表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奏でよ怨者  作者: あじふらい
3 夜明け
40/49

日本人

新章……かどうか。

少年は、恐ろしかった。

ただ恐ろしかった。


召喚と同時に引き剥がされた幼馴染と妹。

そして、気づけば戦場に兵士として追い出されていた。

見目麗しい、あの優しげな姫が、彼を陥れたのだと分かって、慄いた。


ベーレン・ノーザという男の下——と言っても末端だが——そこで働かされ始めた。

ある日、自分を振り返って見た。

汚れた全身。貧弱な体躯。冴えない顔立ち。


おそらくは、己の同行者であった二人も、同じような目にあっていたのだろう。そう考えると、苦い思いが心の中に蘇る。

「……何もない」

ポツリと呟くと、胸の徴がふと痛み始めた。


「……なんだ?」

——盾となれ。

——盾となれ。

——盾となるのだ。


ざわざわと声が聞こえて、気づけば彼は大きな暗闇の前に立たされていた。むしゃぶりつくように他の人間を食らっているそれは、少年を見つけて喉を鳴らした。そして、一言漏らして、無感動な笑みを浮かべた。


気づけば、ただひたすら暗闇の中にいた。


孤独のみが加速して、いつしか狂い出した。

彼は自らが狂っていると自覚していて、なお孤独に、無為に、狂わずにはいられなかった。眠りも彼を守ることはできず、孤独のみが支配するその空間で、支えなど無いに等しかった。


そして、彼はようやく人と出会い、同時に殺されることになった。

——ああ、これで楽になれた。

安堵が体を包み、花が咲き誇ったような満面の笑みを浮かべたまま、その心臓は停止した。


その時もはや彼の頭には、彼を心配していたであろう妹や幼馴染のことはなかった。





「……うそ……だろ?」

ヌァザの物言わぬ骸の前で、ジギシャの顔色が蒼白となっていた。

「……我々の力不足でした。ヌァザさんが命を賭してくれたおかげで、我々はっ」

そこで不自然に途切れた声。


肩を震わせて、息を荒々しく吐き出すジギシャが、そこにいた。いつもの澄ました態度からは及びもつかないほどの激昂に、三人ともたじろいだ。

「……ふざけるな……あんたらどうして生きてんだよ!!どうして……どうしてっ……」

「討伐終わったか!!」

そこに駆け込んできたのは、ベーレン。ジギシャの怒りが悲しみに変わろうとしていた中で、その闖入者に対して顔色が真っ赤になっていく。


「……あ、あー……まあ、仕方ねえな。全滅しなかっただけでも、まだマシか」

「……マシ……?」

ジギシャが腕をふるった瞬間、その体が床に服を貫かれて縫い付けられていた。


血液が出ていないが、あと数ミリずれていたらジギシャは牢に放り込まれていただろう。

「……なんだよ」

「俺の育ての親が死んだんだぞ!?」

「そうだな」

「……ック……っ、お前、それでも人間かよ……!!」

絞り出した声には、すがるような声音とあらん限りの侮蔑が含まれていた。


「……俺ァ、別段その男に対してはなんの感慨も持って無いんでな」

「貴様っ、」

もう片方の手に持った武器が振り下ろされそうになった時に、トゥルシャナの手がそれを握る。


「……なに、するんだよ」

「私が止めさせました。ヌァザさんの伝言があります」

ハイルの言葉に、ジギシャの動きがピタリと止まる。

「……養父(アーパ)は、なんと」

「……何か伝言はあるかと問うと、わからぬと。ですが、幸せになってほしいと言われました」


その瞳の奥の感情は読みきれぬまま、揺らめいている。トゥルシャナは、その手を離した。

そこで、未だ下敷きになったままのベーレンが、苛立ったように舌打ちをするとその刃を引き寄せようとした。

「ッ、」

すぐに気づいたジギシャがそれを変形させて腰に戻す。


「……あんた、何しのうとしてるわけ」

「っせーな、お前がこの俺に指図とかすんじゃねーよ」

「お前はそれでいいんだろうぜ。だがな、てめーは殺させやしねえし死なせもしねえ」

「ハァ?冗談は顔だけにしろよ」

「……わかんねーかなァ!?」


その襟首をがっしりと掴んで、ゆすぶる。

「俺の最後の家族なんだよ!テメーが死にやがったら俺は何を生きる意味にするんだよ!確かにお前は憎いけどな……お前を殺すために今生きてんだよ、分かれよ!」


トゥルシャナは眉を困ったように八の字にすると、ジギシャを引き剥がして放り投げる。

「ぐべっ!?」

「全く、二人ともふざけないでくださいよ。戦いはまだ終わっていないんです。まだ、セグリアの馬鹿どもの始末を、つけていないんですから」


ベーレンとジギシャの両者がポカンとすると、そこに鈴を鳴らしたような笑い声がこだまする。

「くくくっ……確かに。トゥルシャナさんは、戦いが終わるまで、と言いましたからね。人が生きている限り永遠に、生殺与奪はトゥルシャナさんの手の内でしょう」

「な、……まじかよテレアン!?」

「マジです閣下」


頭を抱えてぬおお、と唸りだした男に、ジギシャは冷たい目を向けて、それから立ち上がった。

「……まあ、別に俺はどうでもいいですけど。トゥルシャナさんたちの、腕とか脚とか?色変わってますし、それだけ厳しい戦いだったってのもわかりますし」

言い訳のようなその声に、皆が笑った。


そして、話はとうとう討伐の状況にまで及び、中から出てきた少年の姿を見て、全員の顔色がざあっと変わった。

「これ……どこ、から出てきたって?」

「虚の落し子の中から、だそうです」

「……嘘だろ、そんな馬鹿な……おいっ、勇者の監視役はどうした!?」

「それが……担当者からはしばらく報告が上がっておらず。忙しそうでしたので、報告をわざわざするまでも無いこと、と……」

「っざけんな無能が!!」


異世界からの客人だ。それを戦いの最前線に駆り出して殺したとなれば、この場合ベーレンの科となる。

実際に指揮下においていたわけでは無いが、管理監督の責任は彼にあったはずだったからだ。

偶然だろうが、うまくやりおおせたなとセグリアのお偉方を恨むベーレン。


「……チィ、結局あのおっさんの言う通りかよ。胸糞悪いじじいだぜ」

「それはもしかして養父(アーパ)のことじゃあないですよねええ?」

明らかに絡んできたジギシャを無視して爪を噛み始めたベーレンに、さらに絡み始めて周囲に止められた。

亡骸はなぜか、この気候の中で腐りもしなかった。

亡骸の不思議。

そしてプロローグらしくない新章開始。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ