追っ手
ひっそりただいま。
「エル、乗って!」
「ジギシャさんがまだだよ!」
「もう荷物は載せた。あとはジギシャが乗ればおしまいだ」
エルが器用にその体を操って、砂蜥蜴に飛び乗る。
「……すみません遅れました!」
「構わん、乗れ!」
どうやら、近くにあった村落のものが大いなる川に立ち寄って、不審人物としてトゥルシャナたちを認識したらしい。国境近くだということもあって、警備場もそこそこの数があるため、そのおおよそがトゥルシャナたちを不審人物と認識し、すでに対岸にも伝令の船が行ったと考えていい。
「砂蜥蜴の餌も、重量の関係で多くは運べないですし、乗り捨てていくことも考えるべきでしょうね」
「であれば、砂漠地帯に存在する流砂地帯に飲み込ませて、俺たちごと死んだように見せかけるのも手かもしれないぞ?」
「……そうですね。一考の余地はありましょう」
川に向けて走っていく砂蜥蜴に、背後からはいぶかしむ声が上がる。トゥルシャナは竪琴を構えると、音を響かせ始めた。そして、徐々にここだけが凍りついていく。
じわりじわりと川には白く薄い氷が張っていき、そして、ジギシャとヌァザが同時に追っ手の船に砂蜥蜴の餌である拳大の甲虫マルゥヌを投げつけ始めた。
「う、うわっ!?」
「なんだ!?」
「落ち着け、お前ら!ただのマルゥヌだ!こらそこ、避けるな!」
マルゥヌも当たれば痛い。されど、よりきついのは、そのビジュアルによる精神的なもので、船の上に落ちて砕けかけ、緑色の中身がほんのり出ている様は、気持ち悪い以外の言葉で形容しがたい。
そのえげつない攻撃の隙に、最後の一音をトゥルシャナが弾き終わると、一気に何もかもが凍りつき始めた。トゥルシャナの周囲は無事であったが、それ以外のものはあっという間に凍りつく。
船に乗っていた兵士はガタガタ震えながら、漕ごうとしても漕げないことに苛立ち、兵士のいくらかは氷に乗ってトゥルシャナの方に来ようとしていたが、実際にその速さは尋常ではない。
そして何より、氷の上で歩くことすらままならない彼らは、滑って転び悲鳴をあげながら、または寒さで一言も喋れずに。上官はその兵士たちに怒声をぶつけながら、悪態を吐く。
「……あれが人間の本性ですよ、エル」
「……醜いです」
「そんな情操教育をするな。というかそんな場合ではないだろうお前たち!」
「養父、対岸にも人がいます。どちらに向かえばいいですか!?」
「この位置からだと北上したところにあるはずだ。追っ手が一回俺たちを見失った時に、徒歩に切り替える」
渡りきり、しばらく走ったところで「いたぞ!」という声が上がった。
「チッ……気づかれましたね」
と、風を裂くような音がして、斜め前だがそう近くはないところに何かが着弾し、そして破裂した。
衝撃波が、砂蜥蜴ごと四人を吹っ飛ばす。
しかしその瞬間、いくつかの音色が響いて、爆発で生じた木の破片などからは四人は守られた。
しかし、地面に転がされ、逃走のための足を奪われたのは変わらない。いくらアルトハの一族とはいえ、砂蜥蜴の速度を越えられるかと問われれば、不可能と言うほかはない。
「ぐっ、……あれは、」
「……トゥルシャナ様?アレが、あれがそうなんですか?みんなをっ……殺したっ……」
「ええ、間違いなく。そして、一人」
故郷を襲った一人が、そこにいた。
トゥルシャナは、竪琴を構えた。
そして、その旋律が響き渡る。トゥルシャナの前にあった地面が、ミシミシ言いながら裂け始める。そして砂が流れ込み始める。
風の刃で数人が切り裂かれては、くずおれる。悲鳴が上がり、そこから集団は止まったり、逆走を始める。
「……逃さな、げふっ…」
「……えっ、トゥルシャナ様!?あぁ、どうしよう魔奏の使いすぎだよ!?」
血を吐き出したトゥルシャナに、ずりよってその体を持ち上げるエルシャダ。
「魔奏には弱点があるのか?」
「弱点じゃなくて、誰でもなるの。魔奏は楽器と音をたよりに、周辺にある魔素を無理やり体に通して使えるようにするから、使いすぎると魔素がいっぱいで魔道路が壊れそうになっちゃうの。魔道路が壊れるのを防ぐために、体が先に危ないってなるから、こうなるの」
魔道路は、個々人の体内にある程度走っている魔素の通り道で、それが壊れると死んでしまう。それを防ぐために、肉体を損傷させることで魔素の過多供給を止めさせるのだ。
「こんな、ところで……敵はいるのにっ」
「大丈夫だよ。何日何週何ヶ月何年かかってもぜったい、ぜーったい殺せますから。私たち二人なら、絶対できますよ?」
「……ありがとうございます、エル」
「いたぞ!ちょうど足を奪えた、かかれ!」
追っ手の怒号が聞こえて、地面の穴を迂回して走ってくる。
トゥルシャナは口元の血を拭い、立ち上がった。魔道路にしばらく魔素を流しさえしなければ、走って逃げるくらいはできる。
「逃げます。荷物を持って走るので、私の手を掴んでいてくださいね」
「今すぐジギシャは背負われろ!アルトハが本気で走ったら、俺たちは浮いたまま引っ張られるからな!」
「わ、わかりました!」
「私も今はそう無理をできる状況ではないので、それはないと思いますけど……では、お手を拝借」
トゥルシャナは、一目散に駆け出した。
手の先の二つ悲鳴を聞きつつ、次はどうすればいいかを考えながら。
何かと忙しかったので、起こった放置。
ここから数話分は頑張って毎週投稿いたします。
エターさせずに頑張りたい!




