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奏でよ怨者  作者: あじふらい
1 旅は道連れ
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それぞれの選択

道隆は、大きな部屋に通された。千夜と梨果は、勇者ではないということで、先に別の部屋へと連れて行かれた。皇帝との謁見の間であるというので、おそらくテンプレが続くのだろう、そういう考えでいた道隆は納得してついていく。


足が包み込まれるような毛足の長い赤い絨毯が延び、その先には金や宝石がいたるところに散りばめられた玉座がある。その横の少し豪華さを抑えたところに座るのが、シハーナである。彼女はニコニコと笑みをたたえている。

実際のところ彼女達の座る椅子一つ改造するために、何人の人間が散っていったかなどは全く考えていない。


今を享楽的に生きれれば、それで良いとする者であるからだ。


あちこちに豪華さが恐ろしいほどに散りばめられた壁や床にさすがお城だと道隆は思いながら、教えられたところで跪く。


国王はしわがれた小男であり、完全に衣装に負けているが、そんなことを気にする道隆ではない。彼が守ろうとしているのはシハーナであり、眼前の男は全く興味がないのだから。


「貴殿が……そうかぁ」

「は、はい!」

「ふぅん。シハーナ」

「はいお父様!——勇者様、我々はただいま、かなりの窮地に陥っています」

それは、語られるにはおぞましいほどのことであった、と彼女は目を伏せながら言う。


十年ほど前に、西方に魔王が出現した。その力たるや凄まじく、その脅威は底知れない。一吼えで山は揺るぎ、木々は吹き飛ぶ。腕を振るえば、地を砕く。

そしてその部下たちも、悪逆非道な者たちばかりであった。その時より、国は衰退の一途を辿っている。


一度大きな討伐隊を出したが、数を大幅に減らされてそれ以降国防さえままならない。勇者につけるには、かなり不足と言わざるをえない人数。けれど、それでもその者たちを倒さねばならない。

魔王は民衆を洗脳しているため、軍がこの国の外に出ればかなり白い目で見られるだろう。しかし魔王は倒さねばならないが、もし民衆が死んだらと思うと、全く手が出せないでいた。

それでも方法を模索し続けた。そこであったのが、勇者召喚の儀。


国にかなりの損耗を与えるようであった召喚のための材料も、何とか用意して、藁にもすがる思いで呼び出したのが道隆たちであった。

その方法で呼び出した勇者が人を殺しても、魔王が死ねば全てが元に戻るという。操られていた人々は魔王の影響下にあったため、その力が失われればその人たちは生き返る。それゆえに彼はその力を求められる。

そんな少し考えれば殺しへの忌避感を薄くさせるためだけのおためごかしな言葉を、彼は目を丸くして聞いていた。

「……なるほど、そういうわけだったのか」


その思考は単純であり、そして人が死んでも蘇ることを聞いて、彼は頷く。

実際考えている振りは、この時はポーズに近かった。

思考を止めて、ただただ己が賞賛される未来だけを思い描き、彼は笑う。


死なないのならば、やっても構わないだろう。いや、むしろ、魔王を倒すなんて——思春期ならば一度は夢見るシチュエーションに、彼は高揚感を覚え、後先考えなくなっていた。ゆえに、彼は「わかりました」とその話を受けることにする。


シハーナが嬉しそうに顔を綻ばせたのを見て、彼は心のうちにおぞましいほどの独占欲が湧き起こるのを覚える。

それもそのはず、彼女が身につけていたのは、『魅惑の宝玉』という皇帝一族が代々継いできた曰くつきのネックレスだからだ。


皇帝に独占欲を抱かせ、ついでに子供を絶やさぬように足繁く正妃の元に通ってもらうため、御用達の魔道具を作る者たちに依頼して、当時の奴隷を半数徴収して材料を確保して行われた。


それは最低最悪の皇帝一族の愚かな所業として他国及び少数民族達の歴史書には刻まれるが、そんなことは一切この城の内部の図書館にある蔵書に載っているはずもない。

歴史とはそれぞれの国の、人の見方であり、それ自身で変化していく。完全に客観的な歴史書など存在しえない。


例えば、セグリア帝国にディートリッヒ王国が『侵攻した』と言うのと、ディートリッヒ王国がセグリア帝国の民の『救済を行った』と言うのとでは、言い方は違えど行ったことはディートリッヒ王国がセグリア帝国に干渉したに他ならない。


そう言った意味では、セグリア帝国の民を人とは思わない、命を持つ奴隷を物と思うような行動を取っているのも、セグリア帝国から見れば『資源の損耗』としか描写されないものだった。


そんなこととはつゆ知らず、道隆はそれ以降勇者としての活動を始めると『契約書(せいやくしょ)』にサインしたのだった。その時に左の胸に浮かび上がった紋章に、一つも疑問を抱かずに。




**********


「総員固まれ!隊列を崩すな」

ヌァザは舌打ちをしたい気分だった。己が失策ではないにせよ、その元凶は己が部下が引き起こしたこと。加えてその物資の調達を人任せにしたこと。


「いくら親切ごかしに俺を陥れようとしたとて、この程度で死ね、るか!」

背後の魔物を振り向きざま斬り払う。ヌァザが思い浮かべていたのは、自身が参加した会議の情景だった。


早々に集まった仲間たちが、神妙な面持ちで大隊長の宣言を聞いた。本来ヌァザの立場では、参加すら難しい近隣の『街議会』。街の代表者や、街を守る大隊長のみが出席可能な、街の方針決定のための会議。

そこで告げられた戦争の可能性に、動揺したのは特例で参加を認められたヌァザだけだった。


他の人たちが動揺を見せなかったのは、おそらく事前にある程度のことを聞いていたからだろう。その人達は口々に、「今の国力ならなんとか凌げるのではないか?」という意見がまともだと思えるほどに、楽観的な意見しか出さなかった——ヌァザが立って街の現状を吐き出し始めても、それは止まらなかった。


『戦など、今の国力で正気なのですか⁉︎』

『コレは多数決で決定したことだ。上への異論はここで棄却する。ヌァザ、君は優秀だ。だが、優秀すぎるのも問題だ——私の言いたいことがわかるならば一度下りなさい。頭を冷やせ』

考えれば考えるほど、理不尽だとしか言いようがなかった。けれど、この事態を何とかするために一心に動いていたというのに。


ヌァザは身体を引かれる前の弓の如く矯めると、弾かれたように飛び出していく。

その姿は流れるようであり、流星の如くだ。

焚いてある香は、すぐに砂漠の乾いた風に散っていく。だが、かすかな残り香にさえ惹きつけられるのだ。どうしてヌァザ達が安全とは言いきれよう。

ヌァザは、その状況をすぐさま飲み込み、今できる最も最高の判断を下した。


「全員、無人のオアシスを目指す!最悪補給物資は捨てても構わん、各自持ち切れるのみを持て!」

『はっ!』


——結果として、ヌァザ達は正しい選択をしたことになる。

普通に予約投稿し忘れただけのおバカ…バカバカ!

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