第七話
翌日も、颯に城下町へ連れ出された。かんざしや反物の店、茶店を回るたびに、私のことを紹介する状態だ。
「颯様!今日はまた可愛いお連れ様ですね!」
「僕の奥さんになるんだよ~!よろしくね♪」
ち、違うからっ!今すぐ否定したいっ!でも否定すると、一人で町を歩けなくなるのか……
かと言ってにこやかに挨拶すると、奥さんになるって認めることになるし……ってか、これって不要な葛藤だよね……
こっそり溜め息をつきながら俯いていると、かんざし屋の店主が微笑んでいる。
「俯いて恥ずかしがっておられるのですね。可愛らしいことです。」
……はぁ?いや、どんな勘違いでそう見えるんでしょうか?!
「でしょ~♪恥ずかしがり屋さんだから、見掛けたらみんなから声を掛けてね♪」
その言葉に、思わずジロッ!と颯を睨んだ。
て、てめぇ……後で覚えておけよ……
「ちょっと、颯……」
店を出て文句を言いかけた時、ばったりと瞬に出くわした。
「何やってんだ?美子に似合うかんざしなら、我が買ってやるぞ!」
「瞬……不要だから……」
「……ん?何でだ?かんざしを買いに来たのであろう。今、店から出てきたではないか。」
はぁ……また説明が長くなりそうだから無視しておくか……
そのままお城に向かって歩き始める。
「おい!美子!かんざしは要らぬのか?」
瞬の引き留めに、颯がまた噛みついている。
「瞬!美子ちゃんへのプレゼントは、僕が用意するものだけで充分だよ!」
また二人で無意味な言い争いをしてるな……
背中で二人のやりとりを聞きながら歩いていると、何故か通り過ぎの人達に、昨日とは違って、羨望の眼差しで見られていることに気付いた。
へぇ~、やっぱ颯の奥方ってことにしておくと、こんなにもみんなの態度って変わるんだ……
感心していたら、通りすがりの人達の声が聞こえてきた。
『今の人間、犬神の当主と妖狐の若を従えて歩いてたわね!どういうこと?』
『知らないの?犬神の颯様と婚姻される方よ。』
『そうなの?二人を従えるなんて、何か強大な力がおありかしら?』
『確か巫女様と呼ばれていた筈だから、神の御加護のお力かもね。』
き、強大な力?!神の御加護?!そんなもの持っておりません!ただの人間です!しかも名前の漢字が明らかに違うじゃん!!
立ち止まって振り向き、後ろからついて来ている颯と瞬を睨んだ。
「ちょっと!二人が後ろからついてくるから、訳わかんない勘違いされてるじゃん!」
「ぷぷっ!美子ちゃんに強大な力だって!強大な愛の力って言って欲しいよね♪」
「そんなものも持ってないわ~~!!ってか、聞こえてるんなら否定しろっ!!」
「後ろが嫌なら、隣を歩いてもいい?」
サッ!と、颯が私の右側に寄ってきた。
「わ、我も!」
「……へ?瞬も?」
「当たり前であろう!」
瞬は私の左側に寄ってきた。
ってか、イケメンにサンドイッチ状態なのに、喜べないのは何故だろう……
次の日の城下町の散歩は断って、お城の庭をくまなく歩いた。もしかしたら祠の扉って、城の中にあるかもって思ったからだ。
城内なら護衛も要らないって言われたし、自由に探させてもらおっと!
はりきって中庭を散策したけど、それらしき扉は見つからない。
大きめな祠はあるけど、中に入っても何ともならなかったしなぁ……
諦めずに城の裏側へ行った時、一人のお坊さんが佇んでいるのに気が付いた。
「え?こんなところにお坊さん?」
私を見たお坊さんは、私を見て少し驚いたかと思うと、品の良さそうな笑顔で話し掛けてきた。
「お嬢さん、もしかして当主に輿入れ予定の方ですか?」
「そう言われてるみたいですね。でも、まったくそんな気は……」
言いかけた言葉は、叫び声にも似た襲撃の知らせに遮られた。
「出あえ~!鉄鼠族の襲撃だ!」
え?今、鉄鼠族って言った?あの颯の両親が亡くなってしまった原因の?
「お、お坊さん!急いで逃げて下さい!私も城内に逃げますから!」
「……そんな必要はありませんよ。表にいるのは、ただの囮です。」
お坊さんは、ガシッ!と私の腕を掴んでくる!
「な、何?!」
「私が鉄鼠族の族長です。」
う、嘘……
「さぁ、一緒に来て頂きましょう。」
「きゃぁ~~~!!!離して!!助けて~~!!」
叫びも虚しくそのまま縛りあげられ、何処かの古ぼけた寺へ連れていかれる羽目になった。
ドンッ!
寺の中に入ると、乱暴に床へ落とされた。
「痛たた……もっと丁寧に下ろしてよ……」
「そのくらいの痛み、我が一族が受けた痛みに比べれば何て事は無い。」
「一族の痛みって……?」
「二年前、お前が輿入れする予定の当主が協定を無視し、いきなり我が一族に襲い掛ってきたのだ。」
「二年前……」
「お前を同じように八つ裂きにし、犬の当主に送りつけてやる。」
へっ!ちょ、ちょっと待って!私、何の関係も無いじゃん!
「な、何で私なの?!」
「そなたから当主の気配がするからだ。人間が輿入れすると噂に聞いておったが、本当らしいな。そなたを襲った方が当主を襲うよりも遥かに傷つくであろう。」
「ま、待ってよ!二年前って何かの誤解だと思うよ!その頃、颯は人間界で子供として過してたもん!」
お坊さんは私の言葉を、ふんっと鼻で笑っている。
「そんなどさくさ紛れの嘘なんぞ、信じるものか。」
「本当だって!嘘だと思ったら調べてみればいいじゃん!」
「だが、襲ってきたのは、確かに当主であった。」
「似たような人でしょ!人間界で過ごしてた頃の場所を教えるから、近所の人に聞いてみればわかるよ!」
「……ほう。そこまで言うのであれば、調べる期間までの猶予を与えよう。」
「そ、そうだね……」
く、首の皮一枚で、命が繋がった気分……
私の家だった住所を伝えて、そこの近所の人に聞くように言った。
「人間界の名前は、“颯”じゃぁなくて、“颯太”だからね。」
「違う人物であったり、嘘がバレた時点で八つ裂きにするからな。」
「わ、わかった……」
それまでに颯が助けに来てくれれば問題無いけど……早く来いっ!
その日から、寺で過ごす事になった。しかも見張りとして、ぐるっと一回り鼠に取り囲まれている状態だ。
もう……一匹でも気持ち悪いのに、何でこんな目に……
ってか、本当に颯の仕業だったら、死んだ後に化けて出てやるっ!!
捉えられて三日目の朝、私の食事を持ってきたお坊さんに、思い切って散歩がしたいと言ってみた。
「……私が付き添うから、逃げれないぞ。」
「に、逃げないから!どうせすぐに捕まえるんでしょ!」
お坊さんは、ふっと笑って私を見ている。
「よくわかっているではないか。中々面白い人間だ。寺の境内で良いな。」
「うん。」
やったぁ!久しぶりの外だ!久しぶりの太陽だ♪
外に出ると同時に、う~ん!と思いっきり背伸びをした。
「もうすぐ死ぬんだ。楽しんでおけ。」
「死ぬつもりはないけどね。だって本当の事しか言ってないから、しっかり調べてくれれば助かるって思ってるし!」
「……そうか。お前、名は何と申すのだ?」
「美子だよ。お坊さんの名前は?」
「仁だ。」
最初出会った時の笑顔もあってか、あまり悪い人に思えないんだよな……何処となく寂しそうな憂いを帯びているような、儚げな雰囲気もあるし……
「あの……」
「何だ?」
「二年前、何があったか聞いてもいい?」
「では、冥土の土産に聞かせてやろう。我が鉄鼠族と犬神族は元々、手を組んでおった。」
話によると、犬神族襲撃の計画を聞き付けると、すぐに鉄鼠族が知らせて援護に回って、鉄鼠族が襲撃されると、すぐに犬神族が助けに行って……という関係だったらしい。
「我が鉄鼠族は、いつも妖猫に襲われておったのでな。我が一族が様々な建物に進入して得た情報を犬神に伝え、守って貰っておった。だが、二年前に襲ってきたのは、その当時の当主の息子である颯だったのだ。」
「……」
「颯は我が嫁を襲撃し、骨を断つまでの怪我を負わせ、更にその怪我に妖術を掛けて少しずつ切り裂くような痛みを与えていったのだ。」
「それで、お嫁さんは……」
「死んだよ。痛みに耐えきれず毎日のように叫び、苦しみ……そして息絶えた……」
何となく……何となくだけど、あの颯はそんな事しないだろうと思った。そんな残虐な行為は絶対に無いと言い切れる。ここで確信した。絶対に別人だ。
「その犯人って、絶対に颯じゃぁないよ。話を聞いただけでわかっちゃった!」
「美子であったか。面白い人間だ。そう焦らずとも、今夜にでも人間界に放った使いが帰ってくるだろう。それまでの命を楽しめ。」
そう言って、仁は寺の中へ入っていった。
きっとお嫁さんの事が忘れられないんだろうな……
寺の中へ入っていく仁の後ろ姿が、少し小さく感じた。
「出あえ~!!犬神の当主が来たぞ~!!」
その日の晩、座布団の上で寝転がっていると、外から叫び声が聞こえた。
やっと颯が助けに来たな!
急いで寺の扉を開けると、そこには二階建ての家くらい大きい一匹の犬がいた。
「ガルルル…」
え?これが颯なの?これが本来の姿……?
まったく見た事もない姿に動揺した。まるで狂った野良犬のようだ。大きな犬は私に向くと、いきなり前足で襲いかかってきた!
「危ないっ!」
痛っ!
さっ!と私を抱きかかえて助けてくれたのは、仁だった。
「大丈夫か?」
「ちょっと爪が掠ったけど、このくらい大丈夫。」
「美子も襲うとは、犬神の当主も頭がおかしくなったか……」
そ、颯……本当に颯なんだ……
でも颯なら、本当に颯ならわかってくれる筈……
大きな犬の前に出て手を広げた。足はガクガクと震えている。怖い……でも颯なら絶対に私を傷つけることはしない筈だ!力の限り叫んだ!
「颯!私はここにいるよ!無事だから、もう元に戻って!」
大きな犬はチラッと私を見た。
あっ……気付いてくれた?
ホッと胸をなでおろした瞬間、またしても前足で攻撃してきた!
「美子!犬神の当主はもう正気ではない!逃げろ!」
仁の叫び声が聞こえた!逃げろって言っても、足が震えて動けない!スローモーションのように巨大な前足が私に迫ってくるのを、見るしかなかった。