襲来④
バトってるけどこれはしばらくしたら終わる予定であります。
ほんと微妙ですいません。
『我々は我々の魂の根源がどうしようもなく悪しきことを自覚せねばならない。
己を正せよ。律せよ。さすれば、誰も彼も幸福足り得るのだ。
ハーナー教 教書 第十二項』
雨がようやく止んだ。数日間降り注いだ雨が住民に潤いをもたらした。
すでにハイルの予想からは二日経っている。
土からは滅多に芽吹かない緑が一気に現れており、今からここが平穏な戦場になりかねないと言うのが信じがたいほどだ。
斥候を買って出ていたものが戻ってきて、告げた。
「敵、街を目視しました!」
「……そうか」
ちらりと戸口から上を見上げたトゥルシャナは、窓から赤い布がスルスルと降りて来るのを見た。その瞬間、四人は砂蜥蜴に乗ったまま、そこから飛び出す。
門は軋んだ重厚な音を立てながら、砂埃をあげて閉まった。最近は閉めておらず、その蝶番の一つが赤錆を門番の頭の上に落とした。
「……俺としてはまあ、……寝るわ」
ベーレンがふざけたことを言ってテレアンから睨まれる。
「全く、あなたはこの非常事態に、一体何を考えてるんですか?ベッドの下に入っていた淫書……皆に晒してきましょうか」
「うわ!?ちょっと待てそれは俺が確実に死ねるやつだっやめろ!!」
「……ベッドの下なんですか」
「こいつカマかけやがった!?」
そんなバカなやり取りをしては、気を紛らわすように冗談を飛ばすベーレン。
彼の心の中は、もちろん押しつぶされそうな不安が占めている。しかし、それを態度に出してはならない。
彼らが討伐することが容易であると、知らしめておく必要がある。
自分の采配が間違いないと思わせて、兵士に不安を抱かせずに、そしてその安心した兵士から費用がなく動くことのできない民衆へと安心を引き渡さねばならないからだ。
「……はー、全く。どいつもこいつも寝かせろよな」
「……そうですね。あなたは少し、働きすぎです」
「永眠してもいい?」
「それはダメですね。まず永眠させるのは、ジギシャさんだと思われますよ」
「……あの若い坊ちゃんじゃあなくてか?」
「ご冗談を。『奴に殺されたい』って顔をなさってました」
ベーレンは、ごろりと寝椅子に横になる。
「……まあ、間違いじゃあねぇよ」
テレアンは、珍しくその表情を曇らせて五人の向かった方角を見た。
部屋にはやがて、規則正しい寝息が響き始めた。
「……いました。あの工房で少し慣れておいて、正解でしたね」
「見えるんですか!?この距離で!」
ハイルの言葉に、頷く。
「じゃあ、そろそろ降りますか!?」
「ジギシャ、やめておけ。我も若干……感じる」
ビリビリとした感覚が、魔素を通して何かを訴えかけるように、あるいは肌にもろに刺さるように生じる。
「あれは、かなり危ない代物ですよ。不完全なんて、嘘です」
「……前に見た時より、死の気配が濃厚になってる。歩き方も……技量もきっと、上がってる」
ハイルのポツリと言った言葉に、全員が止まる。
「……ジギシャ。お前はこのことを街に報告しに戻れ」
「……ぇ、あ、養父、な……何を言いだすんですか……俺、俺」
「黙れ!死にたいのか貴様!?」
「だって!!」
ヒートアップしかけて、すがりつくジギシャとその襟首を掴むヌァザ。
「落ち着いて二人とも!」
ハイルが無理やり引き剥がすと、ジギシャはヌァザを恨めしそうに見上げる。
ヌァザは、彼をまっすぐに見つめながら、口を開く。
「お前が小細工を弄してどうこうできる次元には、もはやないと言っているんだ。分かれ。お前が必要とされるのは、情報の伝達だけだ」
ぐっと唇を噛み締めて、ジギシャはヌァザを睨みつける。
「んなこと……わかってんですよ……俺が、この中で一番弱いなんて」
その淡い緑の目から、ぽろりと透明な雫がこぼれ落ちる。それを腕で乱暴に拭うと、彼は砂蜥蜴の牽く台車の手綱に、手をかけた。
「じゃ、あとはよろしくお願いします。——死んだら一生恨みますよ」
四人が急停止した台車から飛び降りると、ざあっと砂を蹴って、砂蜥蜴が元来た方へと走り去って行く。
背後からは、ひたひたと、死の気配が迫って来ていた。ハイルは、手に持っていた仕込み杖を抜き放ち、トゥルシャナとエルシャダは、重たい外套を脱いだ。ヌァザは、金属の塊を鞘がわりになっていた革の剣帯から抜き取った。
相手の容貌を見て、エルシャダは身震いする。
平均的な顔立ち。だがその色は真っ黒なままで、手足があって、服はボロボロの布を体にまとわせただけのようにも見える。
ただその大きさは、標準の身長の倍はあり、必然三人はそれを見上げる。
「……ジギシャは帰して正解だったな」
「私もまあ、どうしようもないですねこれは」
「私は、死ぬわけにはいかないので」
楽器を構えたトゥルシャナだが、その一音目が流れ始めた瞬間に、その顔を歪めた。
「んぐっ……!?」
「シャナ様!?」
「よそ見をするな!!」
その黒い腕が振り下ろされ、エルシャダに砂が降り注ぐ。トゥルシャナは、ヌァザが剣でその腕をそらし、どうということもない。
ぎりぎりと歯を食いしばり、そして口元はなぜかニヤニヤといやらしい笑いを浮かべるトゥルシャナに、ハイルは違和感を覚える。
しかし、そこから地面が凍りつき、そして飛び出した氷柱が虚の落し子を突き刺さんと飛び出して行くと、ハイルも拘束をすべく呪文を唱え始める。
だが、その瞬間、その背筋の冷えるような叫び声が耳を襲い、呪文が中断されてしまう。
——体内の魔力にまで、影響を及ぼす叫び声か。
ハイルの感覚が、魔術から切り替えられて戦闘へと向けられる。
んああああああブクマ増えたありがとうございます!!
しかもPV総計が千突破!昨日はなぜか百人越えのお客様よ……。
番号の被りありましたので、修正しときました。




