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奏でよ怨者  作者: あじふらい
プロローグ
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プロローグ⑥

これでプロローグ(笑)は終了です。

トゥルシャナの(かんかく)に飛び込んできたのは、ただ赤い風景。そして、攻め込んでいる男たち、それに酷い怪我を負って応戦している男たち。

魔力だけが見えるが故に目を閉じられない弊害。


「あぁ、ああああああああああ!!!!!やめろ!!!!!ルージェシュ、ベルマーレ!トベレキ、ザザレグ!!!!!」

彼は集落の仲間の名を呼びながら、砂蜥蜴が走るスピードを速める。走るより断然早いこともわかっていて、彼は降りることだけはしなかった。


帝国の軍人の色は全て覚えた。全部で24の騎士、そして一際輝く魔力の持ち主一人。兵士は皆殺しにできても命令には背けない。だが殺す。


遠すぎる。後半刻はかかる。

荷を捨て砂蜥蜴のスピードをいくらあげても、不可能だとはわかっていた。けれど、いきなり集落が爆発したなんて、そんなのは認めたくない。

脳内をじりじりと焼く焦燥。

胸を焦がす慟哭。

身体を蝕む憤怒。


球形のものが飛んで行って、それが爆発した。悪魔の武器(デベア)とでも呼ぶべきか、それが皆の命をどんどんと奪い、火の粉が辺りを包んでいる。

手のひらに爪が食い込み、血が出る。恐ろしいほどにトゥルシャナの端正な顔は歪んだ。心が怨嗟の声を上げ、内側には暗い炎が燃え盛る。


「ああああああああああ!!!!!なぜだ、なぜっ、なぜ!!!!!」

自分がいなかったから?

キャラバンが足止めをくらっていたから?

万一助けを求めてもトゥルシャナが来られないように?


だから、だからあの時の火蛇が、そうかそうかそうだったのか、だから、だから!


「すべてが、罠だったんですか」


泣くには早い。まだ奴らを殺せていない。

泣いてはならぬ。泣くのは復讐が終わったらだ。

トゥルシャナはようやく視認できるところまでやってきて、吼えた。




半刻。それはとても長かった。そこにたどり着くまでに騎士は撤収していて、しんがりを務めた者しか殺せなかった。

トゥルシャナが崩れ去った故郷に戻ると、中央の方に一つだけ、消えかけているが確かに息のあるものがいた。


「ッ!!!!!」

彼は走り出して、瓦礫を登り、そこへたどり着いた。倒れていた少女は馴染み深い魔力の色をしていた。いつも明るい声で、自分を呼ぶ少女の、今は弱々しいその声。


「ぁ、おかえり、なさい…トゥルシャナ様…」

「エルシャダ!」

両脚が瓦礫に挟まれている。トゥルシャナはそれを片手で吹っ飛ばすように押し除けた。その膂力を以ってして、それくらいは造作のないことだった。


「ぐぁあ…!」

エルシャダの脚は、ぐしゃぐしゃに潰れていた。もうこうなっては切るしかないだろう。再生のための魔法すら効かないし、それ以前に敵の身体を傷つけたり、精神の沈静化や興奮を行う魔法しか行えないトゥルシャナはそれをすることはできない。


「エルシャダ。今から脚を切り落として、焼きます。絶対に、動かないで」

「…わか…た。もう、この脚…ダメ…だよね」

彼は長剣を振り下ろして、肉と骨を断つ嫌な感触に眉ひとつ動かさず、次の瞬間痛みを感じる間もなく傷口を焼いた。


「ぁぁあああああああああああ!!!!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!」


一拍遅れてやってきた痛みに、彼女は唇の端から泡をこぼしながら、叫ぶ。

人が違ったように泣き叫ぶその姿は、トゥルシャナの心に楔のように入り込んで、軋みを与える。

トゥルシャナは彼女が落ち着くまでその手を握り、じっと耐えていた。




「落ち着きましたか?」

「…まだ、痛む」

「止血のためとはいえ、傷口を焼きました。魔奏は精神的あるいは肉体的攻撃手段しか存在しませんからね…しばらくは痛むでしょう。ああそうだ!あの香…」


トゥルシャナは魔物よけの香と言われた物を取り出すと、それをドロジアで作ったカップに入れて、水を注ぐ。

実際のところ、これは魔物寄せの香であった。今現在のあの人物たちのことを知る由はないが、大したこともないだろう。

魔物寄せの香には、レレム草というものが含まれている。それには鎮痛成分が存在し、そのまますりつぶして飲めばかなりの薬効が得られる。今は水に溶ける成分の他にないこの香でしか無理だが。


こくこくと飲み干して、エルシャダは一息つく。じくじくとした痛みが引くには、まだ四半時ほど要するだろう。

「…痛みが引いたら、眠気がきます。その前に、聞いてもいいでしょうか」

襲撃者のことを。

トゥルシャナのその言葉に彼女は頷く。

己も思い出すだけで吐きそうになるあの光景を、彼女は目に焼き付けて忘れなかった。


「襲撃してきたのは、帝国の軍人の人だった。私が声すら出せなかったから、最初の爆発で生き残った人は私以外、みんな追撃で殺された」

そんな言葉から始まって、彼女がすべてを語り終えると、トゥルシャナは唇を血が滴るほどに噛み締めていた。


「…帝国の徒が、誇り高きアルトハを焼き殺すか‼︎」


ビリビリと響いた叫び。

日頃あれだけ居丈高に振る舞い、誇りを説いておきながら、その仕打ちたるやまさに恥辱を与えている。トゥルシャナの怒りを見て取ったエルシャダは、痛みに顔をしかめつつも体を起こす。トゥルシャナは慌てて彼女を抱きとめる。


「エルシャダ!まだ動いては、」

「…ッ、トゥルシャナ様がその気なら、ううん、そうでなくても私は手伝う。脚がなくても、戦えるようにする。手がちぎれたら、喉笛を噛み砕く。首だけになったら睨み殺す。どんな手を使ってでも、奴らを皆殺しにしてやりたい」


ストゥージは目の前で吹っ飛んできた瓦礫にぐしゃぐしゃに潰された。己の祖父であり、族長でもあったアルヘアは、謎の物体に直撃されてバラバラになった。

「…大変ですよ」

「わかってる」

二人は互いを見交わして、互いの決意が全く揺るがないことを知った。トゥルシャナとエルシャダは額を竪琴に当てる。

「「我らアルトハの民、必ずや怨敵を討ち滅ぼさんことをここに誓う」」


——ここに、二人の復讐鬼が誕生した。

次回、所変わって時系列遡り、半年前の帝国の央都のお話。

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