第九話
数日後、すっかり具合が良くなった私は、台所を借りてクッキーを焼いている。今回お世話になったみんなに、クッキーを焼いてプレゼントしようと思ったのだ。
ってか、電気って繋がってないよね……どうやってオーブンの電気を調達してるんだろう?
細かい事は突っ込まない方がいいかも……
それにしても、かなり大量の材料!こんな沢山の材料を使えるなんて、やっぱお金持ちっていいな~♪
「奥方様、何かお手伝いいたしましょうか?」
大量の材料を一緒に運んでくれた女中さんが、手伝いをかって出てくれた。
「あの……出来れば呼び方は、今までどおりにして貰えると……」
「ふふ。まだ颯様の気配も微かしかありませんし、奥方様は照れ屋さんなのですね。では祝言をあげるまでは、美子様とお呼びさせて頂きます。」
「はは……よろしく……」
祝言をあげるなんて永遠に無いって否定したいところだけど、苦笑いしか出来ないな……
気を取り直して、早速生地をこねこねしていった。
「美子様は、台所仕事も御上手ですね。」
「昔から熱いものが苦手だったママの手伝いをしていたし、お菓子作りも好きだったんだよね!だけど、貧乏になってからはご飯を用意するのが精いっぱいで、こんなに沢山のクッキーを作るなんて久しぶりだよ♪」
「お久しぶりとは思えないくらい、手際が宜しいですよ!」
「後でみんなにも配るから、食べてね!」
「ありがとうございます♪」
女中さんは子供達に食べさせると言っていたし、かなり多めに作った方がいいか……
化け猫の件ではみんなに心配をかけたから、翔や瞬、仁にも持って行こうと、せっせと焼いていった。
ご機嫌な鼻歌まじりでクッキーを焼いていると、領地の見周りから帰って来た颯が、台所へ顔を出してきた。
「ん~!いい匂い♪って、美子ちゃん!僕の為に焼いてくれてるの?嬉しい♪」
「颯……そういえば元気になったら苦情を聞くっての、覚えてない?」
「え?あ、あれは、仕方ないというか……」
「これは颯以外の人しか作ってないからね!」
「そんなぁ……」
颯はわかりやすく落ち込んで、台所を出て行った。
ふふ!人間の姿だけど、犬の耳と尻尾が垂れ下がっているのが、見えるみたいだな♪
このやりとりを見ていた女中さんが、意外な事を言い始めた。
「美子様はツンデレなのですね。」
え……?え~~!!凄い誤解だと思うんですけどっ!
「い、いや!ツンデレじゃぁないよ~!ツンツンしてないし、デレっともしてないから!」
「ふふ!ですが、私達の前では颯様にツンツンされているように見えますよ。子供達は、美子様はお優しいと言っていましたしね。」
「え?!子供達って、会った事無いよね?」
「神社でいつもパンを頂いていたと聞いています。」
「そうなんだ……あの仔犬達って、こっちの世界の子なんだ……」
神社にいたわんちゃん達、やけに人懐っこくて賢い仔ばかりだと思ってたけど、人間並みの知能があれば当たり前だよな……
ラッピングも終わり、みんなにクッキーをあげる為に出掛けた。護衛はいじけている颯だ。
「もう!そんな辛気臭い顔しか出来ないんなら、ついて来ないでよ!」
「だって……美子ちゃんが作ったのに、僕だけ無くって他のみんなが食べるなんて……」
いじける颯を無視し、歩調を速めてさっさと歩き出す。
実は颯の分も用意しているけど、何となく素直にお礼を言うのが悔しいんだよな……
これってやっぱりツンデレなの?いや、いじけてる颯を見るのも楽しいから、どS?どっちもしっくり来ないよな……
そもそもツンデレって好きな人に対してだし、やっぱ違う気がする……
考えながら歩いてたら、颯がいきなり顔を覗き込んできた。
「うわっ!びっくりさせないでよ!」
「美子ちゃん、何だか難しそうな顔して歩いてるよ!大丈夫?」
「だ、大丈夫だから!」
「あれ?顔が赤くなってきた!どこか体調が悪いんじゃぁ……」
「気にすんな~!顔を近づけるな~!」
ぎゃぁぎゃぁ言い合いをしながら城下町へ着いたところで、丁度良く瞬と出くわした。
「瞬!この前は心配して来てくれてありがとね!これはお礼だよ!」
「おお!凄くいい匂い!ありがとな!」
「どういたしまして!」
と、ここで、瞬が颯の手をガシッ!と握った!
「今回の事で、颯がどれだけ真剣なのかがよくわかった!我は全力で応援するからな!」
「え……?ああ!よろしく頼むよ!」
「色々と勉強も必要だろう!また後日、城へ行くからな!」
「……勉強?」
「またな~!」
瞬は手を振りながら、去っていった。
「勉強って何だろう?」
「さぁ……」
エロ狐の言う事だ。何となくあまりいい意味では無さそうな気がする……
そのまま城下町を抜けて、仁のお寺へ向かった。仁は元気そうな私を見て、ほっと一安心してくれたみたいだ。
「私は元々人間からもののけになった種族なのだ。だから妖力は少ない種族故、嫁を救う事が出来なかった。美子は助かって良かったよ。流石は神に近いもののけだ。」
「心配してくれて、ありがとう!仁へのお礼のクッキーにはチーズを入れてあるから、鼠のみんなにも分けてあげてね♪」
「承知した。かたじけない。」
「どういたしまして♪」
「ところで……颯は何故あんなにもいじけておるのだ?」
仁の指さす方に目を向けると、しゃがんで地面にいじいじとしている颯がいる。
「ああ、気にしなくていいよ♪」
「……そうか?」
仁が縁側にお茶を持ってきてくれたので、一服することにした。
「しかし、復活が早かったな。」
「よくわからないけど、雪妖族の氷河水を翔が持ってきてくれたんだ。」
「雪妖族は人間嫌いだと聞いておったが、よく分けてもらえたな。」
「そうなの?」
「四年前だったと思うが、今の雪女を束ねる者が人間に裏切られたとかで、悲しみに暮れたそうだ。そのおかげで真夏でも大雪となって、大変であったのだ。」
「へぇ~、そんな事があったんだ。」
四年前かぁ……丁度、ママとくそ親父が離婚した頃だな……何となく雪女さんの気持ちがわかるかも……
お茶を飲み終わって仁にもう一度お礼を言い、お寺を後にした。
「えっと、最後は翔のお屋敷だね。」
「まだ行くの~?翔の分は僕が食べてあげるよ♪」
「何言ってんの!今回一番活躍してくれたのは翔じゃん!」
「僕だと思うんだけどな……」
「あ?!何か言った?」
「いえ……何も……美子ちゃん冷たい……」
そんな話をしているうちに、翔のお屋敷に着いた。
「翔、今回は本当にありがとね!ほんの気持ちのお礼だよ♪」
「美子さん、わざわざありがとうございます。我が屋敷にもオーブンはありますが、このようなお菓子を作る者はいませんので、新鮮ですね。このお菓子はお世話になりました雪妖族へお持ちしますね。」
「えっ?あ、そっか……もう一つあるから、こっちを持って行って♪」
もう一つと聞いて、庭でいじけていた颯が急に立ちあがった。
「え?美子ちゃん、もしかして僕のも用意してくれてたの♪」
「だから、雪妖族用だってば!」
「だってそんな事一言も言って無かったじゃん!」
「今回はお世話になった人用なの!颯はナシ!」
「そんなぁ……」
再度いじけ始めた颯を見て、翔は苦笑いしている。
「翔、それにしても氷河水ってそんなに凄い薬なの?仁に復活が早いってびっくりされたけど……」
「一万年前より雪妖族の妖力が凝縮された、本来は門外不出の秘薬になります。ですが、雪女の長にお願いしたところ、あっさりと許可して頂きました。」
「そうなんだ!お礼を言いたいんだけど、連れて行って貰う事出来る?」
「雪妖族は人間嫌いなので、難しいでしょうね。」
「じゃぁ、一言お礼の手紙を書こうかな!紙と書く物を貸してくれる?」
「いいですよ。少々お待ち下さい。」
翔は、草履を脱いで屋敷の中へ入っていった。颯はまだ背中を丸めていじけている。
流石に可哀想になってきたかも……あげる予定だったものが無くなったしな……
「颯、また今度作る機会があったら用意してあげるから、今日のところは我慢してね。」
「本当?!」
わかりやすく立ち上がって、嬉しそうにしている。
ふふ!人間の姿だけど、尻尾をフリフリしているように見えるな~♪
「じゃ、僕の誕生日にケーキ作って♪」
「……はぁ?クッキーより豪華になってんじゃん!」
「ケーキ作ってくれるんなら、今日は我慢するから♪」
「わかったよ……」
「やったぁ~♪」
紙と筆を持ってきてくれた翔は、上機嫌になった颯を不思議そうに見ている。
「颯はさっきまで落ち込んでいましたよね。何かあったのですか?」
「さぁ。気にしなくていいんじゃぁない?」
「……?そうですか。」
翔から受け取った紙と筆で一言だけお礼を書いて、クッキーに添えた。
感謝の気持ちが届いて、人間嫌いが少しでも和らぐといいな♪
そしてこの手紙が新たな再会を呼び込むとは、思いもしなかった。