謀略と人心
女心と秋の空。
ジギシャの目の前には、震えている娘が二人。
どうするんだこれ、という思考が彼の中でぐるぐると回るが、結局いい考えは思いつかない。
この二人はきっとそれなりにあの勇者とかいうやつを慕っていたんだろうが、実際に考えてみればあの悪魔のような武器を生み出した人間だ。
戦う力を持っているのが特権階級であるというのが当然のこの時代において、彼は無力な人間が持つことのできる強力無比な武器を提供した。
加えて、彼は思慮分別に欠けている。
魔族と目の前の女は言ったが、実際にそれが攻めてきていると言って殺させたのだろう。そして、隷属紋の契約書にもホイホイと名前を書き記した。
本当に考える脳味噌があったのかも怪しいところだ。
そういうやつを彼女たちが慕っているのは甚だ疑問だ。しかし、泣いたりしているところを見るとどうも隷属などはされていないようだ。彼女たちには考える頭はあったようだ。
「……気落ちしても仕方がないです。彼を殺したのは、セグリア帝国の主です。隷属させられ、そして盾になって死んだ。わかっていて見殺しにしたのです」
「そんなっ、道隆が……あの優しかった道隆が、どうして死ななきゃいけないのよ!!」
「……お兄……ちゃん……」
ああそうか。
彼らの世界では、優しいことは美徳なんだろう。ジギシャはニンマリと笑った風に見せないよう気をつけながら、笑みをたたえた。
「お二人とも。泣いてばかりでは、彼の魂も浮かばれませんよ」
「でも、」
「我々は、この国の圧政に耐えかねておりました人々を集め、セグリアの暴君を打ち倒すつもりなのです」
死ぬ、殺すなどという言葉を使わないように注意を払いながら、彼は微笑んだ。
「……そ、そう、なの?」
「あの、皇女……どこまで私たちをバカにすれば気がすむのよ」
怒りと憎しみに震えている彼女たちに手を差し伸べながら、彼は心の中で呵々大笑する。
「他にも国の内部の集落で、生き残りが彼らを憎んでいます。よろしければ、一緒に来ますか?」
二人は押し黙った。確かにここからは、切った張ったの血なまぐさい戦いになるだろう。素人が付いてこれるわけもないだろうが、この平和ボケした脳味噌なら、必ず。
「……行きます。行かせて、ください」
「ちょっと千夜!?」
「行きたいの」
「そんなの、私たちが行っても……」
「わかってる。でも、許せない。梨果姉様だって、そうでしょ?」
唇を噛み締めて、梨果という少女の方が俯いた。ジギシャはスッと真顔になる。
「足手まといでも、構いません。絶対、あなたたちのことは俺が守りますよ」
「……ふぇ?」
ぽかんとした顔に、徐々に朱が差していく。
「なんといったって、異界からの客人ですから」
ジギシャは軍の方へ戻っていった。足の甲には踏まれた痕があったものの、後ろには少女が二人ついて来ていた。
「ジギシャさん、そろそろ交代の時刻ですよ」
「あ、ああ。すいません、今行きます」
すっくと立ち上がると、その体の上から腕がこぼれ落ちた。
「よく寝てますね」
「はあ。——ちょっと外に行って話しません?」
トゥルシャナを伴って、離れた場所に座り込む。
「どうも、慕われてますね」
「……俺の何が」
「偽善者なところですよ。ふふ、あなたは分からずとも、ね」
「——ちょっと優しくしたらあんなころっといきます普通?今日なんか二人で添い寝してくれって……あっちの女子怖すぎでしょ」
「あなたの兄が連れていくように言いましたからね。でも、あなた自身、そう嫌がっていないでしょう?」
ジギシャは返答に困って、地面の砂に指をくぐらせる。
「……まあ、いやかどうか聞かれれば、嫌じゃないですよ。でも、それとこれとは」
「同じですよ」
トゥルシャナの目が、薄く開いた。深い青から変色した黒い瞳が、彼を射抜く。
「絆されれば、恨みの念が薄れていきます。なあなあになれるんですよ、純人はね」
「……アルトハは、違うんだと?」
「寿命が長いぶん、恨みは消えないんですよ。寿命は長いものは、家族をとことん大事にして、一族に執着する。そうしないと種が保てないですから」
「そう、でしたね。人間は、あなたたちに比べるとひどく薄い、移ろいやすい意思だ」
長く、太く恨むには、気力も歳もいる。70やそこらの寿命しかない純人では、恨み続けても限度というものがある。
この目の前にいる男は、笑みの後ろで何を思っているのかわからない。
「……あなたたちとはきっと、一時だけ交わる運命なんでしょう。けれど、俺はきっとこれを失っても何かを恨み、憎むと思いますよ。なんせ、ほとんど生まれた時からこの世の理不尽を憎んで来ましたから」
「そう、ですか。……あなたの兄が何を考えているかはさっぱりですけど、私は別段あの子たちに興味がないので、捨てようが殺そうがそんなことどうでもいいですけれど」
「しませんよ、別にそんなの」
そんな言い合いを終えて、パチパチと爆ぜる火を見続ける。横に、誰かしらが座った気配がした。
「よう、ジギシャ」
「ッ、……触るな」
大声を出しそうになったジギシャに、ベーレンがニヤリと炎の上で笑った。
「楽しそうな話だったな」
「知りません」
「それで、あのお嬢さんらだがな。あいつらを連れてこさせた理由を、お前に教えとこうと思ってな」
夜はまだ、明けることはない。
家な……まだ桜咲いてないんだ。
もうほとんど散ってるところがほとんどだけど、本当に咲いてないんだよ……。




