別れ、そして
前のシーンではっちゃけた。
悔いはないといえば嘘になる。
PVもごっそり減ってびっくりだよ。
四艘の船は沈んだ。
残り一艘は無事に到着し、無事に捕虜となった。兵士が見るも無残に殺された痕跡はあったが、死体は疫病の発生元として全て海へと投げ捨てられており、すぐに魔物の餌となった。
娼婦たちにはウォーデアが、残りの兵士たちにはトゥルシャナが笑顔でにこやかに説得を開始し、ドルガバ軍務卿が死んだと聞き、さらに他の船の姿が見えないことに気づくとすぐに静かになった。
水夫は金さえ払えばどうでもいいとのたまい、船にあった金を払って話はついた。
「ハイルさん!」
「無事、だったみたいですね。全部返り血ですか」
「……まあ、致し方ないとしか」
全てあった出来事を余すことなく話し終えると、ハイルはなんとも言い難い表情になった。
「復讐、ですか。決して良いとは言えません」
ちらりとウォーデアへ視線を向ける。
肉を裂いた感触も、血の匂い、生暖かさ、ぬるりとした感触も。
その全てが相手が死んだと物語っていた。
トゥルシャナは、もう止まれない。止まることはできないのだ。
「復讐に燃えて、その後にどうなるかはあなた次第です。ここは、この世界は、そういう場所だ」
殺人が是とされるわけではないが、敵討ちなどは存在する。そしてその手段はもっぱら殺人であることを、ハイルはすでに飲み込み、消化して、自分なりに納得している。
かつて復讐をしようと思い立ったことのある身としては、トゥルシャナの怒りと悲しみがくすぶる気持ちも理解できた。
そして、その結末にある虚しさも、彼は知っている。
「トゥルシャナさん。私はすぐにディートリッヒ王国へと向かいます。そこに、虚の落し子が、現れたそうです」
「……ええと、なんなのでしょう……それは」
「ニーへの図書館の立ち入り禁止区域の書物に、記述があります。本来教えられることではないですが、もう今となっては解除されているはずです。虚の落し子の、クリストアの記述は」
虚の落し子はクリストアに現れた。
それが現れるのは、無人大陸のみのはずだった。しかし、クリストアに現れたのだ。
人型をとって。
ここまでは、どこも知っている。しかし、クリストアは現在なお存続している。各地に散らばったその子孫が伝えた伝承が、あちこちに存在している。
事実、それが生きていたと仮定するならば、それはすでに死んでいる。
「クリストアにそれが出現したのは、探検隊がその大陸に行ってから数日後のことでした。そして、その化け物は人を殺し尽くそうとしました。ええ、それはもうちょっとありえないくらいの力でもって。そして、人は戦ううちにいくつかのことに気づきました」
一つ。
目についた最も近くの人間を襲おうとすること。
二つ。
それがいなくなれば、最も人の密度の高い場所へと向かうこと。
三つ。
それは魔力に似たもの、あるいは魔力そのものでできていたこと。
「クリストアの人間は、それを魔法陣に載せる事で、全てを魔素として使い切り、殺すことに成功しました。クリストアから言い伝えがセグリア帝国に残っていれば、おそらくクリストアの人間の子孫でもあるのでしょう」
今は必要のない補足をしながら、ハイルは喋り続ける。
怒涛のような喋りに、トゥルシャナは思わず一歩だけ後ずさった。
「トゥルシャナさん、どうにか……どうにかなりませんか?魔法陣に載せれば、あとはどうにでもなるはずです。誰を送るかはわかりませんが、なんとかできればそれだけは……」
トゥルシャナは目を疑った。
あの、いついかなる時も泰然として、困った時は笑いながら知識や解決法をくれていたハイルが、うろたえている。
「……私は即刻、ニーへに向かってエルたちを連れてきます。絶対に死んではいけない」
「あ、あの……ニーへなら、私の名前を使っても構いません。少し待っていてください」
エッへーという植物でできた紙にサラサラと文字を書き連ねて、それを革ひもで巻いて渡す。
「ここに私の署名と、持っているアルトハ族の人間を信用してくれという文言が書かれています。私は、ディートリッヒ王国を訪問中だった友を助けに行きます」
「友を……」
「はい。ネイアス独立国の、国王ティエン・ロ・ディアン・ネイアスです。彼は交渉に向かっていましたから、ディートリッヒ王国にいたはずです。まだそう時は経っていないはずですから、急げば間に合うかもしれません」
数日間の眠りを船で取り戻して、すっかり体力気力ともに充実していたトゥルシャナは、頷いた。
しばらく二人の間に沈黙が流れる。海の音が風と混じって、轟々と唸った。ハイルは言おうか言うまいかしばらく迷っていたようだったが、その口を開いた。
「トゥルシャナさん。あなたは優しい。優しいから、いつか復讐に迷いが出ることもあるでしょう。そしたら、その時は退きなさい。そして、よくよく考えてから、それでももう一度と思えばそうすればいい。——迷って奪った命など、復讐に入らない。ただの殺人です」
長いこと生きてようやっと気づいたことです、と彼はどことなく困った表情で笑った。
トゥルシャナはその澄んだ視線を真正面から受け止めた。
こんな達観した目をする人間も、かつて復讐に燃えたことがあったのだ、としみじみと思う。
まるで、気づけば誰もが憎しみに侵されていたように、その連鎖は止まることはない。
「心に、留めておきます」
そして、二人は別々の方向へと向かった。
その数日後、ベーレン・ノーザにより、セグリア帝国が勝利したという報せが駆け回ることとなる。
昨日掲示板で叩かれてる夢を見て正夢かと思ったけどそう話題になるほど有名じゃねーよこんちくしょう。




