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17話 疑惑と発覚



 村長が落ち着いたのは、それから二〇分ほどだった頃だった。もう外は暗闇に包まれ、完全によるだ。村長がもってきた短いろうそくが机の中心あたりに置かれ、ゆらゆらと俺たちの顔を照らす。決して明るいものではなく、時々吹く隙間風もあり、かなり不気味な雰囲気を醸し出していた。


「すみません……みっともないお姿を……」

「いえいえ、とんでもない」


 リリアはペコペコと頭を下げる村長を止め、そう笑いかけた。

 ああなるのもしょうがない。それを俺もリリアもよくわかっている。


「それで、報酬の件なのですが……」


 さすがに今お金の話をするのは躊躇われた。

 だがそう言うわけにもいかない。もともとこのために来たのだ。ボランティアでも、慈善事業でもない。

 幸い、村長に気を悪くした様子はない。「ああ、ちょっと待っててくださいね」とだけ言って、奥の部屋に消えていった。


「やっぱ、気がひけるな」

「確かにかわいそうではあるけど、そんなこと言ってたらこっちが危ないわ」


 リリアの言うことももっともだ。お金がないからこんなことをやっている。

 頭の中ではそうわかっていても、罪悪感が完全に消えるわけじゃない。

 そんな俺の気持ちが顔に出ていたのか、リリアはハァと小さく息を吐いた。


「どちらにしろ、あの村長にとってもプラスなのよ?」

「どこがだ。村の男を殺されて。さらにお金まで巻き上げられて」

「私たちが来ただけでも幸運だったってこと。教会には毎日大量の依頼が舞い込む。彼らだって一つの組織よ。依頼料が多いところから優先するのは、あたりまえでしょ」


 俺は何も言い返せなかった。

 教会は今やこの世界になくてはならない組織だ。聖教者の数も膨大。だが無限ではない。手の数は有限だし、時間だってそうだ。ならどの依頼から手をつけるか、優先順位がつくのは当たり前。


「きっと私たちが来なかったら、この依頼が達成されるのは何年も後のことだったでしょうね」


 当然とばかりに軽くリリアはそう言った。

 いや、実際彼女にとっては軽いことなのだ。結局リリアにとってはあの村長も敵なんだから。


 わかってはいるが、どうにもやりきれない。彼女はこんな俺を甘いだなんて言うんだろうか。

 なんとも言えない感情にウンウン唸っていると、向こうから袋をジャラジャラ鳴らしながら村長が帰って来た。


「どうぞ。これが報酬です。大した額ではないですが……これ以上は。これでも村中からかき集めたのです」


 袋の中身をチラリと覗き見た。スイカくらいの大きさまで膨らんだ袋の中にあったのは、大量の金貨。

 驚きで思わず目を見開いた。声を出しそうになるのを慌てて抑える。

 なんて額だろうか。これだけの金があれば、家が数件は建つ。かき集めたと言うのは比喩でもなく、実際に村人達のほぼ全財産といってもいいのだろう。これでも少ないと言われる依頼料。通常だとどれくらいの金額なのか、考えるだけでも恐ろしい。


 その時、「受け取って」と小さくリリアが俺に呟いた。指示通り、その袋を持った。ズシリとした重りが腕を襲う。お金の重みだけじゃない。村人も思いもきっとこれには含まれているのだろう。



「じゃあ、失礼します」


 とりあえずこれで依頼は完了だ。リリアが立ち上がり、続いて自分も立ち上がる。

 振り返り歩き出そうとした時、「あ、待ってくだされ」と村長に呼び止められた。


「……なんでしょう」

「最後に、一つだけ、聞かせてはくれませんか?」

「……はい」


 村長の縋るような視線に思わずそう返していた。会話が増えればバレる危険も増える。俺を咎めるような、隣から刺さるリリアの視線が痛い。


「そちらの、女性の方」

「……私でしょうか」

「はい。あなた様はもしかしてーーアグネス・ベルランド様でしょうか」

「ーーっ!!!」


 まただ。また、あの名ーーアグネス。

 何者なのだろうか、そいつは。少なくとも、リリアにとって大きな存在なんだろう。再びその人の名前を出され、目を大きく見開いて只事ではない表情をしているリリアを見れば、それは明らかだ。


「ずっと気になっておりました。その燃えるような髪にその瞳。私は本物は見たことがありませんが、聞いた通りの特徴でございます。あなたはーー」


 そこまで村長が言うと、リリアは戦慄の表情を浮かべた。

 何がそんなに恐ろしいのだろうか。

 その名が口から出ること? 自分と間違えられること? それともーー俺に聞かれること?


「ーー最強の聖教者、アグネス・ベルランドではないですか?」

「っっ!!」


 俺は息を呑んだ。

 ああそうだ。思い出した。いつそれを聞いたかはもはや覚えていないが、どこかでその名を聞いたのだ。

 教会所属の聖教者の中で最強である、紅い聖教者のことを。

 アグネス・ベルランドは有名だ。誰よりも魔を憎み、誰よりも魔を倒してきた。狂気的とも思えるその様子は、天使側の人間からしたら英雄のように見えるようで。絶大な信頼と、天使のように信仰されている。


 だが、リリアと彼になんの関係があるのか、全くわからなかった。髪の色が同じと言うことだろうか。だが、紅い髪はそこまで珍しいものなのだろうか。


 横目でリリアを見れば、先ほどの表情のまま固まったかのように動かない。

 村長は、そんな彼女を疑問に思っているようだった。


「おい、リリア。しっかりしろ」


 リリアにしか聞こえないような小さな声で、見えないように小突きながらそういった。

 それでリリアは正気に戻り、「ごめんなさい」と呟く。でもやはりどこかまだ万全とは思えない。


「申し訳、ありません。私はアグネスではありません。そもそもアグネスは男ですよ」

「ああ、そうなんですか? すみませんねぇ。なにぶん、こんなところに住んでいると情報も回ってこないもので。でも、何か関係はないのですか?紅い髪なんて、そうそうありませんでしょう?」


 アグネスとの関係。

 ゲルガもそう言っていたのを思い出した。

 リリアは何も言わない。ジッと村長を見つめている。

 だが何か確信があるのか年に似合わない村長の強い視線に負けたのか、目をそらした。そして観念したように息を吐くと、口を開いた。


「アグネス・ベルランドはーー」


 それは絞り出すような声。必死に真顔を保っているがどこか苦しそうで。


「あいつはーー」


 聖教者なら、アグネスには『様』をつけるべきなのにそれすらも忘れてしまうほど切羽詰まって。


「ーー私の……兄です。私の名前はリリアーーリリア・ベルランド」


 その口から発せられた言葉は、俺に衝撃を与えるのに十分すぎた。


 ――最強の聖教者が……リリアの兄!?


 思わず叫びそうになるのをなんとか抑え込む。それほどに衝撃だった。

 もちろん彼女に兄がいるなんて聞いたことはない。そもそもおかしいじゃないか。魔女の兄が、聖教者だなんて。


「私とあいつは別人です。だから、その名で、私を、呼ばないでください」


 強調するように細かく切られたその言葉には、抑えようのない激しい感情が込められていた。視線も幾ばくか厳しくなったような気もする。

 村長はあっけにとられていた。そして申し訳なさそうな表情を浮かべ「ごめんなさいね」と頭を下げた。

 この場で悪いのはリリア。彼女自身そう感じたのだろう。バツの悪そうな顔をしたかと思うと、「すみません」とだけ言ってさっさと歩いていく。

 俺も慌てて同じように頭を下げ、リリアの後を追った。


 追いついてもなんとなく、声のかけづらい空気をまとっている。気になってしょうがないが、あの話が本当なのか、今は聞けそうもない。


 モヤモヤとした気持ち悪い気分は、再び家に着くまで続いていた。

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