人間兵器
昨日予約投稿しようと思ったら日付その日にしちゃって昨日は三話投稿してたんだよね……今日はなので一話だけです。あとで撤回するかもしれないけども。
週一更新って部分は消しましたが読者は増えるのだろうか。
エルシャダは、歩けるどころか、走りまくっていた。
「あははっ!速いしこれ疲れない!すっごい!」
「エルシャダ!?どこに行った!?」
「ここですよー!」
上空から降って来て、図書館の庭にストンと宙返りしながら着地する。
ヒラヒラした布がふわりと舞って、彼女は得意げに降り立つ。
「エルシャダ、淑女たるものだな、落ち着きをもって、」
「トゥルシャナ様は強いおなごも好きだとおっしゃってましたし大丈夫です養父」
ギョッとした顔で振り返るヌァザ。
「いつのまにそんな話をするほど仲が良くなったのだ!」
「それどうでもいいでしょ。それにしても……やけにきな臭い話題ですよねー、これ」
「ああ、虚の落し子か」
疲れた表情で振り返ると、ヌァザはその背後にある人だかりを見つめ、ため息をつく。
「その辺りの知識は、ハイル氏に会った若長が聞いていると思うが、一応聞いては来た」
「それに、国境の方でも何やらきな臭い動きがあるということです。どうしますか?」
ジギシャとしては、とっとと別大陸まで養父を連れてトンズラしたいという気持ちだったのだが、それに反してヌァザは首を横に振った。
「我も、微力ながら彼らと戦おう」
「なっ……養父!?わかって言ってるんですか、セグリアに今戻るということを!?」
「分かっている。死ぬかもしれない」
「だったら、」
「だが、今この瞬間も不意に死ぬかもしれん。どうせするなら、後悔のないようにしたいではないか」
ジギシャは頭を抱える。
こうなった以上、もう言葉での説得が無理なことを彼は経験上悟っていた。しかも、彼がたとえ無理やり倒して安全な場所に運ぼうとしよう。だが、ジギシャはヌァザより格段に弱いのだ。しかも、ヌァザは体を毒や薬に慣らしており、うっかりジギシャが毒キノコを持ち込んだ時も鍋にそのまま入れて煮込んで食ってしまった強者だ。
そして単独でやれば、確実にヌァザの武器は背負えない。潰れることが確定だ。
無意味に爪をかじって、それからヌァザを見上げる。
自分が足手まといにはなりかねないが、上にいる少女についていけば生存の確率はぐんと上がるだろう。
「……わかりました、ただし私も、そしてあの子もきっちり面倒見てくださいよ」
「あ、ああ?うむ」
曖昧にヌァザが頷いたが、そこでジギシャは肩をがっしりと掴まれた。
「ジギシャ!おま、お前、ジギシャだろ!」
振り返れば、大いなる川で別れたはずの男が、そこに立っていた。
「イビザン……?なぜ、ここにいるんです」
「あー……ちいと虚の落し子について、調べに来たんですよ。隊長も、お久しぶりです」
にいっと笑ったイビザンの前に、エルシャダがふわりと着地する。
「この人誰?」
「ああ、こいつはイビザンです。俺らが街で兵士やってた時の、仲間ですよ。それにしても……ただの一般兵士が、こんなところまで?」
じっとりとしたヌァザとジギシャの視線に、彼はふうう、とため息をついた。
「まあ、しゃあねえか。俺は、今ベーレン将軍の命令で、ここまで来てるんです。ニーへから虚の落し子の情報を持ち帰ってこい、ってね」
「将軍の……」
瞬間、彼の喉元には光るものが生えたエルシャダの膝が押し付けられていた。
「……ね。その将軍の命令で、私たちを殺そうとしたの?」
「ぁ、」
「アルトハ族よ。わかるでしょ?答えて」
「あ、い、違う、それは、それは皇女の、シハーナ様の命令だ!俺の上司は行ってすらない!」
「ふうん、そ」
地面にどさっと転がされるイビザン。
「ならいいや。あたしたちの故郷を焼きに行った奴の名前知りたいから、それ教えてくれたらいいよ?」
「ぁ……」
じゃぎん、とまた武器が飛び出して突きつけられる。ほぼ密着した状態なので、四人にしか武器の存在はバレていないが、バレれば即時追放されるだろう。
「やめないか、エルシャダ!」
「そうですよ。こういう時は、痛みより快感などで攻めた方が効果はあります」
「どさくさに紛れてお前は変なことを教えるんじゃないジギシャ!」
ヌァザはそのいかつい顔をしかめながら、こめかみに片手を当てた。
「……申し訳ないが、あんたにそれは喋れねえ。そいつは別の担当しか知らない」
「そうなの?」
キョトンとした顔で、彼女は武器を当てたまま眉をひそめて首をかしげる。うっかり喉が切れそうになって慌てる三者。
「じゃ、いいや」
ふらっと離されて、思わず咳き込みながら下の芝生にくずおれるイビザン。
「全く……精神構造までめちゃくちゃかよ。これじゃ兵器だぞ」
「いいの!トゥルシャナ様はもっと強くてかっこいいのよ!?私が強くなっても構わないもの!」
プンプン怒っているエルシャダに強く突っ込めるのは、もはやヌァザだけであった。
イビザンはすでに情報をありったけかき集め、それから戻っていこうとしたが、そこで集めた情報以外のことを耳にして、背筋を凍りつかせた。
ベーレン将軍の命令で、兵を退かせる。戦争は終わった。
方や国境に軍が集まって来ている。これは示威行為ではないのか。
見れば、ベーレン将軍の兵ではなく、帝の紋章だけだったらしい。赤の花が刻まれた紋章もあるから、おそらくは皇女の方も一緒だろうと。
「どういう、ことだ……」
イビザンにはもうわかっていた。わかっていたが、認めたくはなかった。
帝国が干渉してはならないニーへに手を出そうとしていることを。
ニーへは、その知識量の膨大さ、そして各国の王侯貴族や学者の学び舎と言ってもいい場所で、政治的不干渉地帯である。
そして王侯貴族も幼い頃そこで世話になるため、滅ぼそうとする人間は少ない。
今回の兵の集まりの大義名分はおそらく、明確な軍隊を所持しないニーへを守るということだ。実際は、それからはかけ離れた、占領に近いと言っていいだろう。
「す、すぐに、伝えなきゃなんねえぞこりゃ……」
おそらくは、ベーレンには伝えられていない単独行動。貴族の私軍を動かして、ベーレンには動きを悟られないようにしたのだろう。
ベーレンは知ってはいるが、動くなとでも命令があるはずだ。
化け物を食い止めよ、とでも命令が出ているのだろうか?
「そりゃねえよあんた……!ここまで身を削ったあの人に、今度は死ねだと!?冗談じゃねえぞクソ野郎……!」
絶叫も、絶望も、忠言も、何一つ彼らには届かない。
夢は毎日見るとぐったりするよ。特に激しく動き回る系だと。




