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3話 謝罪と合意

 朝になった。

 窓からは柔らかい朝日が太い柱のようになって家の中に入り込み、室内を照らす。

 この家はそこまで大きいわけでもない。俺が寝ていた部屋、リリアの部屋に加え、リビング兼キッチンの一番大きな部屋、そのほかには物置、体を洗う部屋くらいしかない。

 昨日は暗くてよく見えなかったが、ここは森の中らしかった。窓からは外に立ち並ぶ木々がよく見えるし、街では聞くことのできない多くの動物の鳴き声が聞こえる。最近ではそうそうない穏やかな朝だった。


「……」

「……」


 痛い沈黙の中、カツカツと二つの木の器とスプーンがぶつかる音だけが響く。二人で使うには少し大きい、木製のテーブルの上に並べられた二人分の朝食を、一組の男女が向かい合って何か話すことなく機械的に食べていた。まあ、俺とリリアな訳だが。


「そ、そういえばクルはどうしたんだ? 姿が見えないけど……」

「彼女は別に一緒に暮らしてるわけじゃないわ。昨日はたまたまいたのよ」

「そ、そうか」


 ――なんなんだこの空気は。


 重い。重すぎる。チラチラとリリアのほうを盗み見ても、こちらのほうなど見向きもせずに食事を進めている。話しかけたとしても、それは変わらない。


 そもそもなぜ一緒に朝食を食べているのかさえよくわかっていなかった。目が覚めて、これからどうしようかと頭を悩ませながら部屋から出てくると、二人分の朝食を並べているリリアがいたのだ。周りを見渡してもクルはいない。俺が来たことに気が付いたリリアは椅子に座ると、圧力を感じる目つきで俺を見つめるだけ。どうしようかとたじろいでいたところに、リリアから「……食べれば?」と声をかけられ、今に至る。


 何とかできないかとリリアのほうを見ていると、彼女と目が合った。一瞬の間が空いて、リリアは目を伏せ、たまったものを吐き出すようにため息をついた。


「ごめんなさい。わかってるのよ、あなたが悪いってわけじゃないってことは」

「え?」


 俯き加減に視線をそらしながらリリアはそう言った。

 おそらく昨日のことだろう。相手に謝らせておいてなんだが、なんだか意外だ。


「私はあまり俗世には詳しくないけど、人間にとって悪魔がどういうものなのか知らないわけじゃないわ。あなたの手配書も見たことある。それを考えれば、昨日のあなたのあれは当たり前の反応よね……ごめんなさい」

「いいって。その、俺も悪かったよ。ちょっと無神経すぎたよな。」


 魔女にとって悪魔とは、人々にとっての天使のようなもの。自分の信じるものであり、憧れである。それを馬鹿にされたら怒るのは自明の理だった。


「でも――」

「でもでもなんて言ってたらキリがないぞ。そうだな……じゃあお互い様ってことにしないか?」

「お互い様?」

「俺も悪かったし、リリアにも非はあった。だからお互い様で、この話はもう終わりだ」


 たしかに過去と被って見えて、思わず怒鳴ってしまうくらいに怒りを感じたことも間違ってはいない。でもそれは言ってみれば俺の勘違いだったわけで、リリアが俺に向けていた感情はプラスのものだった。たしかにリリアも必死すぎた部分はあったが、それもしょうがないとクルの話を聞いてそう思っている。


 リリアは少し驚いたように目を見張り、なにがおかしいのかクスリと笑った。


「あなたってお人好しね」

「まあな。自分の味方には優しいぞ? 自分で言うのもなんだけど」

「へぇ……私が味方かどうかもわからないのに?」


 リリアはからかうようにニヒルに笑った。


「なら敵なのか?」

「そんなわけないじゃない」

「ならいいじゃないか」

「確かにね」


 リリアは、また軽く笑った。俺もそれにつられ笑みをこぼす。

 そこにはもう先ほどまでの山のように重くピンと張りつめた空気はない。


 ――結局、仲直りはできたってことで……いいんだよな?


 仲直りはできたが、和解はできたとは言えないだろう。

 俺は悪魔が嫌いで、リリアは悪魔を信仰していて。

 衝突した部分について、二人とも妥協もしていないし、折れてもいない。ただ有耶無耶にしただけなのだ。

 

 「まあ、それでもいいか」なんて考えながらスープをスプーンですくおうとして、もう空になっていることに気がついた。

 まだあると思っていた。あの息苦しい空気に当てられて、気が付かぬうちに食べる速さがいつもより早くなっていたのか。


 それに気がついたリリアは、「ん」と声を漏らしながら手を差し出した。皿を渡せということらしい。おとなしく二つの皿とスプーンでを渡した。


 俺のものと、リリアのものを流し台に入れると、「あ、そうそう」と思い出したように口にした。


「私、暴走してるあなたを止めてからここに連れて来ちゃったけど……大丈夫?」

「大丈夫って?」

「その、身寄りとかあるの? もしあるならはやく帰さないといけないんだけど」


 流し台ではそこに貯められた水が渦潮のように回転し、自動的に皿を洗う音をバックに、リリアはそう尋ねた。便利なものだ。多分魔法の一種だろう。そもそも魔法について詳しく知らないから、そういうものだと納得することにした。


 問題は今された質問だ。

 俺は数秒「あー……えー……」なんて呟きながら、目線をあちらこちらへと巡らせた。

 彼女も隠れている身だ。あまりここに他人が長く留まるのは好ましくないに決まっている。でもあいにく、俺には身寄りも行くところもないのだ。


「どうしたの?」

「……まあ、いないな。悪魔の父さんは物心つく前に死んだし、母さんも数年前に殺された。身寄りどころか家すらない」


 リリアはそれを聞いて、気まずげに自分の指を撫でた。


「そう……それは悪いことを聞いたわね」

「いや、いいんだ」

「気持ちはわかるわ。私も……両親を殺されたから」


 遠くを見つめるような目で、彼女はそう言った。だが驚きはしない。こう言っちゃなんだが、悪魔に関わっていると割と珍しくもないのだ。


「えー……その、だな。ものは相談なんでだが……」


 どこか気まずかった。なんとなく言いづらかったし、俺の中でもまだ迷っていた。対してリリアは俺がなにを言おうとしているのかわかっているのか、真剣な表情でまっすぐ俺を見つめていた。


「なに?」

「あー、よければ、この家に置いてくれないかと……」


 やはり予想していたのだろう。リリアの表情は変わらない。


「なんで私?」

「リリアが魔女だってのが大きいな。俺が半魔だからってどうこうしないだろ?」

「まあ、そうね、たしかに」

「置いてくれたらなんでもする。家事だって手伝うし、何か必要なものがあったら買ってくる!」

 

 立ち上がり机に手をついてリリアに詰め寄った。

 ほぼ全ての人間が天使側である今、悪魔側の人間なんてほぼいない。実際俺はは今まで一度もあったことがなかった。

 それくらいに珍しいことなのだ。俺にとってここは、いわば桃源郷。近くにいる人間に怯えずに済む楽園だった。

 だが、それはリリアにとってデメリットしかない。彼女も隠れて生活しているのだろう。見つかる可能性だって高まるし、もちろんお金も場所もかかる。

 だから正直断られても不思議じゃなかった。


「んー……ま、いいわよ」


 だというのに、リリアは軽くこれを了承した。


「は?」

「だから、いいって言ってるのよ。なに? 嫌なの?」

「いやいやいやいや! とんでもない! 嬉しいです!」


 思ってもいなかった反応だ。頑張って説得しないといけないくらいには思っていたのに。

 急に改まった俺の態度に、クスリとリリアは笑みを漏らす。


「男手が欲しい時ももちろんあるし、それに半分でも悪魔だから。同類っていうのかな。やっぱり見捨てられないのよ」


 大げさな反応に呆れた表情を浮かべながら、リリアはそう言った。

 そうはいっても、やはり俺が半魔であることは大きいだろう。俺は思わず自分が半魔であることに感謝しそうになった。


「じゃあ……よろしくってことで、いいのか?」

「ええそうね。よろしくね、半魔さん?」

「その呼び方はやめてくれないか?」

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい」

 

 リリアは不敵に笑った。

 それを見て俺は確信した。彼女にはかないそうもない。立場的にも、精神的にも。


 でもそれも心底いやというわけでもなかった。

 むしろ俺には経験のない軽口を叩き合うということが楽しくて、心地よかった。



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