脇道の思い
時間がずれただけ問題はない!
と思いたい!
砂漠の中を走る四人の肌に、若干の湿り気が届いてきた。二、三日ひた走ったところで、ようやく『大いなる川』が見えてきたのだ。
到着前に四人以外にいなくなったのは、実のところ帝国の追っ手が厳しかったのがある。兵士たちはもとよりトゥルシャナたちとは行動を共にする気は無かったため、早々に小さな村が見えたところで離脱を始めた。
ここからは分断した方が身軽になって動きやすいだろう。
荷の中の不必要な分や金をヌァザが差し出すと、村人たちはあっさりと砂蜥蜴が来たことを黙ると約束してくれた。
どうも村の税金がひどいらしく、あちらこちらでやつれかけている人々が目に留まって、ヌァザは心を痛めていたようだが、他国に戦争を仕掛けようとしている国をなんとかする方がいいとため息をついた。
その場しのぎでいくらか援助したところで、高が知れているからだ。可哀想だと道端の犬に餌をやって、他は見て見ぬふりをする方が、よほど不誠実だ。
例え、道で行き倒れようと。
ヌァザは誰かを助けることはしない。今だって、口止めにヌァザの部下の面倒を見てもらう代わりに荷のいくらかを差し出したのだから、容赦しているわけではない。
ジギシャはヌァザの庇護下にいる特例だ。彼はヌァザの養子であり、初めてヌァザが助けた人間でもあった。そして、ようやっとヌァザが助ける行為に責任が伴うと気づいた。
いや、ジギシャがわざと気づかせた。
ジギシャは、ヌァザに少なくとも感謝していた。それがゆえに自分がヌァザの物を食いつぶすような気がして、そして、ヌァザの優しさにつけ込んだものが出ると考えて、わざと孤児を引き入れたり、孤児に盗みを働くよう唆したりして、悪意を学ばせた。
一度はこっぴどく手痛い目にあわされたヌァザは、無闇矢鱈に相手を助けることをやめて、ジギシャにもある程度厳しく接するようになった。
今回のトゥルシャナへの協力は、全くもってそうした方がヌァザの生存率が上がるからだ。
あのまま行けば即戦争は免れないし、それをなんとか免れたとして、誹りを受けることも考えなくてはならない。要するに、国外逃亡が兵士を現場でまとめる立場のヌァザにとっては、最も安全なのだ。
加えて、トゥルシャナたちと行動を共にすれば、もれなく簡単に敵を殺し、敵を見つけてくれる。敵に回せば恐ろしいが、味方とすればこの上なく頼もしい。
ジギシャは親指の爪を噛みつつ、粉っぽくなった唾液を飲み込む。そして、ちろりと視線を足のない子供に移す。
エルシャダという少女は、上機嫌で鼻歌を歌いつつ腕で体を振り子のようにしながら器用に移動した。自分の全体重をあの細い腕で支えているとはどうも考えづらい。
アルトハの血は、根っから戦闘に振り切れているのだと無理やり納得して、その鼻歌混じりの声を聞いていると、足元の砂蜥蜴が少しスピードをあげたような気がした。
確かに上手い。
上手いが、その口ずさむ歌詞がいただけない。ジギシャの耳には、『血濡れの剣を故郷に捧げよう』だの『憎き敵を殺し、首を掲げて凱旋し』だのというおどろおどろしい歌詞が聞こえてくるのだ。
近くで毎晩聞いていたら、気が変になりそうだと眉間にしわを寄せつつ、親指の爪を口に入れようとして、その手はヌァザに止められる。
「爪は噛むなと言っているだろうが。汚いぞ」
「あ、無意識に……」
唾液に濡れた指を体を覆う布になすりつけると、背後から冷たい気配がした。
「誰が洗濯をすると思ってるんだ……?」
頭をがっしりとその大きい手で捕まえられ、そのすぐ後に「もうそろそろ到着です」という声がするまで二人は不毛な攻防を繰り広げていたのだった。




