殲滅戦
もうすぐ終わり。
あと一、二話かな?
水魔は、あたりを見回した。
手強い生き物が、パラパラといる。しかし、それ以外の美味しそうな餌がいっぱいある。
肉がぶるぶると疼くのを感じた。最近は水ばかりを飲んでいたから、肉が食べたい。
手強いのは後回しにしても十分だ。
水魔は次々突っ込んでくる兵士の手足を搦め捕りながら、溶かして行く。その肉をすすり、骨は外へぺっと吐き出す。
半狂乱になった声が聞こえるが、水魔がそれを気にかけることはない。しかし、唐突に上から水を浴びせかけられて、それをすべて飲み込む。
消化しかけの液が外にこぼれ出て、それから唐突に水が抜けて行くのを感じた。
なんだこの水は。
なんだこの、目の前の生き物は。
恐ろしすぎる。
水魔が最後に感じたものが、彼の本質である。
「合図もあったので、存分に。どうです?消化液は」
「んグァ……ぁああああ……」
二人の人影に向かって、笑みを浮かべて傷口に何かを落とす。
「ぎぃああああああ!?」
「おやうっかり。塩をかけちゃいました、痛かったですか?ごめんなさい」
トゥルシャナは木の棒で傷口をえぐりながら、「今出してあげますねー」と呑気に笑った。
「やべろぉおおおお!!あぁああああああ!!」
「うるさいんですよ。ああもう時間がない、か……門の方に行って、開門しなきゃ」
トゥルシャナはその手足を無理やりちぎるようにして、折り取った。
わけのわからない叫び声があたり一面に響き、トゥルシャナは唇を歪めた。
「そこでしばらく死んでいてくださいね」
「あぁ、ひっ……」
一人は痛みでショック死、もう一人は瀕死。
まあ、どうせもうどうにもできないだろう。
トゥルシャナは、改めて門の方へと駆け出した。
水魔はすでに干からびて、ボロボロに崩れかけていた。
門の場所には、兵士が多く集まっていた。暗がりから一人を絞め殺し、その鎧を奪う。ほとんど下に着ていた服は変わらないので、そのまま鎧を身につけて、それから周囲の兵の数をじっくり見る。
質はかなりのものであるが、連帯感は薄い。
数はかなりのものだが、水魔に食われた死体もかなりあった。どうも中にいた民衆は逃げたようであるが、内側で暴れてもそう殺しきれる気はしない。
「……よう、酒、飲まねえか?」
トゥルシャナの肩を叩いたのは、一人の片目に負傷した男だ。
「いや、下戸なんで」
「そうかそうか、はっはっは。真面目だなあ、外のやつとは1000は兵力が違うんだからよ。まあ、気楽に行けや」
「はい」
一応の目星はざっくりつけると、トゥルシャナは剣の柄を片手で撫でさすった。革のしっとりした感触が手に馴染んで、今にもぬきはなって肉を切り裂きたくなる。
「はっ……」
ブルリと身を震わせてから、鬨の声が上がった瞬間、トゥルシャナは懐の中に忍ばせていた楽器をかき鳴らした。
瞬間響く、地面の爆発音。
トゥルシャナの周囲の人々が吹っ飛び、トゥルシャナはそれを風の盾で受け流し、弾き飛ばす。
その全てが終わった瞬間に、後方に居残っていた19の気配は動揺した。まさに今、この場所で、数の優位性はほとんど消えた。
「ふふ、さてあとどれくらいでしょう?」
門は崩れ去って、そこを踏み越えて兵士が入ってくる。動揺しきっている兵士には、荷が勝ちすぎているだろうと予測し、彼は駆け出した。すると、それに並走する気配が一つ。
エルシャダだ。
「エルシャダ、よくここにいるとわかりましたね」
「いえあの、中にいる人が教えてくれました」
「先ほど二人ほど始末してしまいましたが、あの天幕に集まっている人間が、そうですよ」
二人は顔を歪めた。
そのいずれも喜びに満ち溢れた、嗜虐心をのぞかせるものであったが。
楽器に手をかけると、トゥルシャナは微笑んだ。もうこの速度勝負の段になれば、いたぶることはできないだろう。
「一人ずつじっくりは殺せないけど、これでやっとみんなの仇が討てますね!」
「ふふ、そうですね」
天幕に突入すると、その場所に座っていた人間がまさに出ようとしているところだった。
「え?」
「今晩は良い月ですね」
ずちゃあ、と重く湿った音が響いた。剣の鈍色に赤い色がへばりつき、重力に押し負けて下へと滴って行く。
「ぅ、あ」
「全員揃ってますね。さあエル、行こうか」
「はいっ!」
元気よく返事をしたエルシャダは、右足の大腿にあった仕掛けを、作動させる。爪先からじゃきんと刃が飛び出した。
出口は一つ。そして、彼らはそこを通り抜けようとして、次々と肉塊に変わって行く。
トゥルシャナがその腕で手足をねじ切り、未だ死なない者もいるが、彼らはすでに歩くこともできない。
「い、いやだっ、死にたくな……」
「我々がそう言ったら、あなたたちは殺さなかったんですか?」
バックリとその上体が割れて、中身を晒す。
何もかもが動かなくなったところで、トゥルシャナはその虚ろな目になぜか苛立ちを覚えた。
「お前らのせいで……お前らのせいで何もかも消えた!!私の村も家族も失って、お前たちは一体何がそんなに不満なんだ!!何がそんなに欲しかった!?」
死体をぐちゃぐちゃに踏み潰しながら、荒れ狂う心の中そのままに彼は絶叫する。
「貴様らの死も、貴様らの怯えも!!貴様らの不幸こそ私の幸せだ、そう思えていたのに!!——埋まらない!!喪失はお前らの死や不幸や嘆きでは全く埋まらない……」
そうか、これがあの女の感じていた空虚感だ。
復讐は、あらかた終えた。なのにどうして、心はこんなにも、寒く、貧しいままで。
「トゥルシャナ様」
エルシャダの、熱く、細い体がトゥルシャナを包み込む。
「大丈夫。私がまだトゥルシャナ様のそばにいます。全部無くしたわけじゃ、ありませんよ」
「え……る」
「ね?」
この細い体のどこに、そんな力があるのだろう。
トゥルシャナはその熱に包まれたまま、意識を失った。
エルシャダが気絶したことを確認すると、エルシャダは頬を緩めた。死体に駆け寄りそして、それを力一杯、蹴り飛ばした。
内臓を撒き散らしながら、あるいは血を吐き出しながら、それは飛んで行く。
「ぁはっ」
どうしようもない喜悦は、眠りについたトゥルシャナの耳には届かなかった。
やだなー復讐したあと正気に戻るなんて。
虚しいとか考えるだけじゃ、つまらないじゃないですか。
……とか思ってたらヒロインの暴走よ。
どうしてこうなった。




