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23話 衣服と終了


 店から出てすぐのところでリリアは待っていた。壁にもたれかかり、空を見上げている。俺に気がつくと、こっちを見て「ごめんなさいね」と困ったように笑った。


「空気、悪くしちゃったかしら?」

「いや、そんなことはないと思うけど……何かあったのか?」

「……別に、大したことじゃないわ」


 そう呟いて、再びもたれかかり空を見上げた。憂鬱そうにため息をつくその姿は、どこか疲れているようにも見える。なんにしろ、さっきまでのリリアとは雲泥の差だった。


「さっき言ってたこと」

「封魔の魔法がなんとか、ってやつか?」

「そう、それよ。あれ作ったの、私じゃなくてお母さんなのよ」


 お母さんは、公表しなかったから。そうリリアは続けた。


 そこまで聞いて、納得がいった。

 要するに後ろめたかったのだろう。母親の力を使って褒められることが。敬われることが。


 ――別に、気にしなくていいと思うけどな。


 そう思ったが言葉にはせず、代わりに一つのため息をついた。

 あの店員の話では、封魔の魔法ややり方や作り方さえわかっても、実際に出来た者はいないらしい。だから実際に使えてる彼女は、間違いなくそれ相応の実力があるということだ。

 結局リリアは頭が硬いのだ。難しく考えすぎている。


 これを本人に言うのは簡単だ。でも、それじゃいけない気がした。そのうち、自分で気がつくだろう。彼女は頭がいいから。


 だからとりあえず、今俺がやるべきことはーー


「よし! リリア、服を買いに行こう!」

「え?」

「服だよ服。さっき欲しいって言ってただろ? ほら、行くぞ!」

「あ! ちょっと!」


 彼女の手を取って、軽く走り出した。手を通して彼女の体温を感じる。

 背後から咎めるような声と視線を感じるけど、気にしない。

 俺が今できることは、彼女を楽しませることだ。気分が悪くなることなんて、今だけは忘れて仕舞えばいい。どちらにせよ、今は気分転換としてきているんだから、楽しいことだけ考えていればいいのだ。


 やってきたのは古着屋だった。本当なら仕立て屋に行きたかったが、フルーツやらなんやらを食べ歩きしすぎたせいで手持ちが多くはなかった。

 だが古着屋であろうとも多くの衣服が並ぶこの場所はなかなか目にしないことで。リリアはもちろん、俺だって少し興奮していた。


「わあ……すごいわね……」


 リリアが感嘆の声を上げる。やはりリリアも女の子だ。恐る恐るといった調子で並ぶ服に触れる。恐る恐ると言うか、たぶん始めてきたからどこから見ればいいかわからないのだろう、キョロキョロと迷い子のように辺りを見回していた。でもその目はプレゼントを前にした子供のようにキラキラと輝いている。そこに先ほどまでの沈んだリリアはいない。とりあえず目的は達成したようで、安心から小さくため息をついた。


 でもどうせなら、もっと楽しんで欲しい。リリアにはお世話になってるんだ。楽しませてやりたい。

 そんな気持ちがどこからか湧き上がってくる。


「……よし」


 どちらにしろ、俺は服には、あまり興味がない。誰に見せるわけでもないし、女の子のように着飾ろうとも思わない。

 だから、今はリリアのことに専念しよう。


 あいにく俺はファッションのことはよくわからない。どれとどれを組み合わせると可愛いなんてよくわからない。でもとりあえず、俺の直感でこれをリリアが着たら可愛いだろうなと思うものをいくつかとり、リリアをそれと共に試着室に押し込んだ。


「リリアー。まだかー?」

「もうちょっと待ってーーまったく、あんな風に押し込まなくたっていいのに……」


 試着室のカーテンの向こうに呼びかければ、小さくそんなことが聞こえた。

 思わず笑みが漏れる。どうやら俺のお姫様は少し拗ねてしまっているらしい。


「だってリリア迷い子みたいになってたじゃないか」

「う、うるさいわね!」


 ああ、楽しい。

 今までずっと逃げ続けてきた。人間なんて自分を捕まえるハンターで、みんな信じられなかった。

 だからこんな軽口の言い合いができるのがとんでもなく嬉しくて。この時間が、この関係が、何よりも愛おしい。

 こういうなんてことない時間が、俺にリリアを失いたくないという気持ちを気付かせる。



 少しして、シャアッという音と共にカーテンが開かれた。


「えっと、着てみたけど……その、どう……かな?」


 そこには落ち着いたワンピースドレスを身にまとったリリアがいた。腕とか足とかが露出しているのが慣れなくて気になるのか、そわそわと落ち着かない。恥ずかしそうに顔をほのかに赤く染め、上目遣いで不安げにこちらを見つめていた。

 その姿に、少し鼓動が早くなった気がした。


「……かわいい」

「かっーー!!」


 それは自然と口から出ていた。

 落ち着いた雰囲気は彼女によく似合っている。それにワンピースドレスを着ている彼女は年相応に見えて。普段とのギャップもあって余計に可愛く見えるのだ。

 少しワガママを言うなら、ウィッグを被った姿じゃなくて、いつもの赤髪の時に見たかったくらいだ。

 自分が勝手に選んだものだから似合うかどうか不安だったが、ちゃんと似合っていて安心した。

 当の本人は顔を真っ赤にしたまま、パクパクと口を動かしているが。


「その、かわいいって言ってくれたのは嬉しいんだけど、み、見過ぎだから……」

「あ、ああ……ごめん」


 どうやら夢中になりすぎていたようだ。そりゃ、ジロジロ見られるのは気持ちいいわけがない。

 実際俺も、少し離れたところからニヤニヤ笑いながら俺たちを見ている店員さんの視線が気になってしょうがない。

 どこか照れ臭くて、頬をかいた。


「……買う」

「え?」

「これ、買うわ」


 リリアは突然それだけ言って、また試着室に引っ込んでいった。


「まだ決めなくてもいいんじゃないか?他にもいろんな服あるぞ?」

「いいの! これで!」


 カーテンの向こうから返ってきた、少し強めの言葉に俺は口を閉ざすしかなかった。

 彼女がそう言うなら、しょうがない。

 でもまだ試着室には俺が渡したものが何着かあるし、この店にもまだまだある。なんなら服を売っている店自体もまだいくつかあるのだ。

 それなのに一回着ただけの服に決めるなんて、なんだかもったいない気がした。持って着ている金にも制限はあるし、何着も買えるわけじゃない。もう少しいろいろ試してからでもよかったのだ。

 決していろんなリリアを見たかったとかではない。決して、ない。



 あの後もいろいろリリアに言ったが、結局あの服をリリアはニヤニヤした店員に見守られながら買ってしまった。もったいない。


 ――まあ、リリアが嬉しそうだからいいけど。


 どこか足取りも軽やかになった、少し前を歩くリリアを見てそう思った。

 買った服の入った袋を抱えて歩くその姿はどこからどう見ても幸せそうで、今にも鼻歌を歌いそうだ。


「でもアレン、よかったの? 自分の服は買わなくて」


 そう言ってリリアは顔だけこちらに向けた。


「ああ。今ので十分だし、オシャレにはあまり興味ないからな」

「そう、残念ね」


 何が残念なのだろうか。聞こうと思ったが、先にリリアが前を向きなおしたのでなんとなく聞きそびれた。まあ、大した理由はないだろう。


 上を見上げれば、そこにあったのは朱色に染まった空。赤色に金色を混ぜたような、強烈な色彩だった。

 あたりを歩く人も少なくなった気がした。昼間ほどの活気は感じないが、その代わりどこか怪しい雰囲気が漂い始めている。夜の時間、と言うことだろうか。多くの店が店仕舞いを始める中で、飲み屋のような雰囲気の店がぼちぼち回転し始める。なんなら、もう酔っ払っている人までいた。

 それぞれが家に帰るのか、たいていの人が同じ方向――俺たちの歩く向きと逆向きに、ガヤガヤと騒がしくしながら歩いていっている。


「もう、こんな時間か」

「そうね。でもまだまだでしょ?」


 なんとなく口から漏れた言葉に、リリアはそう返した。

 やはり楽しそうなリリアに、「ああ」と俺も返した。


「じゃあどこに行きましょうか。楽しみね。昼と夜じゃ、都は別世界みたいだもの」

「まあその代わり危ないことも増えると思うけどな」


 夜というのはそこが栄えていようが廃れていようが悪事が働きやすい時間だ。ここは都。悪人がいても当たり前だし、悪人じゃなくとも酔っ払って悪事を働いてしまうかもしれない。


「だから、あまり調子に乗らないほうがいいんじゃないか?」

「大丈夫、大丈夫! 自分の身くらい自分で守れるわ」


 ――そう言う奴が一番危ないんだ。


 そう言おうとした所でこの前の依頼のこと思い出し、やっぱりやめた。


 そこから少し歩き、突然「あ」とリリアが声をあげた。どうやら次の目的地がきまったようだ。声に喜色がこもり、リリアの歩く速さが少し上がる。


「じゃあ、次はあそこに――」


 彼女がそこまで言った時だった。

 前方からこちらに二人の青年が軽快な足取りで走ってきていた。息を切らせながらも、その表情には抑えきれない興奮を写している。


 それは俺たちの横を通り過ぎる瞬間だった。

青年の片割れが、言葉を発した。


「この街に、都に――アグネス様が来てるってよ!」

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