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奏でよ怨者  作者: あじふらい
2 虚の落とし子
31/49

天幕

トゥルシャナにようやく戻れた。

ベーレンさんの奇行書くの楽しすぎる。

トゥルシャナは、息を荒げながらも呵々大笑していた。

「いる!ここに、来ている!」

舌を這わせて湿した唇は、歓喜に震えていた。その右手には長剣を、左手には短刀を握りしめている。


だが、ここでこの大軍に襲いかかるのは意味がない。数が多く、それを捌ききれるはずもない。

トゥルシャナは神経の昂りを押さえつけるために息を大きく吐いてから、ゆっくり吸った。幾度かそれを繰り返してようやく歓喜の震えが止まると、じっくりとその集団を観察して、その違和感の正体に思い至る。


旗が、正確にはその刺繍が違う。

戦争で将軍など下位の者が出張る時には小さい魔物の素材で染められた紋章のみが長い白旗にくっついているが、皇帝自らがいるときは大きな紋章のみが入った長方形の布を掲げる。たいていの場合は前者だけだ。

しかし、今あるのは長方形の布。


「あれは……まさかっ、(レーデ)自らやって来たとそういうことですか!」

ああ、と歓喜に胸が弾け飛びそうになる。鼻歌とともに、周囲の魔素が震えだす。いけないと思い、なんとか抑えると相手の観察を始めた。


よくよく観察していると、彼らはどこか烏合の衆の様な感じが否めない。ただの雇われ傭兵、あるいは一般市民を徴収した兵士が歩いている、そんな印象を受けた。

トゥルシャナは砂の中に体を埋めたまま考え始める。

今現在、軍隊はおそらくは疲弊しきっている。そう身軽に国の端から端まで動かせる様なものだったら、こう困ってはいないはずだ。


次に平民から徴収した可能性。これはないだろう。

彼らが着ているものの中には、魔素をぎっちりと含んだ魔物の素材を使用した鎧やら剣やらを持っているものがいる。一般市民から徴収した兵士ごときにその様な上等な装備を渡すわけもない。


ならば、彼らは何者か。

おそらくは、貴族が抱えている私兵、そして傭兵を集めたのだろう。

命令の行き届かなさはあるが、それ故につけ込む隙はありそうだ。


ただ、なぜ彼らはニーへとの国境のこんな近くにいるのか。

「……まさか、そんなわけはないでしょう」

頭をよぎったのは、嫌な予想。

ニーへへと攻め込む。

ありえないと思いつつも、その可能性を捨てきれないトゥルシャナは、両手に握った剣をぎゅっと握りしめた。


「まず、全員を相手にしない様にどうするか、ですね」

トゥルシャナはほんわかとした顔で物騒なことを言いつつ、殺した人間の色を特定していく。感覚だけの作業であるので、ある程度の距離があっても感知することは可能だ。

ただ、脳内に膨大な情報が流れ込むためそれをなんとかせねばならないのは課題だが。


「……軍の真ん中にいるんですか」

おそらく、後方と常日頃称される側は、虚の落し子がいるから、避けているのだろう。

そして前線はいうまでもなく危険。普通大将なぞが前線に立って士気を上げるものだが、その甲斐性すらもないのか、自陣の中央で沈黙を保っている。

そりゃあ国もおかしくなるはずだとひとりごつと、トゥルシャナは息を一つついた。


ただ、まず自分がすべきことは何か。

エルシャダたちを迎えに行くこと。ヌァザとジギシャはついてくるかわからないが、ヌァザの正義感からすればおそらくついてくるはずと彼は踏む。

ならば、その正義感につけ込ませてもらおう。

そうすれば、目端のきくジギシャもおそらくはくっついてくるはずだ。


そして、ニーへの市民に対しての勧告もなしの越境行為をしようとしているのを見過ごしてはならない。

それを図書館都市国家ニーへの中央に訴えておく。

ただ、その前に一つ。


「夜のうちに、その『足』、潰させていただきます」

笑みの中に黒さがいい具合に混じった顔で、こっそり呟いた。おそらく乳飲児が見たら泣く様な表情であった。


その晩、夜半すぎ。

見張りもそこそこはあるが、トゥルシャナは静かに潜入した。

だが、実際立っている見張りはほとんど寝ている。やはり、傭兵であったりする点も足を引っ張っている要素ではあるのだろう。

砂蜥蜴をつないでいる場所に行くと、男がトゥルシャナを見とがめたらしく、剣に手をかけようとした。


だが、その声が響く前にその頭部はずしゃっと地面に落ちる。そう切れるわけではないが、腕力の強さと技量で、かなりすっぱり切れたように見える。

そして彼は、砂蜥蜴の前で楽器を構え——そして一陣の風が吹いた。


「ギィエエエエエエ!!」

そんな悲鳴が響くとともに、彼はその場を離れながらあらかじめ目星をつけていた流砂の中に紛れ込んだ。

砂蜥蜴は、その脚をずっぱりと斬られて悲痛な叫びをあげていたが、しばらくして貴族の一人がイラついたのか、砂蜥蜴は黙りこくった。


あまりにも唐突な泣き止みから、彼らはそのまま殺したのだろうと推測できる。

「やっていることがやっていることとはいえ……まあ、仕方がないですねえ」

それからトゥルシャナは地面へと上がって行くと、一応ひと段落した騒ぎの場所から戻る。少し休んでから出発したほうが、向こうに到着した時に体も辛くないだろう。そう思い、簡易な日除けを作って布を体に巻きつけて横になった。


そしてしばらくして目を覚ましたトゥルシャナは再度潜入していた。ヒステリックな叫びにピタリと歩を止める。

どうやら、昨日の騒ぎで目覚めなかった皇女が起きたらしい。彼がこっそり会話を聞いていると、どうにも砂蜥蜴を殺されたことで生じた遅延にご立腹の様だった。

「なぜですか!?」

「物資はあっても、運ぶ人員がいなければ話になりませんよ!」


上奏する役人も、すでに涙目であるがちゃんと主張している。いい知らせばかりを聞かせているわけにはいかないからだ。

失敗したことははっきり言わねば、己のせいにされてしまうやもしれない。それが怖くて、彼は必死なのだ。


「……遅延など!許しません!夜が更けても歩けばよろしいでしょう!?」

「無理なのです!わかってください姫様!」

「うるさいっ!」

鞭の様な音と男の叫びに、物陰に潜みながら、彼はそれを聞いて辟易としていた。今まで国が回っていたのは、本当に奇跡の様なものだったのだ。


「……もういいわ」

彼女はどっかと椅子にもたれかかる。

「勇者召喚だってうまくいった。隷属だって終わったわ。なのに、どうしてこんなことになっているのよ……勇者はさすがですねとかいって微笑んで、情報を吐き出させて前線に放り込んだし」

あとは、と彼女が唸る。

「やはりベーレンよ!小賢しい割に勝った勝ったとほざいて……これは負けも同然よ!」


ベーレンとは誰だとトゥルシャナは思ったが、そこで思考を切り替える。

もう、エルシャダを迎えに行こう。


だが、それは簡単にはいかない。

トゥルシャナの目の前にいるのは、魔奏を使ってもどうなるか、という巨大な魔物だったからだ。

次は!

私が大好きバトル展開だよ!

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