挙兵
「俺たちには幸いかどうかわかりませんけれど、兄という手駒ができたようですし。この際、全軍の全滅を狙った方が良いんじゃないですか?」
「手駒って……扱い酷いな」
「養父にさんざ暴言を吐いてまだ言いますか?その口が」
ジギシャがジロリと睨み付けると、ベーレンは右手をひらひらさせる。
「斬る?兄ちゃんのこと斬っちゃう?」
「それこそ思うツボじゃないですか。生き恥でも晒しといてくださいよね」
辛辣な言葉に肩をすくめる。しかし、険悪ながらも兄弟だからこそ許されているような雰囲気があり、誰もその口の利き方を咎める者はいない。
「シャナ様。もう行っちゃいましょう、殺しに」
「そうですね。うだうだ考えていてもまとまらないですし」
「ここに民衆が残ってる以上、動かせるのはギリギリだぞ?食料のもんだいがあるし、水は全く心配いらねえが、地形だって変わってる可能性がある」
トゥルシャナは微笑んだ。
「途中で何度か狩れば問題ないですよ。ハイルさんもいますし」
「そうですね」
「そろそろ美味しいお肉も食べたいしねー」
三人の会話に突っ込む気をなくしたのは、ジギシャだけではなかった。
「会話、どう考えてもおかしいんだが」
「諦めました。これはもうほっとくしかないです」
「ほっといたら悪化しねえ?」
「俺たちだけで旅をしてきた、ある意味ツケですね。あの三人の体力は尋常じゃないですから」
「……お前それについて行ったんじゃなかったか?」
ジギシャの視線がさまよい始めると、ベーレンはそれを見て天を仰いだ。
今現在、兵の出陣をすれば、この国に叛意があると見なされるだろう。しかし、実際に自分がやったことから見れば、まあ死罪も妥当なほどだ。己がしたことは国の内部に騒乱を引き起こし、それから責任逃れのように殺されるべく仕向けた。
ベーレン・ノーザという男は、卑怯で、自死する覚悟すらなかったのだと、自嘲した。
ならば、やってやろうじゃないか。
「よしよし。それじゃあ、建国しちまうか」
「……はい?」
「察し悪いなあ。ディートリッヒもボロボロだし、この際どさくさに紛れて乗っ取っちまおうぜって話」
全員が凍りついた。
「そのためにはセグリアの血統は邪魔だな、者共民衆を連れて出陣だ!食料はこっちの野郎どもが道中狩で稼ぐから、気にすんなよ!」
「ちょ、ちょっと!?」
ジギシャが慌てるが、ベーレンを止められる者はいない。
「乗っ取りですか。ようやくその気になってくれたんですね」
「……私は別に構いませんよ。殺せれば、なんでも」
「私も!」
「私は、ニーへの乗っ取りをかけたことは許し難いので」
「俺は……別に何も」
理由は異なれど、その目的はほとんど同じ。ならば、問題はないだろう。
もはや国としての体を成していない彼らは、恐るるに値しないと言うように。
一方その数日後、セグリアの宮殿では、残されたわずかな使用人と、千夜、そして梨果が未だ軟禁されていた。
内部の空気がおかしいのには気づいていたし、もうもはやどうしたらいいのかわからない。道隆は生きているのか死んでいるのか、そう問いを投げても誰も返事をせずにロボットのごとく動き続ける。
「……変、です」
「本当に」
千夜たちは、思い余って外に出て見た。しかし、それを咎める者はいない。城はがらんとしていて、何もない。
裏手に回って、衝撃的な絵面に出会った。
「うおぇえええっ!!」
梨果は嘔吐を始めた。そこでは、紋のついた奴隷たちが投げ捨てられて日光で熱され、蛆が湧いていた。
「……梨果姉様。もしかして、あの人たち……城、捨てた?」
「……ケホッ……そんな、馬鹿な」
「そうだとしか」
梨果をたすけおこすと、千夜は震える体をぎゅっと抱きしめた。彼らに答える者は、もうもはや残されていない。
「お兄ちゃん……たす、けて……」
そこに怒号が響いた。門がぶち破られたのか、金属がひしゃげたようなけたたましい音。
「な、何!?」
「……敵?」
そこに一人の青年が駆けてきた。武器をすらりと抜くと、それが変形する。
「……貴様ら、そこで何をしている」
「何を……」
「答えろ。お前たちは何者だ」
「……ち、千夜、です。あの、お兄ちゃん……知りませんか?兄……」
「兄?——まさかとは思うが、ミチタカのことか?」
訝しげに動いた眉に、勢い込んで千夜は頷く。
「勇者と一緒に呼ばれた人たちですか。うわ焦った」
彼は武器を左手に携えたまま、右手で髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
「お二人とも、異界の招かれた人たちなんですか。なら、お伝えせにゃならんことがあるんで、いいですか?」
二人は顔を見合わせて、こくんと頷く。
「ミチタカは、死にました」
その瞬間、何を言われたかわからなかった二人は、ポカンとする。そして、じわじわと脳がそれを噛み砕いてわかったと同時に、青年に掴みかかった。
「ど、どういうっ、ことですか!?」
「な、何が、」
「戦いで死にました。残念なことです」
「ざ、残念な……」
ふらりとよろめいた千夜の踵が、ぐにゃりと後ろにあった死体の山を踏んだ。振り返った千夜は、震え始めて、それから絶叫し、気絶した。
「……道隆が、戦った?」
「はい。セグリアの皇族が名を書かせて隷属紋を押し、知識を搾り取って一兵士として最前線へと送りました」
「そんな……敵は!?魔族は!?」
「魔族……?恐れながら、そんなものはいないと思いますけど。この国の戦争が有利に進むために、利用されたに過ぎないと思います」
その言葉に、梨果も膝を地面につく。
「嘘……でしょ」
それを否定してくれるほど、世界は人に甘くなかった。
PVがじわじわと伸び……悩んでるね。
しかし鬱展開はやめられないのだよ。書いてて楽しい。




