プロローグ⑤
プロローグって段々適さないような気も…まぁいいか?
「ストゥ、お茶淹れたよ。お爺様も一緒に飲む?」
トゥルシャナを呼びに行く役をいつも仰せつかっている少女——エルシャダは己の祖父、アルヘアに尋ねる。
「おぉ、すまんのぅ。最近トゥルシャナのやつも大人びてのぅ…わしゃ寂しいわぃ」
「ええ?前から結構大人だったよ?」
「ふぉっふぉ…わしからみればぁ、ただの小僧じゃのぅ。あちち」
エルシャダは首をかしげる。
トゥルシャナはいつでも兄のようだし、眼を閉じてはいるけれどとても綺麗な顔立ちをしているし、楽器も上手くて——。
そこまで考えて、エルシャダは己の顔が熱くなるのを自覚する。
「あー!エル、もしかしなくても若長様のこと好きなんでしょう!顔が真っ赤だよ〜?」
「ち、違うよストゥ!これは…そう、日に焼けちゃったんだよ!」
「昼間外に出てないくせに?」
「うぐっ」
「観念しなさい!バレバレだよ!」
真っ赤になったエルシャダはがくりとうなだれる。
確かにそうなのだが、他人から指摘されると恥ずかしいものがある。彼女は初恋だし、現長の孫ということや、年の頃を鑑みても脈ありと言っても良いだろう。
いつからと問われれば、三歳の時には既に彼のお嫁さんになる!と公言していて——また熱くなる頬を両手で挟み込んで隠すようにすると、彼女は深呼吸をした。
「絶対にトゥルシャナ様には内緒ね?」
「ん!わかってる」
こういう口約束は心配なんだよ——とは言えずに、彼女は溜息をついてそのままお茶を飲み始めた。口の中に放置していた茶葉の苦味が広がり、からかわれたことへの不満と気恥ずかしさも相まって、さらにイライラとする。
「全く、ストゥのせいだよ?お茶が苦くなっちゃった」
「私のせいじゃないですー。エルが動揺しすぎなんだよ」
そんな風に混ぜっ返されて、エルシャダの頬は膨れた。ストゥージはその顔を見ながら、ほっぺたを突っついて空気をプスっとださせる。
まさに平和と言っても差し支えない、そんな空気。
と、今まで一度も開いたことのないアルヘアの瞳が見開かれる。濁ったような目の色は青灰色で、二人はそのただならぬ様子に口喧嘩をやめて、見守る。
「…なんと、そんな…帝国は、」
そんな言葉が老人の口から漏れて、彼は膝の上の竪琴を関節が白くなるほどに握りしめた。もはや彼には歩くほどの力も残っていない。
だというのに、よりによってトゥルシャナがいないこの時に——。
「聞け、二人とも。決して叫んだり、泣いてはならん」
族長の初めて聞く固く重々しい語調に、二人はピシリと姿勢を正す。あちこちの家屋からは楽器の美しい音が聞こえて、その静寂によく響き渡る。
「帝国に囲まれておる。今すぐにそれぞれの家に通達せよ…彼方の装備はクロスボウ。加えてよくわからん鉄の塊も置いてあるが、おそらく飛び道具…そんなものを持ち出されて、勝てるとは思えん。わしを置き去りにして行け」
「そ…んな、お爺さ、」
「ならん!良いか?彼方が脅威に感じておるのは魔奏の使い手だけじゃぞ。わし一人いなくなろうと、トゥルシャナが——」
そこで、敵に動きがあったのを察知して、アルヘアは手に持った竪琴を掻き鳴らした。魔力のこもらない音であるがよく響き、周囲の家からの音がピタリと止んだ。
「お、お爺様。その和音は、」
「…相手方は攻め込むことにしたようじゃ。武器を取り、我を置き去りにしてすぐに一点突破せよ」
その言葉に、集落を捨て、己はそこで最期を迎える気でいるアルヘアの覚悟が読み取れた。二人は鼻をすすり、顔を歪ませる。
緊急事態なのはよくわかっている。すべきことも。
けれど、理屈ではなく、ただ故郷を捨てることが悲しくて。
「なぁに、心配しなさるなぁ。わしはお前らをちゃーんと逃してやろぉ」
いつもの口調に戻り、にっこりと笑って二人の頭を撫でる。
二人は手に手に食料と水を入れた背囊を背負い、立ち上がる。布を身体中に巻き、手には長剣を握りしめている二人は、「行ってきます」と一言添えて、遊びに行くかのように外に出た。
大体そうして、すべての大人も子供も集まった時には、周囲は包囲されていた。
そこから突撃してくる気配が一切ないのに気づいて、アルヘアは眉をひそめる。都市の広場はまっすぐ向かえず、見えることもないから集合場所はそこであろうが…。
アルヘアは竪琴をかき鳴らし、退けようと指をかける。
その次の瞬間。
小さく「撃てーっ!!!!!」という声が微かに風に乗って響き、次いで爆音が幾つも鳴り響き。
崩れ。
熱く。
熱し。
弾け。
吹き飛び。
アルヘアがどうこうできる問題ではないと気づいた時には——既に目の前で爆発が起こり、アルヘアは体がバラバラになるのを感じた。
次でプロローグは終わりにするつもりです!




