魔義肢
今回はちょっぴり研究色。
アルキメデスはトゥルシャナが持ち込んだ高純度魔力結晶を鼻に当てて、匂いを嗅いだ。
「あぁ……やっぱ、ウァル砂漠のものは香りが違うな。これなら、いい魔義肢ができる」
彼女はエルシャダのサイズを詳細に測ると、まず外骨格を選び始める。
「重い方がいいか?軽い方がいいか?」
「重い方がいいです!」
「仕込みがあった方がいい?それとも、壊れにくさ重視?」
「うーん、できれば壊れにくいだけがいいなあ」
アルキメデスは舌打ちをする。
「な、なんか悪いことしたかな……」
「本人がやりたかっただけでしょう?」
「あ、あの!やっぱり仕込みもお願いしていいですか!」
眉根を寄せていた顔に、笑顔が戻った。
「あとは、メンテナンスはできればしなくてもいいようにしたい。俺んとこに来れるかどうかなんてわからんだろ?」
「は、はい」
「じゃあ、今完璧に調整して、自動調整機能もつけるとなると……この外骨格かな」
肌色のそれを組み上げて、いくつかは切り分けると武器が飛び出る隙間だろうか、それを鑿のような道具を使って開ける。
「痛覚はなくなるが、あまり無理はするなよ。この根元だってそうきっちり縫合できるわけじゃねえからな」
アルキメデスは再度それをバラすといくつかヤスリをかけて、もう一度丁寧に組み上げる。
「よし、外骨格はこれでよしと。次は、中心に通す芯だが、これにはナストラシアの角を使う」
「ナスト……え?」
「ナストラシアは、デザアル共和国に生息する大型の生き物です。黒い毛皮に大きな一本の角が生えていて、それはほとんどの岩を割砕くほどの強度を誇るんですよ」
およそ三ドルテ半の黒い体毛に覆われた体躯に、大きな鉤爪を持っており、雑食で耳のない細長い頭、そして大きな一角。
ハイルの肩に乗っているリッカの種族、ミーディアと同様に魔物である。
ナストラシアを最高硬度を誇る魔剣にて切断して行く。魔剣は、魔石を金属の剣で割砕いたりした時に偶然起きる魔素吸着現象によってできる。
そのことにより、硬度は何よりも高くなり、そして時にはその剣に魔術のような力が宿ることがある。
「俺も一本持っていますが、大抵は秘匿されます。魔剣は本当に偶然できることが多く、実際にできる条件がミォラ族でも未だに特定できないとか」
「その、杖のようなものですね」
「……はは、バレてしまいましたか。ええ、これがそうです」
しゃらん、と透き通った金属音が響き、その杖の内側から刀身がそのきらめきをのぞかせる。
冷気が周囲にふわりと漂い、その刀身は向こうが透けて見えるほどに透明感がある水色だ。
「いい品だ。これはどこで?」
「母と父が旅立ちのために用意してくれたもので、リッカの親を斬った時のものです」
その刀身を仕舞うと、氷が割砕けたような音が響いた。
「よし、では作業に戻る。ここに血を一滴二滴入れてくれ」
エルシャダはためらいなく自分の指先に刃物を入れて、三滴ほど搾り取るとそれを口に入れて舐めた。アルキメデスは紫色の液体を差し出した。
「これはお前の体と魔義肢の違いを少なく感じさせるためだ。これで、魔義肢の中に注ぐ液ができたが、もう一度くらい新鮮な血がいるようになる」
紫色の液体に血を垂らすとそれは見る間に黄色、そして赤へと変化して、それを何か肉のようなものが入った透明な容器へと注いで行く。
「これが魔物の筋肉。丈夫なフェレンツレインのもんだ。煮ても焼いても食えねえし、まともな刃物も通りにくい。切れにくいだけが特徴のものだが、これを使えば……」
ぐんにゃりとした筋肉が、そこにある。
「これに浸すと、しなやかさが出てくる。強靭さは保証する。大昔に来たスニェーの若造が引っ張っても問題なかった」
「私のご先祖様が来たのですか?」
「ああそうだな、ひどい無礼で馴れ馴れしかったし厚かましいし泊めろとか言い出すしな!酷いやつだと思ったが、どうも無下にゃできなくってな。性分なのかもしれんが」
結局聖地に無断で立ち入って処刑されたと聞いたぞと聞かされて、ハイルは眉間を抑えて呻いた。
「……やらかしましたねえ、それは」
「ま、そんなもんだよ。はっはっは」
そして、そのぐんにゃりした筋肉をつけたままの液に、高純度魔力結晶をぽいっと無造作に入れる。
途端、泡を出して溶け始める。
「!?げっほ、げほっ……ちょっと、魔素濃度高くて何も見えな……」
「トゥルシャナ様!?」
「アルトハの小僧にはきつかったかな?まあ、慣れろ慣れろ」
そして、気づけばその液体は薄い赤だったものから、血のような深みのあるどろりとした色に変化した。
そして、その段階になると全員が追い出される。
「こっから先はお楽しみのじか……工房の秘匿事項だよ!」
「言い繕った時間が遅すぎじゃないですかね」
冷静なジギシャのツッコミを流し、彼女は鼻を鳴らしてドアを閉めた。
「……こんなところではなんですし、宿でも探しましょっか」
「そうですね……ところで、先ほどリッカの親を斬ったものとお聞きしましたが」
「あ、これですか。私が旅に出たばかりの頃、隣国のニーへで知識をつけなさいと送り出されて、その道中金がなくなりまして」
なんでも、スニェー自治区から旅立ちデザアル共和国を出る前に、それまでに稼いだあらかたの現金が消えたという。
野宿をしても良かったが、森にはグァーク、魔物がいる。懸賞金もかかっているからとせっかくだから行ってみたそうだ。
「そして、その場でうっかり近づきすぎまそて。当時はありえないくらい無思慮でして」
逃げるほどの力量はなかったため、戦うしかなかった。素早さを利用してちょこまかと逃げ回る。スニェー族は体から冷気を発する不思議な一族であり、ミーディアの冷気は苦にならなかったが。
「そして、この卵が残されました。そして、私はそれを割砕くか、あるいは放置するかの二択でしたが……それを育てることになぜか決めました。その時のことは、よくわかりません。死の恐怖に、何か生きているという証でも欲しかったのかもしれません」
そして、魔力が吸い取られていき、数日後に卵は孵った。
その青い眼を見て、そうだ、自分は生還したのだと初めて実感したと言う。
「恐ろしかったです。両親のこの贈り物がなければ、私は死んでいましたから」
そんな話をして、リッカを撫でる。
「六十年経った今では、すっかり親気分は抜けて相棒という感じです。私は戦いの才能よりは、研究する才能に天秤が傾いていますから、リッカとの戦闘力は同等ですがね」
「六じゅ……ええと、つかぬ事をお聞きしますが……今おいくつで?」
「あ、今年で七十八になります」
トゥルシャナは自分よりも若く見えることの少々愕然としながら、「長生き……なのだな」と呟くヌァザに同意した。
半ズボンで掃除してたら私の脚を見て母が一言「ケモめかしいね」。
いや確かに無精した私も悪いんだけどよ母さんや。




