第七十三話
ポチャン……
滴り落ちる水滴の音が、やけに響く……
ローストビーフや高級フルーツの盛り合わせなど、一生口に出来ないだろうセレブなディナーを堪能した後、お風呂に入る事となった。
「絶対こっちを見ないでよ!」
「だ、大丈夫!後ろを向いてるからっ!」
颯が待つ、泡がモコモコした広いお風呂に足を入れる。肩まで泡に浸かって、後ろを向いてる颯に声を掛けた。
「颯、もういいよ……」
「美子ちゃん♪……って、何でそんなに遠いの?」
振り向いて、あからさまにガッカリしたな……
「だ、だって、広いし……」
「まぁ、そうなんだけど……」
ふぅ……これで、颯の望みを聞いてあげれば良かった……の、ミッション完了!
後は、愛してるって伝えれば良かった……の、ミッションのみ!これが一番難しい~~!!
「ふふ♪」
いきなり颯が笑いだした。
「な、何?!」
「だって美子ちゃんの表情がコロコロ変わって、可愛いんだもん♪」
「か、可愛いって!」
も、もう……颯はいつも直球勝負だな……
「そ、颯は簡単に言うよね……」
「ん?簡単って?」
「その……可愛いとか、好きとか……」
チャプッ……颯がゆっくりと近づいてくる。
「な、何でこっちに?!」
「可愛い美子の傍がいいんだもん♪」
「ちょ、ちょっと!」
逃げ場は……って、全く無いじゃん!
あたふたしていると、颯が私の顔を覗き込むよう目の前にしゃがんだ。
「だって、可愛いって言ったらちょっと照れたり、好きって言ったら嬉しそうな顔をしたり……」
チュッ♪
「ふ、不意打ちは止めてって!」
「ふふ!キスしたら顔がふにゃってなったり……全部僕を好きって言ってくれてるみたいで、嬉しいんだ♪」
「わ、私、そんな顔してる?!」
「してるよ~!だから可愛くて仕方ないんだもん♪」
「仕方ないって……」
顔を上げて、颯を見た。
浮き出た鎖骨、逞しい胸元、程よく引き締まった腕、私のすべてを優しく包み込みような柔らかい笑顔…髪の毛から滴り落ちる雫さえも妖しい色気に……
って、私は痴女かっ!!変態かっ!!
恥ずかしくなって、再び俯いてしまった。
「美子ちゃん、どうしたの?」
「うぅ……私……頭がおかしいかも……」
「何で?」
「颯が見れない……そ、その……」
「……?」
「颯が悪いんだよ!そんなに色気を出すからっ!」
「……それって、僕に魅力を感じてくれてるって事?」
「そうだって言ってるじゃん!」
颯がふんわり抱き締めてくる。
「つまり、僕の事が好きって事だよね?」
「……そ、そ~ゆ~事になる…かな?」
「凄く嬉しい……手付けも出来て大丈夫だと思ってても、美子ちゃんが僕の事をどう思ってるのか、ちょっと不安だったから……」
えっ?不安だったの?やっぱミッションは必須か……
「颯……」
想いを伝えようと顔を上げると、すかさず私を誘うようなしっとりとした艶かしいキスが落とされる。
「んんっ!ん……」
甘い吐息が漏れるとそっと唇が離され、息が掛かる程の距離で見つめ合った。
「颯……」
「なぁに?」
颯が……愛しい……
そう思った瞬間、自然と言葉が溢れ出してきた。
「……愛してる……颯だけを……」
颯は驚いた顔をしたかと思うや否や、ガバッ!と力強く抱き締めてきて、今度は野生丸出しの荒々しいキスを落としてきた!
野犬というより、まるで狼のようだ!
「んっ!んん……」
息が苦しい……でも離れたくない……
颯の首にしがみついて、そのキスに応える。
ザバッ!
颯が私を横抱きにしたまま立ち上がった!
「きゃっ!」
黙ってお風呂を後にし、そのまま大きなベッドまで運ばれた。
宝物のようにゆっくりと横たえられ、気がつけば首筋に、鎖骨に、キスの痕跡が残されていく。
「……もう……離さない……誰にも渡さない……」
わざと煽るよう素肌を滑る指先に、とろけるような甘い囁きに、身も心も……全てが颯色に染められていく……
「僕の……最初で最後の……愛しい人……」
激しさと優しさが入り乱れた二人の吐息を重ね合い、溢れ出す颯の想いを、余すところなく一晩中受け止め続けた……
……ん。
温かい……颯の腕の中だ……
少し身動ぎすると、優しい声が聞こえてきた。
「美子ちゃん、起きた?」
「……颯……おはよう……」
「おはよう♪」
あれ?
ゴシゴシと目を擦ろうとして、ふと左手の薬指に違和感を感じた。
見てみると、そこには光輝く指輪が!
す、凄いっ!ズラリとダイヤが並んだエタニティリングだっ!
「こ、これ……」
その時、スッと手を握られた。颯の顔に少し緊張が見える。
「美子ちゃん……僕と結婚して下さい。」
えっ?!
一瞬、時が止まった気がした。
「一生美子ちゃんを護ります。一生大事にします。美子ちゃんがお婆ちゃんになっても愛し続けると誓います……だから、僕の嫁になって下さい……」
「颯……もしかしてこれって、婚約指輪?」
「うん!人間界では、結婚を申し込む時に用意するって聞いたからさっ♪」
「そうなんだ……」
わざわざ人間の私に合わせて用意してくれたんだ……
心がほっこりと温かくなっていく……
「ほら!僕もちゃんとお揃いだよ♪」
颯は満面の笑みを浮かべて、左手をサッ!と私の目の前に出してきた。そこには私と同じ、キラキラ輝くエタニティリングが!
「……へっ?お、お揃い?!婚約指輪が?!」
「うん♪だって、お揃いの指輪をはめるんだよね?!」
ほっこりとした心が、固まった……
「颯……お揃いは、結婚指輪だよ……」
「えっ?えっ?!ま、間違った?!どう違うの?!ど、どうしよう?!昨日出来上がったって聞いて、取りに行ったんだけどっ!」
だから昨日、人間界へ行ってたんだ……
「も、もう一回待って貰って……って、その間に美子ちゃんに捨てられたらど~しよ~~!!」
ぷっ!
颯のあまりの狼狽振りに、思わず吹き出してしまった。
「み、美子ちゃん!笑わないでよっ!」
「ふふ!ごめん、ごめん♪」
そっと颯の手を握り返した。
「颯……よろしくね♪」
「えっ?そ、それって……僕の嫁になってくれるって事?!」
「そうだよ♪」
「指輪、間違えたのに?」
「ちょっと早い結婚指輪だって思えばいいよ♪」
「や…………やったぁ~~~♪♪」
颯はガバッ!と抱き締めてきた。
「美子ちゃん、僕を好きになってくれてありがと!一緒に幸せになろうね♪」
「うん♪」
笑顔のままで、触れるだけのキスをそっと交わした。
一足早い、誓いのキスのようだった……
「美子様、お仕度は宜しいでしょうか。」
「うん!鈴ちゃん、もう大丈夫だよ♪」
ガラッ!と部屋の障子が開けられて、鈴ちゃんが入ってきた。
「うわっ!美子様、とてもお綺麗です♪」
「ふふ!馬子にも衣裳って感じだけどね♪」
私は今、部屋で白無垢を着せて貰ったところだ。
「そう言えば、颯は?」
「颯様は、種族パフォーマンスの準備中です!会場でお待ちですよ♪」
鈴ちゃんが歩きやすいように差し出してくれた手を取り、城門の前で待っている人力車までゆっくり歩く。
結婚式っていうか、みんなに結婚を承認して貰う場所は、城下町を選んだ。何となく二人らしいと思ったのと、城下町のみんなにも承認して貰いたかったからだ。
「美子様、どうぞ。」
人力車へ鈴ちゃんと一緒に乗り込み、城下町を通って沢山の人達にお祝いの言葉を頂きながら、外れの橋までやって来た。
そこには更に沢山の城下町の人達、ママと涼さん、魁くんと中京さん、翔、瞬、蒼井くん、倭、仁、恭さん、陌さんに奥さんと赤ちゃん、剛くんに剛くんの両親までが見える。
「美子!綺麗よ♪」
ママの声が聞こえて、ちょっとくすぐったい気持ちになった。
私が人力車を降りると、橋の向こう側で控えていた右京さんと左京さんがいきなり大きな妖犬に変化!
「おお!あの二人だけでも凄い妖力だ!」
「流石は犬神だ!」
城下町の人達から、驚きの声が上がっている。
「美子様、もう少しで颯様が来られますよ♪」
「ふふ!何だか照れ臭いな♪」
鈴ちゃんと言葉を交わしている時、遠くの空に火の玉が見えた。その火の玉は、少しずつこっちに近づいてきている。
「うわっ!あれって!」
ん……?火の玉じゃぁ無い……あれは颯だ!大きな妖犬に変化して火を纏った颯だ!
「おお!あれを見ろ!」
城下町の人達にどよめきが起こった。
「あれは、犬神の颯様だ!」
「千年戦争を終結させた伝説の化神だ!」
「す、凄い!生きているうちに拝めるとは……」
みんなの動揺や歓声を浴びながら、火を纏った颯が橋の上に降り立ち、ポン!と煙を立てて袴を着た人間の姿に戻った。
そして颯はゆっくりと私の前まで歩き、立ち止まって目を細めている。
「美子ちゃん……綺麗……」
「ありがと♪馬子にも衣装かな!」
「ううん……本当に綺麗だよ……」
それから跪き、私の手を取った。
「美子ちゃん、命が尽きるまで僕と共に生きてくれますか?」
「勿論だよ!よろしくね♪」
一斉に城下町の人達から歓声が上がる!
颯は立ち上がって、嬉しそうにふんわり私を抱き締めてきた。
「美子ちゃん、みんなの前だけど、ちゅ~♪してもいい?」
「い、今?」
「今♪」
「ここで?!」
「ここで♪」
うっ!……は、恥ずかしいけど、気のせいかギャラリーからも期待の眼差しを向けられてる気が……
「き、今日だけだからねっ!」
「ふふ!りょ~かいっ♪」
ふわっと笑った颯の顔が傾いた。そっと目を閉じて、触れるだけのキスを交わす。
「ひゅ~!ひゅ~!」
囃し立てる口笛や歓声がギャラリーから聞こえてくる。
「美子ちゃん、愛してる……命が尽きるまで、ずっと愛してるよ……」
再び唇が重なる……今度は、愛を確かめ合うような深い口付けだ。
颯……私も愛してる……
こうして私は、もののけの嫁になった。