プロローグ③
まだまだプロローグとか。長い!
トゥルシャナが兵士に案内されていくと、すでに何十人かが集まっていた。彼自身は鎧帷子の類は見えないものの、鍛えている人間とそうでない人間を見分けることくらいは、造作もない。
「おい、そいつぁ誰だ?一般人を連れてくんじゃねぇぞ」
「は、こちらはアルトハ族の魔奏使い、トゥルシャナ様です」
兵士が敬礼をして答えると、男はトゥルシャナを睨んで値踏みをするようにジロジロ眺める。不躾な視線と言われて謗られても仕方ないような眺め方をやめないのは、トゥルシャナが目を閉じたままだからだ。
「こんなひょろひょろの、しかも目の見えないガキを連れて行けというのか?しかもアルトハとはかぎんねぇだろう?」
「置いてけよ、素性もしれねぇガキだぞ。アルトハとは付き合いも長いが、そんなガキ見たこともねぇ」
その男が背後から出てきて、ガラの悪そうな顔にニヤニヤと凶悪な笑みを浮かべて言う。
「紋章も持たされてねぇんだろ?早く立ち去れよな!」
ゲラゲラと下卑た笑いを浮かべた男たちの声に、トゥルシャナは「そうですね。では勝手に出立させていただきます」と言って笑みを浮かべた。
「…は?」
兵士のぽかんとした声が響き、他の二人はゲラゲラと笑っている。一人は地面に唾を吐いて、もう一人は犬でも追うように手をしっしっと振った。
もとより、問題のオアシスの場所くらいはトゥルシャナは把握している。魔物の存在や、『眼』をもってすれば、それは難しいことではない。
「え、ちょっ…」
「おう、どこでも行きやがれ!この騙り野郎が!」
「ははははは!」
トゥルシャナとしても、人の話も聞かずに決めつける者達と関係を築くために努力をしようとは思わない。コミュニケーションの取れない相手は相手にしないほうがいいのだから。
集落の中であれば関わらない選択などできないために、嫌いな奴ともあえて関わり、良いところを見つけて納得を抱く。逆に仲良くなることすらある。
だがここは規模のある都市、関わらないほうが己の為でもある。
だが、いまさっきの兵士達の声には、相手が見えていないのを良いことに地面に唾まで吐いた上、己がアルトハとは長く付き合いがあると豪語しながらトゥルシャナの顔に見覚えがないという。
先程の兵士には悪いが、ここで下りさせてもらおう、とトゥルシャナは嘆息した。
トゥルシャナは一度見聞きしたことや見た魔力は忘れない。また、村の付き合いのある相手に顔見せをしたことがないなど、一度もない。
それがゆえにあの男達はアルトハと付き合いがあると言った時点で、俗物であることを自ら証明したのだから。
「騙りも何も、あちらの方が騙りなのだけど」
と、背後から一人の「トゥルシャナさん!」という声が聞こえて、彼は振り返る。振り返らずともよいのだが、相手に失礼である。先ほどの兵士であり、彼は頭を下げている。
「あ、あの!さっきは失礼を致しました!」
「構いません。あなたの責任ではない」
「その…僕は戦いには向かいませんけど、どうかこれを!魔物よけの香と、道中のお水に食糧です!」
差し出されたのは、今では貴重ともいえる物資の数々。トゥルシャナは驚いて、彼を見返す。
「なんと…物資も少ないのに。すみません、大丈夫なのですか?」
「あはははは…独り身ゆえ、養う者も何かを贈る者もおりませんゆえ。支給品の横流しかつ自腹ですが、受け取ってください」
「支給品買取…良いのですか、という答えは無粋ですね——分かりました。受け取りましょう。そしてこれに免じてさっきのはなかったことにします」
喜んでいる気配が伝わってくる。彼は笑顔で「頑張ってくださいっ!」と言い、走り去っていった。
トゥルシャナは、溜息をついてその方角にある門を抜け、その先へと向かった。
これが本当に支給品の魔物よけの香だとすれば、あの男達は痛い眼を見るだろう。効果は最小だが、パニックに陥るのは眼に見えている。
己とて鬼ではない——と思いつつも、それを重要視するほどではないと判断して、そのまま立ち去った。
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男達は立ち去った青年を指差し、笑っていた。
「なぁーにが『そうですね。では勝手に出立させていただきます』だよ。ガキのくせに賢しらぶってよ、気にくわねぇんだよ」
「そうそう。あーんな子供一匹つれ歩くだけじゃ意味ねぇっての!ヒャハハハ」
と、一人の男が鎧をがっちりと着込んだままやって来た。熱を伝える金属製ではなく、この近くでたまに捕まえられる劣火龍の鱗でできている。
「騒がしいぞ。何かあったのか?」
「なぁに、どうも怪しげなガキがですね、」
「あの人は紋章をもっていたっ!先輩はアルトハの協力者を断ったんだっ!」
男は眦を釣り上げる。下級の街兵士に指摘されたことが納得いかなかった。
彼は己の腕が上官ほどではないにしろ、素晴らしいものだと自負していた。砂蜥蜴くらいは倒せるし、大蠍とだってもしかしたら善戦できるかもしれない、そんな風に。
だからこそ、そのアルトハの人間が実は大蠍を一瞬で葬れるとは考えもしなかった。
「あんなひょろひょろの、しかも眼を閉じたままの盲が、足手まとい以外の何者だってんだよ——!」
鎧を着込んだ男が、その言葉に目つきを鋭くさせる。泣く子も気絶と言いたくなるような眼光に、兵士は背筋に冷たいものを覚える。
「おいお前。眼を閉じたままの子供が、紋章を持っていたんだな?」
「は…はい…」
兵士は頷く。恐る恐る答えると、残り二人に鎧の男がむきなおり、その眼光を向ける。
「…ハァ、そいつは本物だ……貴様ら厄介なことをしてくれたものだな、ええ?」
「なっ…お前、アルトハと付き合い長いって言ってたじゃねぇか⁉︎」
途端に手のひらを返す一人の男に、もう一方が顔を青くさせる。
「い、言ってねぇって!」
「いや言ってたぞ!お前の知り合いのアルトハ族にこんな奴はいないって、」
「う、嘘に決まってんだろっ⁉︎本物なんて思わなかったから、」
「黙れ」
ピシリと空気が凍る。
「貴様らのせいで、安全に帰る確率の6割が失われたと思え。…貴様らは一番に地獄を見せてやる」
男がその場から走り去り、兵士はその場から立ち去る前に己の財布を出した。
「あの、ヌァザ隊長。自分のお金で、支給品を幾らか買い取ることはできますか?」
鎧の男——ヌァザは首を傾げたが、一瞬ののちに事情を理解して頷いた。
「行くならば早めの方が良いぞ。すぐに門に向かうと思う」
「ありがとうございますッ!」
兵士はそのまま走り去り、ヌァザはその口元にわずかに笑みを浮かべる。ああいう若い手合いが、いい世代を作っていくのだ。
「まだ、ここも捨てたものではないな」
そう独りごちて、ゆっくりと踵を返して、出立の準備に加わったのだった。
次話もプロローグとかバカにしている。




