襲来②
色々あって遅れやした。
言葉を失っているジギシャとは正反対に、ベーレンはよっこらせ、と対面の椅子に座した。
「まあ、よく来てくれたな」
ヌァザはむっつりとした顔で腕を組んだまま、その顔を睨みつける。ベーレンは一瞬動かなくなる。
まあそれは仕方がないことであろう。彼の顔は、視線だけで人を殺せ、そのまま型でも取れば、魔除けになりそうなほどの形相になっていたからだ。
背に負った金属の塊もそれに一役買っている。
ベーレンは再起動すると、トゥルシャナの微弱な殺気には気づかずにいた。
本人のスキル自体は高くないが、後ろで資料を持った副官らしき人物が剣に手をかけているのを見たところからすると、どうも部下には技能のある者がいるようだ、とトゥルシャナは推測を重ねて怒りを笑顔の仮面に押し込める。
「……まさかトアーレ兄さんがベーレン・ノーザだったとは思いもしませんでしたよ。父さんも俺も放り出して、英雄気取りですか」
「待てどうしてそうなる!?」
「兄さんが失踪したせいで、呑んだくれて動けない父親があっさり死んで、俺が天涯孤独の身になったのも知らなかったとは言わせませんよ?」
ベーレンは首を左右に振った。
「いやいやいや違うんだよ。落ち着けジギシャ」
「俺はものすごく、冷静ですので、お構いなく」
「単語の切り方に憤りがほとばしってる気がするから!」
トゥルシャナが楽器に手をかけると、二人がちらりとトゥルシャナを見て、立ち上がりかけていた椅子の上に腰を戻した。
「私を呼び寄せたのは、あなたですか?」
「ああ。俺があんたに求めるのは、ハイル・クェンが虚の落し子の討伐に失敗した際に、その討伐をすること」
「……あ?」
低いドスの効いた声で唸るように言うと、トゥルシャナの目が薄く開かれる。
「どうやらここでその首……捩じ切った方がいいようですね?」
その言葉が終わる前には、その腕の先にベーレンは首を掴まれてぶら下げられていた。
「……く、はっ」
「貴様!その手を離せ!」
「て、れあん、うごく、な!」
「しかしっ……」
トゥルシャナは笑みを浮かべて、手のひらを開いた。
どさりと床に落ちるテレアン。
「なーんて、いきなりそんなことしませんよ。私、こう見えても寛大なんですよ。部屋に入って来た瞬間に首を飛ばされなかっただけでもマシだと思ってください」
「……ゲホッ……」
「私、怒ってるんです。これでも、そこそこ仲が良くなれたであろう友人を死地に送られたと聞いて、怒っているんですよ。そのつもりで、話はくれぐれも慎重に進めることをお勧めいたします」
笑顔だが、すでに彼は導火線に火のついた火薬庫のようなものだ。自滅をも厭わないだろう。
「シャナ様。落ち着いて……じゃないと私まで、壊しちゃう」
机がエルシャダに掴まれて、一部ひしゃげている。トゥルシャナはそれを見て、息を吐いた。
「……話を」
「……ああ。俺が虚の落し子を召喚させたのには、理由がある。この腐った国をどうにかしたかったからだ。ディートリッヒ王国も、その内情は平民の富を吸い上げるだけで、内側には氾濫の火種がくすぶっていた。そのために、利用できるものはなんでも使い、邪魔者は消した。俺がアルトハ族を潰しかけたのも、その計算のうちだった」
「潰しかけ……?」
「ああ。お前と言う魔奏の使い手を外に出させるために、キャラバン隊を殺さないようにオアシスにはりつけておいて、お前をなんとか生きながらえさせながら国の中枢に怒りが向くよう仕向けておいた」
衝撃的な事実に唖然とするが、トゥルシャナはまだ耳を傾ける。
「そっちの小娘の生存は部下から聞いて驚いたが、今は関係ねえな。そして、行くならディートリッヒでなく別の方だと踏んで、ディートリッヒとの戦争を起こし、あとでアルトハ族に片付けさせるべく虚の落し子を来させた」
予想外だったのは、ネイアス独立国への出兵だったと言う。
「まあでも、お前らは俺の居場所を簡単に特定できるようになった。いくつか計画は立てたが、ここまでおおよそいい方向に進んでる」
「……貴様は、こんなに大勢死なせて、一体何がしたかったのだ」
ヌァザの言葉には、自嘲するように笑みを浮かべて、言葉を吐き出した。
「言ったろ、世直しだよ」
「にしても、もっとやり方はあったのではないか?」
「ああ、まあそうすることもできたんだがな?俺としては……」
ジギシャが突然立ち上がった。
「いいえ。こいつはこういう男です。自分の目が届かねば、もう誰が死のうと生きようと関係がないと思うやつですから。……俺はあんたが大嫌いだ」
その言葉を聞いて、初めて目を丸くするベーレン。そして、二、三度その言葉を吟味するように黙りこくると、頷いた。
「そうか」
その声は弱々しいが、ジギシャがひるむ様子は全くない。
ベーレンは天を一度仰ぐと、トゥルシャナに向き直った。
「……だから、力を貸して欲しい。どうかあいつを止めて欲しい」
「どのツラ下げて……っ」
トゥルシャナの背中に、ベーレンの視線が降り注ぐ。
「戦いの後でどうしてくれてもいい。だから、今だけ、ほんの一時だけでいい……力を貸してくれ!!」
頭を下げたその姿を見て、トゥルシャナはその手刀を無表情で振り上げて、間にあるテーブルを叩き割った。
「……あなたの身柄は、戦いがおさまれば好きにさせていただきます」
「ああ」
スタスタとその割れ崩れたたテーブルの間を歩き、トゥルシャナは右手を差し出した。
「くれぐれも、お忘れなきよう」
両者の手のひらが重なった瞬間に、怒号が響いた。
「ハイルと名乗る青年が、この場所に来ています!」
「っはああん!?」
ベーレンが、喉が裏返ったような奇声を上げた。
ハイルさんいらっしゃーい。
さ全て自分の計画通り(ニヤ)をやったベーレンさんだが最後の奇声で台無し。




