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奏でよ怨者  作者: あじふらい
1 旅は道連れ
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砂漠での再会

「……エル。起きて下さい」

「……ん、もう、朝ぁ?」

「違います。敵か味方かは分かりませんが、五人ほどがやってきています。遠くてまだ魔力は掴みきれていませんが、このまま来れば……」


一気にエルシャダの目が覚めた。その表情は冷め切っていて、研いだ刃のごとき相貌である。トゥルシャナの顔からも優しさは消え去り、腰の長剣をすらりと抜く。

わずかな曲線を描くそれは、月の明かりを反射しないようにそっと腰の後ろに潜められている。

エルシャダは荷物のある陰の茂みに身を潜めて、じっとりするオアシスの湿った砂の上に伏せた。


トゥルシャナはその眉間を険しくした。なぜならば、その隊の人間の一人が分かったからだ。

ヌァザという名であり、その強さは折り紙つきのもので、加えて正義感も強い。その男がこの地にたったの五人でいることに違和感、というよりは危機感を覚えた。


ヌァザは、何をおいてもまずは自身の信ずるところと力や意思の有無に則って行動する。もし連絡が行っていて、アルトハ族の何やかやに有る事無い事吹き込まれていれば、全くもってここまでの逃走が無駄足になる。


可能性としては魔寄せの香を使っていることを鑑みても、隊員の使い捨てを厭わないヌァザの性格から言って、兵士という守り側にいるにも関わらず惰弱なものは置いていかれる。確実にだ。


魔寄せの香と気づいて引き返したなら、再出発したと考えても時間的にも距離的にも不可能はないだろう。トゥルシャナはそこまで考えて、そしてどうするかを考える。


まずは、相手に攻撃することはしないで、名乗る。そして斬りかかって来れば、容赦はせずに殺す。死体は痕跡を残さないために骨も残さず焼いておけばいいだろう。攻撃を一時停止する旨をエルシャダに伝えて、トゥルシャナは一歩オアシスの外へ歩みでた。


「我は誇り高きアルトハ族、天はオルツォ、地はザーナ、若長のトゥルシャナである!その方はヌァザ隊長とお見受けする!!!!!」

天は父親の名、地は母親の名を示す。

叫んだ声に、わずかな返答があった。


「アルトハの、若長⁉︎待て!今行くそこを離れるな!」

果たして彼は、そのままこちらに向かって歩いてきた。腰から剣を抜く様子も一切見せることはない。


「トゥルシャナだったのか。……天は我を助く(オル・べ・ズグァ)、それにしてもなぜこんなところにいる?」

みれば、その鎧はかなり傷や埃にまみれ、魔物の血があちこちにべたりと付着している。トゥルシャナはここまで来て、ようやく安堵した。長剣を鞘に納めるとヌァザが驚いた顔をした。

「トゥルシャナ、それは一体……」


トゥルシャナは笑顔を見せた。

「信じられないかもしれませんけど、帝国が我々を謂れなく殺そうとしたために逃亡中なので警戒いたしました」

その言葉にヌァザは息を飲んだ。


元より、この場所にトゥルシャナがいることすらおかしいのだ。ヌァザは元から何かあったのかと少し睨んでいた。

が、あまりにも呆気なく剣をとっていたことを明かされ、加えて己が属する国が目の前の気の置けぬ少年を氏族ごと裏切ったと言う。


先に、特例で街の会議に参加していなければ、今この瞬間にも売国奴め、とでも叫んで斬りかかっていただろう、とヌァザは考える。

元より思考することは苦手ではない。


まず、アルトハから手を出した可能性。これこそ無に等しい。考えることすらおこがましい。

アルトハが戦争への協力を断った可能性。これは大きいだろう。だが、戦力的に三十やそこらの氏族のみが加わったどころで戦況が左右されることはない。そして、アルトハが戦争への協力をする利益はないに等しい。

最後に、アルトハ族の持つ何かを狙った可能性。これはかなり想像できる。何せ、今トゥルシャナが抜いていた剣も、土竜の牙を魔奏で高温に加熱して形成したというとんでもない代物だ。他に何かを求めたと考えても異存は無い。


「戦争への協力を断ったんだな。俺も元から反対だったのだ。勝算はほぼ無いくせにそれでも戦おうとするのだからな。国同士の争いに個の武勇は役立たぬ」

「おや、知っていたのですか?……いえ、そうでは無いようですね。こちらとしてもそれで良いのですが」

勝算が無いというところで二人が納得したところで、エルシャダが這いずって出てきた。


「トゥルシャナ様、大丈夫なのー?」

「……エルシャダ、貴方は全く危機感というものが足りていませんよね……」

その軽くなってしまった肢体を片手で抱え上げる。

「初めまして。えっと、エルシャダです。今はエルと名乗ってます」

「これは……とんでもない足手まといでは無いか。なぜ斬り殺さぬ?」


その瞬間、エルシャダの目が猫のようにくっと細められた。稚拙ながら、その体はまだ戦うことを知っている。女衆だとはいえ、一通りの戦闘訓練は受けている。殺気を放ったエルシャダに、ヌァザは瞳をぴくりとトゥルシャナに向ける。


「役に立つのか?」

「水上都市ラグーンに魔義肢を作れるだろう者がいるので、それに頼もうと思っています」

「……よく分からないけど、私の復讐を止めるなら容赦しないからね」


牽制するエルシャダに、トゥルシャナはチョップを繰り出す。すこーんと何も入っていないかの如き音がして、叩いたトゥルシャナは少しだけ心配になる。

「あ痛っ!」

「全く……あなたは少しは反省なさい。ヌァザ隊長の後ろの方々はどうしますか?」


後ろにいた面々は、顔を見合わせる。

「俺たち、家族はいねぇしな」

「元々孤児だったのをヌァザ隊長に拾われたけど、この先の旅にはついていけないと思う」

「……西方の遠くだろう?俺はきっと無理だ」

「……俺は、ついていきます」

「そうか。残るなら、『大いなる川(モッロ・デガン)』のところまでは一緒に行くぞ。でなければ、恐らくは死ぬからな」


最後に残ることを決めたジギシャ以外は、『大いなる川(モッロ・デガン)』で別れることが決まり、皆が久々に食事を摂り荷物をいくらか減らして、砂蜥蜴は走り出した。

最近夢がファンタジーで疲れる。

ダンジョンに潜って、魔法学院に行って、ファンタジー世界を旅行して、お金が足りなくなって皿洗いとか料理の手伝いするところまでリアルに再現されてる夢。

……目覚めてぐったりする。

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