔に慣れていなかったのが大きいだろうね」

「…………」


 俺はずっと一人で勝手に答え合せのようなものをツラツラ並べる彼を睨みつけていた。

地に伏せる俺と、立って言葉を並べる彼。

 その間には勝者と敗者の絶対手なきな壁が存在していて。

 その力の差と彼の余裕が、心底恨めしい。


「そうか……なら君が今ここにいるのも、リリアに着いてきたからかな?」

「…………っ!」


 リリアの名前を出され思わず反応した俺を見て、アグネスは満足そうに笑みを深めた。

 俺はそれが悔しくて歯噛みをする。


 何が英雄だ。何が最強の聖教者だ。

 こんなの、ただ敗者をいたぶるクソ野郎じゃないか。

 敗者を見下しながら、楽しそうにツラツラ言葉を並べて。

 敗者を辱めて。

 少なくとも俺から見て彼は、人から聞いていた彼の人物像とかけ離れていた。


 ――いや、こんな行いでさえ、人にとっては英雄的に見えるのか。


 結局、俺もリリアも彼らにとっては絶対悪で。

 それをいたぶるアグネスこそが正義なのだ。

 だからこの場において、この世界において、こんな行いでさえ正義として讃えられる。


 そう考えると、怒りもだんだん治まってきていた。彼の口から出る言葉も、どこか遠くのことのように感じる。


 未だ楽しそうに何かを話すアグネスをボーッと眺めていると、あることが耳に入った。


「半魔の少年。確か……アレン君、と言ったかな? どうだ? こっちに、人間側に来ないかい?」



「――――は?」



 虚ろだった意識が急激に現実に引き戻される。

 最初は理解ができなかった言葉も、頭の中で復唱し、だんだん理解できるようになる。


「何を……言って……」

「不可能じゃない。奇跡の力を使えば、君の中の悪魔だけを殺すことだってできる。そうすれば、残るのは人間の君だけだ。まあ、もちろん難しいことではあるけどね」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。


「俺たち協会は人間の味方だ。もちろん、魔に関わっていない、という前提がつくけどね。君は半魔だけど、それは仕方がないと思ってる。なにせ、子は親を選べないからね」


 ただひたすらに困惑した。何か言っているが、頭に全く入って来ない。


 やつは何を言っている? 半魔と人間の共存?

 そんなものは実現できない。実現できないからこそ、俺は今まで迫害を受け、この構図が成り立っている。


 でもそれは俺が小さい頃から望んだことでもあった。

 共存できれば、自分はこんな目に合わないはずなのに。共存できれば、逃げる必要も無くなるのに。

 毎晩毎晩、俺はそんなことを考えながら眠りについていた。


「できるわけ……ないだろ」


 気がつけば、そんな声が口から漏れていた。

 いろんな感情が綯い交ぜになって、声が震えていた。


 できるわけないと思っている。でもどこかでできたらいいなんて望んでいる。かと思えばできても受けるわけないと確信していて、それとは逆にやっと舞い降りてきたチャンスに歓喜している自分もいた。


 もう、どれが自分なのかわからない。グルグルと頭の中でなにかが回転しているようだった。


「そんなこと、できるわけ……ないんだ!!」


 俺は体の痛みなんて無視して、鉛のように重い体をヨロヨロと持ち上げてアグネスに飛びかかった。右手だけなんとか変異させ、それをアグネスに向かって突き出す。

 ただの苦し紛れだった。感情を制御できないために、ただ我武者羅になっていただけだった。


 スピードも技術も力も意思もなにもない、その攻撃とも言えない俺の突きを、アグネスは横に一歩動くだけで軽々とかわしてみせた。


「ぐっ……!」


 俺はそのまま地面に倒れこんだ。

 さっきまでと同じ不快な土の匂いに混じって、むせ返るような血の匂いが鼻腔をつく。


 この場で血を流しているのなんて一人しかいない。

 倒れこんだ俺の目の前には、リリアが倒れていた。ちょうど俺の目の前に彼女の頭があるような、そんな体勢。

 顔はよく見えない。ただ真っ赤な色だけが印象的だった。

 初めてこの状態の彼女を見た、あの時はまだマシだったのだろう。幾分か、悪魔に成りかけていたからまだマトモで入られたのだろう。


 でも初めて、人間として初めて彼女を見て、俺は湧き上がる感情の激流に飲み込まれそうになった。

 悲しくて、鼻の奥がツンとした。

 悔しくて、強く拳を握り、ガリガリと爪が削れる音がした。

 ああ、なんだこれは。全く冷静じゃない。情緒不安定すぎると、自分でも思った。


「リリア……」


 気がつけば彼女に手が伸びていた。今の位置からはギリギリ届かず、唸りながら思い切り手を伸ばす。


「ごめん、リリア……」


 思わず目が潤いを持ち始める。

 目の奥が熱い。零れ落ちないように、必死でこらえた。

 元々、助けるつもりだった。でもそれも間に合わなかった。しかも俺はそのまま感情に身を任せ、この有様だ。

 綺麗な赤髪を撫でる。割れ物でも扱うかのように、丁寧に丁寧に撫でた。

 こんな状況なのに、戦闘後のはずなのに、リリアの髪は絹のように滑らかで、心地がいい。


「助けられなくて……ごめん」


 そう呟いた時だった。

 なんの前触れもなく、リリアの体がピクンと動いた。


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