第七十一話
ドスン!
「痛った………って、ここは何処?」
見渡す限り真っ暗闇の部屋だ。1つだけ大きな丸い窓がある。その窓の外には、焦った顔の颯や左京さん達の顔が見える。
「美子ちゃん!美子ちゃん!」
「そ、颯!私が見えるの?!」
「美子ちゃんが鏡の中へ入っちゃった!」
「颯!私は無事だよ!」
「美子ちゃん!何か話してみて!」
「だから喋ってるよ!」
「駄目だ……何か言ってるように見えたんだけど……」
私の声は聞こえないのか……
窓に息をはぁっ……と吹き掛けて、文字を書いてみる。
「あっ!美子ちゃんが何か書いてる!」
右京さんも窓を覗き込んでくる。
「……無事だよと書いていますね。」
「良かったぁ~♪って、良くないっ!」
「颯様、こちらの手鏡は何処で売っていたか、わかりますか?」
「わかるよ!すぐに行ってみる!」
「私もお供します!」
うわっ!颯の逞しい胸元が、どアップ!!
と思ったら、真っ暗になって窓に温かみを感じた。
「あっ!颯の温もりだ!懐に手鏡を入れたんだ♪」
そっと窓に凭れて、颯の温もりに頬を寄せる……
って、私は変態かっ!!
はぁ……店主に手鏡を覗くなって言われてたのにな……
ずるずると窓を背に座り込むと、また窓が明るくなった。
うわっ!今度は店主の顔がどアップ!
「びっくりするじゃん!覗き込まないでよ!って、私の声は聞こえないか……」
店に着いたのか、颯と店主の声が聞こえてくる。
「だから女性は見たら駄目だと……」
「つ、つい……鏡を割ったら、美子ちゃん、助かる?」
「駄目です!美子様が死んでしまいます!」
へっ?!そ、そうなの?!
「じゃぁ、僕が黒い炎で鏡の精の妖力を奪えば……」
「美子様は永遠に閉じ込められてしまうでしょう…」
ま、マジで?!
「何か他に手立ては……」
「う~ん……もしかしたら、鏡の精の力を衰えさせれば、向こう側との扉が繋がるかも……お経を唱えると良いかもしれません。」
「お経ね!やってみる!」
再び窓が真っ暗になった。懐に手鏡を入れたようだ。
「右京!仁は元々人間の坊さんだったよね!何とかなるかも!」
「そうですね!すぐに鉄鼠族の寺へ向かいましょう!」
お願いだから、ポロッと落とさないで~~!!死んじゃうよぉ!!
「うわっ!」
ふと窓が明るくなったと思ったら、今度は仁の顔が、どアップだ!
「ふむ……本当に美子どのが閉じ込められておるな……」
「店主の話だと、お経を唱えて鏡の精の力を衰えさせれば、扉が開くらしいんだ!」
「わかった。どのくらい掛かるかわからぬが、やってみよう。」
仁は手鏡を仏像の前に立て掛けたようだ。窓からは数珠を持った仁と、心配そうな顔をした颯と右京さんが見える。
そして、仁が木魚を時々叩きながら、お経を唱え始めた。
「仁!お願いします!私を助けて下さいっ!」
祈るような気持ちで、正座して手を合わせた。
……ん。
あれ?私、寝てた?
目を擦りながら起き上がると、窓の外に颯が喜んでいるのが見える。
「良かったぁ~!美子ちゃん、寝てただけだ♪」
「颯様、良かったですね!ですが、美子様は何も口にされておりません。我々よりも体力は無いですから……」
右京さんがまた心配そうな顔を浮かべている。仁はまだお経を唱えているようだ。
颯も眉間に皺を寄せて、仁に尋ねている。
「仁、あとどのくらい掛かるの?」
「……わからぬ。」
「ど~ゆ~事?」
「鏡の精は、美子どのの体内にある妖気を吸い上げておるやもしれぬ……」
「それって、僕の気配?」
「いや……雪女の方であろう……とにかく、このまま続ける故、話し掛けぬよう願う。」
「わかった……」
それからまた、お経が唱えられた。
どのくらいの時間が経ったのか、座っているのも辛くなってきて、身体を横たえた。
お腹空いた……喉乾いた……
仁はずっとお経を唱えてくれている。
頑張らなきゃ!と思っても、起き上がる元気も無い。
飲み食い無しって、こんなにキツいんだ……
「美子ちゃん!もうちょっと頑張ってね!」
辛うじて片手を上げ、颯に返事をする。
「仁!急いで!美子ちゃんの体力が、持たない!」
「静かに!鏡の精の力は弱まってきておる!もう少しだ!」
「だけど、もう三日目だよ!」
そっか……もうそんなになるんだ……喉がカラカラで声も出ない筈だ……
ゆっくりと上半身だけを起き上がらせて、颯を手招きする。
「どうしたの?美子ちゃん!」
窓に巨大な颯の手が添えられる。その手の温もりにすがり付くよう、窓に凭れた。
「美子ちゃん……」
やっぱ颯の手は安心するな……温かいな……
何だか頭が、ぼ~っとしてきた……私……このまま死んじゃうのかな……
「美子ちゃん!しっかりして!」
颯……最期にもう一度……せめて温かい颯の腕の中で、逝きたかった……
こんなに早く別れが来るんなら、もっと颯の望みを聞いてあげれば良かった……
もっと甘えていれば良かった……
愛してるって伝えれば良かった……
ピカッ!
覚悟を決めた時、いきなり窓が眩しい光を放った!
「颯!今だ!手を入れて美子どのを引っ張りだせ!」
仁の叫び声が聞こえたと同時に、窓から出てきた巨大な颯の手が、私の体を掴んだ!
ドサッ!
気がつけば寺の部屋に引っ張り出されて、颯の腕の中にいる。
「美子様!白湯です!ゆっくりとお飲み下さい!」
右京さんから湯呑みを受け取った颯が、私の口元に湯呑みを当ててくれて、白湯を少しずつ飲んだ。
あ……白湯ってこんなに美味しいんだ……
「……もっと……」
「美子ちゃん、いきなり沢山飲むと吐いちゃうよ……もう少しだけ我慢して……」
「……うん……」
助かった安心感からか、颯の腕の温もりが心地よいのか、そのまま意識が遠くなっていった……
「美子ちゃん、あ~ん♪」
「もう、自分で食べれるよ!」
「駄目っ!完全に体力が戻って無いんだからっ!ちゃんと僕の言う事を聞かなきゃ駄目だよ!」
あれからお城で目が覚めた私は、颯に付きっきりで看病されている。どうやら責任を感じているらしい。
「ちゃんとお粥は、ふぅふぅしてるから♪」
「い、いや……そ~ゆ~問題じゃぁ無くてっ!」
は、恥ずかしいんだってば……
俯いていると、側で控えていた鈴ちゃんと右京さん、左京さんが揃って立ち上がった。
「我々は席を外しましょう。」
「美子様、ごゆっくり颯様に甘えて下さいね♪」
ゆっくり甘えるって……
みんなは意味深な微笑みを浮かべて、そのまま部屋を出て行った。
「さっ!これでゆっくり食べれるね♪」
「だから、そ~ゆ~問題じゃぁ……」
「はい!あ~ん♪して!」
「わかったよ……」
渋々口を開けて、お粥を完食した。
「どうする?もうちょっと横になる?」
「いや……」
「起きとく?」
「……」
「美子ちゃん……まだ具合悪いの?」
うっ……死ぬ間際に後悔した事その一、もっと甘えていれば良かった……の、克服ミッション!
ギュッ!として欲しい時って、何て言えば……甘えるって、難しい~!
じぃ~っと颯の腕を見ていたら、ヒョイ!っと横抱きにされて、颯の膝の上に乗せられた!
「うわっ!」
「あれ?違った?」
な、何でわかったの?!私ってば、そんなに顔に出してた?!
「ふふ!何となく僕がこうしたかったんだ♪」
膝の上で横抱きにされたまま、そっと颯の肩に頭を凭れた。
「段々と弱っていく美子ちゃんを見てる時、本当に怖かった……」
「うん……」
「二度と僕の腕の中に、戻って来ないんじゃぁ無いかと思って……せめてもう一度、抱き締めたいって……」
そっか……あの時、同じ事を望んでたんだ……
「もう……二度とあんな思いはしたくない……美子ちゃん、僕から離れないで……」
キュッ!と少しだけ、颯の腕に力が入った。
「颯……」
「ん?」
「鏡の中で死ぬのを覚悟した時、私も、せめて最期にこうして欲しいと思った……」
「そっか……」
颯は少しだけ腕の力を緩め、私の顔を覗き込んだ。
「美子ちゃん、愛してる……」
ふわっとした笑みがそっと近づき、颯の柔らかな唇が重なってきた。
好きな人から愛されるって、なんて幸せな奇跡なんだろう……キスを重ねる度に、心が温かい気持ちで満たされていくよう……
私のすべてを包み込むような優しい腕の中で、何度も幸せを重ね合った。




