27話 探索と突入
「はっ……はっ……はっ……」
息を絶え絶えにしながら、土地勘のない都を駆け回る。足にだんだん力が入らなくなってきているし、何度も転んだから擦り傷が散見される。
大したあてもなくあっちへこっちへ行くものだから、半ば迷子とかしていた。
リリアはまだ見つからない。でもどちらにしろここがどんな作り方知らないし、リリアがどこにいるかもわからないから効率のいい探し方なんて見つかりそうもなかった。
空を見上げればもう太陽も沈み始め、奥の方が暗くなり始めていた。
夜にくなって仕舞えば都といえど一気に暗くなる。探しにくくなるのは明白だった。
「はっ……く、そっ……!」
どうしようもなく湧き上がる焦燥感に歯噛みをした。
もうアグネスの元にたどり着いていたらどうしよう。
もうやられていたらどうしよう。
もう死んでいたらどうしよう。
そんな嫌なことばかりが頭に浮かぶ。
「そんなことない。リリアは強い。そんな簡単にやられるはずがない」
彼女の実力は俺自身が一番よく知っている。それにあのゴブリンも言っていた。リリアは魔女からも一目置かれる存在だと。
そんな彼女がいくら最強の聖教者といえど、すぐにやられることなんてない。
そう自分に言い聞かせた。
それでも焦りは消えることなく、足を動かすスピードを上げた。
でも足に力があまり入っていない時にそんなことをすればどうなんかは決まっていることで。
「ぐっ!」
俺は足がもつれ、そのまま盛大に転んだ。
でも止まるわけにはいかない。すぐに立ち上がり、また走り出した。
多くの通行人をほぼ無理やり押しのけながら走った。周りから「なんだなんだ」と突き刺さる視線が鬱陶しい。
さっきまではこの人の多さや街の広さは俺を興奮させたが、今になってはただただイライラと焦りを増強させるしかなかった。
――ああ鬱陶しい。あいつらの声も、視線も、そのものも。消えて仕舞えばいいのに。
ついつい過激な考え方になってしまっていた。思った以上にイライラしているらしい。
だがそこで、ある話が耳に入った。
「すごかったな、あれ。俺魔法初めて見たわ」
「俺も俺も。でもアグネス様にすぐ殺されるだろうな」
俺はその瞬間、自分でも驚くような速さで彼らに詰め寄っていた。
「おい! それどこのことだ!!」
片割れの肩を掴み、強く揺さぶる。
そいつは青年だった。驚きから目を見開きながら、その瞳に恐怖を写す。
まあ、わからなくはない。突然見知らぬ男が鬼のような形相で詰め寄ってきたのだから。
絡んでから、もしこの人がここで何するんだと殴りかかってくるような人だったらどうしよう、なんてそんなことが頭に浮かんだ。ある程度力はあるが、そこまで場慣れしているわけでもない。
だがそれは、どうやら俺の杞憂だった。彼は急な展開についていけていないのか、「え? え?」とうろたえるだけ。それは一緒にいた人も同じだった。
これは好都合。このまま聞けば教えてくれるかもしれない。自分より弱いと確信してから強気になるなんて卑怯だと思うが、焦りに焦っている俺にはそんなこと気にする余裕もなかった。
いや、きっと殴りかかってくるようなやつでも俺は迷わず突撃していっただろう。
「お前今、魔女とか言ったよな! どこだ!」
「あ、あ……あっちだ」
動揺からかうまくでていない声で、彼はそう言った。青年が指を指した方向は、さっき彼らがやってきた方向。
――あっちにリリアがいる。
そう思えば、体は待ってくれなかった。考えるより先に足が動き出す。
少し乱暴に彼らを話したせいか、「うげっ」と後ろの方で小さな悲鳴が聞こえた。心の中でゴメンと謝り、地面のレンガを蹴る。
もうすぐだ。もうすぐ、助けることができる。
そう考えると、再び体に力が戻ってくるようだった。足も少し軽くなった気がする。
敵に勝つ必要はない。逃げればいい。
別に正面から戦う必要なんて、全くなかった。
あの門まで逃げて、ワープをすればいい。そうすれば追ってこれない。
簡単なことだ。
俺はいざとなったら変異だってするつもりでいた。また理性が食われる心配もありそうだったが、彼女を助けるためなら、それくらい簡単だ。
ここから門までの道はなんとなく覚えている。彼女の手を取り、門まで走る。それを何度か頭の中でシュミレーションした。もしかしたら怪我をしているかもしれない。その時は背負ってでも連れて行こう。そんなことも考えた。
「はっ…………はっ…………あっ……た」
青年が指差した方向に進み続けると、ひらけた場所に出た。建物が乱立していた今までとは別世界のような、そんな空間。
街の広場か、公園のようだった。緑の植物が所々に生えていて、広場の中心には大きな噴水がある。
そして、その近くにいた、何かを囲むように並ぶ大量の人々。
異常な光景だった。もうすぐ夜というこの時間に、ここまでの人が広場に集まるのだろうか。ざっと見ても、百人はくだらない。そしてその全員が円の中心を向いているものだから、また気持ち悪い。
「何かショーでもやってるのか? ――いや、違うな」
足を止めることなく走りながら自分で言って、自分で否定した。
だが当たらずと言えども遠からずと言った具合かもしれない。彼らにとって、あれはもはやショーの一つに近いものだ。
彼らにしてみれば、あそこで行われているであろう戦いは勝敗の分かりきったものであるから。
「あそこに、リリアが……!!」
そう確信し、俺はさらにスピードを上げた。
やっと見つけた。やっと追いついた。
歓喜に思わず頬が緩みそうになる。
だが、どうやって助ける?
集まっている群衆はかなりの数がいるようだった。並ぶ人と人の間にもまた別の人が見えて、円の中の様子は全く計り知ることができない。
状況がわからないというのは、速さが求められる今この状況にとっては痛手すぎた。
さらに人が多いというのはそれだけで壁になってしまっている。あれをどうやって抜けるか。突入の時にしろ離脱の時にしろ、早く試行しないといけない。
それに、もう一つ不可解なのは彼らがやたらと静かなことだ。
声の一つも上がらない。ただじっと俺に背を向け、円の中心を見つめている。
あの中で行われているのは彼らがいうところの魔女の処刑なのだから、歓声なりアグネスへの応援なりで騒がしくてもおかしくないのに。
「――っっ!」
急に全身を舐められるような悪寒がした。頭の中で嫌な想像が広がり、考えるのをやめられない。なんとか振り切ろうと、強く首を振った。
一度考えればそれはまるで蛇のように身体中を這い回る。さっきまでの助けられるという希望はとうに消え失せ、もしかしたらしんでいるかもなんて絶望に様変わりしていた。
「ッ! リリア!」
さらにスピードを上げた。集団はもうすぐだ。
もう、なりふり構っていられなかった。いちいち作戦を考えていたら、自分がどうにかなってしまいそうだった。
――もう、強行突破しかない。
突入方法と離脱方法は、変異することに決めた。
足だけ変異して、集団の壁を飛び越える。
自在に変異できるか心配だったが、足に意識を向ければパキパキとあの音がして悪魔の足になる。
膨張したせいで靴がダメになってしまったが、そんなことはどうでもいい。
俺はスピードを緩めることなく、思い切り飛んだ。
「うわっ!」
それは思った以上の脚力だった。空が急激に近くなり、今まで到達したことのない高度に達する。
そしてそのまま俺は重力に従い落下し――
ドガァア!
隕石でも落ちてきたかと思わんばかりの爆音を鳴らしながら着地した。
地面が少し凹むくらいの衝撃だったというのに、変異したからか足には衝撃こそあれど痛みはなかった。
街の人たちからすれば、急に何かが降ってきたように感じたのだろう。周りから戸惑いの声が聞こえた。
まさか自分でもこんな風になるとは思っていなかった。自分でやっておいて、一番驚いているのは自分だったりする。
――狼狽えてる場合じゃない。早くリリアを連れて行かないと。
相手は仮にも最強の聖教者。逃げるにしても、タダでは逃してはくれまい。何発か攻撃をもらうかもしれない。
――いや、構うものか。たとえ何発か攻撃をもらったとしても、這ってでも帰ってやる。
自分の中で改めて意気込んで、おそらく目の前にいるだろうリリアを見つけるため、俯いていた顔を上げた。
「…………え?」




